もう愛は冷めているのですが？

２０

どういうこと？

ヴェラは今は自分がこの山荘の女将だと名乗り、一人目と三人目の妻が他にいて、彼女らには子供がいると言った。下品な冗談はどこも面白くない。真に受ける必要はないかもしれない。

けれど、真実のような気がする。

脳天から爪先まで体に一本の杭を打ち込まれたように、酷く重い痛みに貫かれ動けなくなった。

ルシアンは此処で私以外の女の人と結婚した？
それが、真実の愛？

「……」

動けずにいた私の背中にマクミラン司祭の腕が回る。
親密な関係であるかのように抱きしめられているのは、私たちが聞き耳を立てていると悟られない為。それくらいわかる。その程度の理性は残っている。

……違う。

私は恐ろしい程に研ぎ澄まされていく。

「ええ！？この宿の旦那には三人も妻がいるの！？羨ましいなあ！」

パーシヴァルが噂好きの若者のように話に応じている。
ヴェラも完全に拒絶されたわけではないからか、よく通る声で笑っている。

「重婚は禁止されているはずだろ？」
「そりゃそうよ。だから、私たちは皆、秘密の結婚。だけどそれが真実の愛。誰にも縛られず、思いのままに愛するの」
「浮気じゃないか」
「違う違う。私たちは其々ちゃんと愛されてるのよ。ここでいい暮らしをさせてもらってるしね」

ザクッ。
ヴェラが鍬を置く。

「お部屋に案内しますよ。さあ！そっちのお二人さん。逃避行は山の麓まで。ここでは誰にも邪魔されず、思う存分愛しあえるんだから。結婚式だって挙げてあげるよ！もちろん秘密のね。抱き合ってないでこっちへいらっしゃいって！」

私たちが、特に私が深刻な顔を見せてひしと抱きかかえられている為、ヴェラは禁じられた恋人同士の逃避行であると判断したらしかった。

「行こう」

マクミラン司祭が低く囁く。
私は頷いた。

この恐ろしく残酷な痛みは、全て受けて通過してしまわなければ終わらないのだ。

「それで、博愛の旦那様は今は留守なんですか？」

パーシヴァルが張りのある声で友好的に接しながら私たちを手招きする。
マクミラン司祭がなるべくヴェラに顔を見せない角度で、私を気遣うふりをして顔を背けながら歩き出す。私は重病人が介護されるような守られ方で、言う事を聞かない足を必死で右左右左と繰り出す。

「この時期は新しい絨毯を仕入れに行くんですよ。でも予定通りなら今日帰る。お兄さん、本当にいい所に来たね。私はこの通り働き者だよ。お買い得！最後のチャンス！お嬢さん、大丈夫？驢馬に酔った？」

近づいた、そこで。
私の様子を見ようと回り込んだヴェラがマクミラン司祭と顔を合わせ蒼褪めた。私はそれを間近ではっきりと見た。

「すみませんが、早く彼女を休ませたい。山は初めてで」

マクミラン司祭は本当に他人のふりをしているらしい。
ヴェラは時を止めたように愕然とマクミラン司祭の顔を凝視していた。それは美しさに驚いているというような一般的な衝撃ではなく、もっと別の何かが彼女をそうさせている。

「ヴェラ」

パーシヴァルが彼女の肩に手を置いた。

「喉が渇いた。俺にはビールをくれないかな」
「彼女にはミルクかお茶を」
「え？あ、ええ……すぐに。こちらです」

腑に落ちない様子、或いは上の空といった感じでヴェラが私たち三人を山荘へと招き入れた。

私は寒くて、とても寒くて震え……吐き気を堪えている。