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24(パーシヴァル)
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「ねえ、お兄さん」
調査がてら畑仕事を手伝っているとそれまで上機嫌を装っていたヴェラが深刻そうに声を落とした。
俺は根菜めがけて土を掘っていた指を止め、額の汗を拭いながら大柄な女を見上げる。しゃがんでいるせいで、秋の太陽を背負って立つヴェラはやけに風格を帯びて見える。太っているわけではない。高身長で、女ながらによく鍛えている。充分美人だ。
貴族相手に砕けた口調で女将を気取るが、粗野でも馬鹿でもない。
俺はこの女が元貴族だと踏んでいた。
「変なこと聞くけど……あんたのお友達、妹さんの恋人さぁ」
「ああ」
「何か酷い災難に遭って記憶喪失だったりしない?」
先刻の微妙な緊迫感からして二人の間に何かあるとは気づいていたが、女の方から核心に触れてきた。こちらの手の内を明かさない程度に気前よく応じていれば情報を引き出せる。絶好の機会に俺は食いついた。
「よくわかったな。やっぱり人を見る目があるんだ」
「そうかも。大勢を見てきたから。……どこで出会ったの?」
「教会」
嘘も方便。
といっても半分は真実だ。
「教会?」
ヴェラは興味津々。
余程あの訳あり司祭が気になるらしい。
「そう。ある頃からひょっこりいたんだよ、いつも行く教会にさ。本人は自分の名前も覚えてないって言うけど、どう見たって平民じゃないだろう?いい奴だし、妹ともすぐ相思相愛になったんだけど……」
今のは全部嘘。
しかしレディ・ウィンダムみたいな可愛い天才の妹がいたら幸せだ。つまり俺は今、全部ではなくとも八割程度エルズワース伯爵令息クリス卿の人生を体験している。過保護になって当然。あいつはいい奴だ。
しかもマクファーレン将軍の曾孫を落としている。
この件が片付いたら是非二人まとめて会いたい。
「それで?」
今はヴェラだ。
この女は俺を気に入り、この生活に満足してはいない節がある。但し深い諦めがその目に宿っていることもまた事実だった。
いい情報源だ。
俺に夢を見るといい。
「父は石頭でね。高貴な血を引いている可能性もあれば娼婦の産み落とした私生児って線も捨てきれないって言って、二人の結婚に大反対」
「そう……可哀想ね」
ヴェラの声には全く気持ちが篭っていない。心ここにあらず。
「でも愛しあっていれば血筋なんか関係ないだろ?」
俺の言葉はヴェラの心に届いたらしく、目の奥にきらりと小さな希望を光らせた。だが現実はそう甘くはない。訳あり司祭はこの女を探していたのかもしれないが、俺は違う。
「もし俺について来たら、あいつは義弟になる。浮気するなよ?」
「なに言ってるの……」
冗談めかして言うとヴェラは目を泳がせ、口元だけ無理に笑みを刻んだ。動揺している。
ヴェラ関連の事情もすぐ明るみに出るだろう。
「なぁんてな。んで、そっちは?」
「え?」
「旦那。どんな男?」
すっかりさぼっていた手を互いに動かし、畑仕事に戻る。気が緩んだのか、ヴェラは笑いながら答えた。
「いい男よ。金髪に、碧い目。優しくて……でもお兄さんのお友達には負けるかな」
「好きなのか?」
「……」
「他に二人も妻がいるって俺からしたら酷いけど。それでいいわけ?」
単純に働き者の女将として見れば遣り甲斐に満ちた満足な暮らしかもしれないが、ここは後ろ暗い逢引宿で、他に女が二人いて共同生活を送らされている。全くいい境遇とは言えない。
ヴェラは諦めた笑顔で首を振った。
「他に行き場がないから」
「……」
どうも複雑らしい。
俺は馬鹿を装って声をあげた。
「あ、そうだ!」
「?」
ヴェラは疑う様子もなく何かと首を傾げている。
俺は膝を払いながら立ち、必死なふりでヴェラに申し出る。
「もう一人は妊婦って言ってたよな?ヴェラ、話はまたちゃんと聞くからさ、今はそっち手伝わせてくれ。凄く心配になってきた」
「え?ありがとう」
夫を独占したいという概念は崩壊しているらしい。
「喜ぶと思う。気弱なくせに文句ばっかりの子だから」
「どこ?」
「厨房。広間の階段の奥」
「わかった。またな!」
鷹揚に手を振り山荘に戻る。
厨房にいたアトウッドの第三夫人は俺の探していた人ではなかった。
二人の使用人と和気あいあいと喋りながら、座ってイモの皮を剥いていた。膨らみ始めらしい腹部はゆったりめのドレスのおかげで目立たない。
「あ、お兄さん。もしかしてヴェラの言ってた人?手伝ってくれるの?」
妊婦はあどけなさの残る笑顔で俺を迎える。
俺も笑顔で応じた。だが憤怒で筋肉が痙攣していた。
ルシアン・アトウッド。
地獄を見せてやる。
「ああ。何をすればいい?」
「ええと、それじゃあ──」
三階に篭る第一夫人だ。
こんな所に閉じ込められていたとは。
調査がてら畑仕事を手伝っているとそれまで上機嫌を装っていたヴェラが深刻そうに声を落とした。
俺は根菜めがけて土を掘っていた指を止め、額の汗を拭いながら大柄な女を見上げる。しゃがんでいるせいで、秋の太陽を背負って立つヴェラはやけに風格を帯びて見える。太っているわけではない。高身長で、女ながらによく鍛えている。充分美人だ。
貴族相手に砕けた口調で女将を気取るが、粗野でも馬鹿でもない。
俺はこの女が元貴族だと踏んでいた。
「変なこと聞くけど……あんたのお友達、妹さんの恋人さぁ」
「ああ」
「何か酷い災難に遭って記憶喪失だったりしない?」
先刻の微妙な緊迫感からして二人の間に何かあるとは気づいていたが、女の方から核心に触れてきた。こちらの手の内を明かさない程度に気前よく応じていれば情報を引き出せる。絶好の機会に俺は食いついた。
「よくわかったな。やっぱり人を見る目があるんだ」
「そうかも。大勢を見てきたから。……どこで出会ったの?」
「教会」
嘘も方便。
といっても半分は真実だ。
「教会?」
ヴェラは興味津々。
余程あの訳あり司祭が気になるらしい。
「そう。ある頃からひょっこりいたんだよ、いつも行く教会にさ。本人は自分の名前も覚えてないって言うけど、どう見たって平民じゃないだろう?いい奴だし、妹ともすぐ相思相愛になったんだけど……」
今のは全部嘘。
しかしレディ・ウィンダムみたいな可愛い天才の妹がいたら幸せだ。つまり俺は今、全部ではなくとも八割程度エルズワース伯爵令息クリス卿の人生を体験している。過保護になって当然。あいつはいい奴だ。
しかもマクファーレン将軍の曾孫を落としている。
この件が片付いたら是非二人まとめて会いたい。
「それで?」
今はヴェラだ。
この女は俺を気に入り、この生活に満足してはいない節がある。但し深い諦めがその目に宿っていることもまた事実だった。
いい情報源だ。
俺に夢を見るといい。
「父は石頭でね。高貴な血を引いている可能性もあれば娼婦の産み落とした私生児って線も捨てきれないって言って、二人の結婚に大反対」
「そう……可哀想ね」
ヴェラの声には全く気持ちが篭っていない。心ここにあらず。
「でも愛しあっていれば血筋なんか関係ないだろ?」
俺の言葉はヴェラの心に届いたらしく、目の奥にきらりと小さな希望を光らせた。だが現実はそう甘くはない。訳あり司祭はこの女を探していたのかもしれないが、俺は違う。
「もし俺について来たら、あいつは義弟になる。浮気するなよ?」
「なに言ってるの……」
冗談めかして言うとヴェラは目を泳がせ、口元だけ無理に笑みを刻んだ。動揺している。
ヴェラ関連の事情もすぐ明るみに出るだろう。
「なぁんてな。んで、そっちは?」
「え?」
「旦那。どんな男?」
すっかりさぼっていた手を互いに動かし、畑仕事に戻る。気が緩んだのか、ヴェラは笑いながら答えた。
「いい男よ。金髪に、碧い目。優しくて……でもお兄さんのお友達には負けるかな」
「好きなのか?」
「……」
「他に二人も妻がいるって俺からしたら酷いけど。それでいいわけ?」
単純に働き者の女将として見れば遣り甲斐に満ちた満足な暮らしかもしれないが、ここは後ろ暗い逢引宿で、他に女が二人いて共同生活を送らされている。全くいい境遇とは言えない。
ヴェラは諦めた笑顔で首を振った。
「他に行き場がないから」
「……」
どうも複雑らしい。
俺は馬鹿を装って声をあげた。
「あ、そうだ!」
「?」
ヴェラは疑う様子もなく何かと首を傾げている。
俺は膝を払いながら立ち、必死なふりでヴェラに申し出る。
「もう一人は妊婦って言ってたよな?ヴェラ、話はまたちゃんと聞くからさ、今はそっち手伝わせてくれ。凄く心配になってきた」
「え?ありがとう」
夫を独占したいという概念は崩壊しているらしい。
「喜ぶと思う。気弱なくせに文句ばっかりの子だから」
「どこ?」
「厨房。広間の階段の奥」
「わかった。またな!」
鷹揚に手を振り山荘に戻る。
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二人の使用人と和気あいあいと喋りながら、座ってイモの皮を剥いていた。膨らみ始めらしい腹部はゆったりめのドレスのおかげで目立たない。
「あ、お兄さん。もしかしてヴェラの言ってた人?手伝ってくれるの?」
妊婦はあどけなさの残る笑顔で俺を迎える。
俺も笑顔で応じた。だが憤怒で筋肉が痙攣していた。
ルシアン・アトウッド。
地獄を見せてやる。
「ああ。何をすればいい?」
「ええと、それじゃあ──」
三階に篭る第一夫人だ。
こんな所に閉じ込められていたとは。
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