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17(オーウェン)
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「ベリーパイ美味かったですね!明日はマフィンを焼いてくれるそうですよ!じゃ、おやすみなさい。レディ・ウィンダム。ゆっくり休んでください」
大食漢で甘党のパーシヴァルがにこやかに夜の挨拶を終える。
扉に手を掛けたエスターが笑顔でこちらを振り向いた。余程ベリーパイが口に合ったようだ。確かに添えられたクリームも絶品だった。
「おやすみなさい」
二部屋取ったうちの片方にエスターが一人で泊まる。
私はパーシヴァルと相部屋になる。あまりいい気はしない。
泊まると告げた直後、ジョニーが気を利かせて男女で部屋を分けて確保しておいてくれたので無下にできなかった。
パーシヴァルには嫌がる素振りはない。
王宮騎士でどの程度の地位なのか明かされていないが、雑魚寝の経験くらいあるのかもしれない。
「おやすみを言えなかった」
私がぼやくとパーシヴァルが小さく笑った。嫌味な感じではないが、多少の揶揄いは含まれている。
廊下を数歩進み、私はパーシヴァルの肩に手を掛けて止めた。
「はっきりさせておきたい事がある」
パーシヴァルは応じて足を止めこちらを見た。
精悍で人好きのする男前であり、女子供老人犬猫馬とすぐ親しくなる。従者として申し分ないが、我々は謂わば寄せ集めの小さな調査隊だ。
核心に迫るまで互いに心の内を明かさなかった。
明日、我々は山を登る。
私は声を潜めて問う。
「私は自分が何故ルシアン・アトウッドを探しているか理解している。お前はどうなんだ」
「俺が探してるのはルシアンじゃない」
即答だった。
真相を目前にして私の従者という建前もかなぐり捨てている。
パーシヴァルは私の背中を激励するように叩き、部屋へと導いた。戸口に佇み廊下の話し声に耳を澄ませているかもしれないエスターを気に掛けたのだろう。
我々の部屋の扉を開け、私を先に通し、パーシヴァルが後手に扉を閉めながら事も無げに言った。
「だが身柄を預かるのは俺になるだろう」
「王宮の誰をさらった?」
今度は答えなかった。
パーシヴァルは衣服を緩めながら左右の壁際に其々配置されたベッドを見比べ、左を選び腰掛ける。私にはエスターの部屋側のベッドが宛がわれた。壁一枚を隔て寝息が届くとは思えないが、気配に気を配ることは可能だろう。
「俺も気になることがある」
「なんだ」
私は立ったまま応じた。
パーシヴァルが逞しい腿に肘をつき、寛いだ姿勢で私を見上げる。
「フィギス伯爵令嬢は何かを知ってる」
それは私も同意だ。
私は頷き、備え付けの衣装箪笥を開けた。無頓着なパーシヴァルとは違い私は余計な皴を付けたくない性分だった。
「ああ。エスターを守っている」
「アトウッドから?」
「そうだろう」
「会ってみたいな」
パーシヴァルは独り言ち顎を掻いた。
「会えるだろう。アトウッドをお前が捕らえるなら宮廷で裁判になる。私たちはそこで集う」
「その頃、俺は宮廷で掛かり切りになる。あんたにレディ・ウィンダムを任せていいかな、司祭様」
「……」
答えられなかった。
私が探しているのも、突き詰めればルシアン・アトウッドではないからだ。だがパーシヴァルが私と同じ人物を探しているとは考え難い。もしそうなら、我々は互いに秘密を抱えたまま行動しなかったはずだ。
「優しすぎるんだよ。善い人なんだ」
「わかっている」
「誰かがついていてやらないと」
「ああ」
「あの人のせいじゃない」
パーシヴァルが必死に肩を持たずとも、エスターが最初の犠牲者であることは私の目から見ても明らかだ。責める気は毛頭ない。
ここで私情を持ち出す必要もなかった。
私はただ事実を告げた。
「教皇庁はウィンダム伯領を含めこの辺りの教区に何の問題もない事を喜んでいる。善良な女領主が困っているなら教会としても手を尽くす。見放しはしない」
「何故あんたが来た。教会は関係ないだろう?」
核心を突いてきた。
「私が司祭だからだ」
その答えを咀嚼する間、パーシヴァルは私を見つめていた。
やがて納得したように視線を外し数回頷いて、休む支度を始めた。
明日は辛い一日になる。
エスターは深く傷つくことになるだろう。
私は傷つくのか、憤るのか。
それでもやはり心優しい女領主が気に掛かり、私は壁を見つめた。
可哀想なエスター。あなたを守ってあげられたらいいが……
大食漢で甘党のパーシヴァルがにこやかに夜の挨拶を終える。
扉に手を掛けたエスターが笑顔でこちらを振り向いた。余程ベリーパイが口に合ったようだ。確かに添えられたクリームも絶品だった。
「おやすみなさい」
二部屋取ったうちの片方にエスターが一人で泊まる。
私はパーシヴァルと相部屋になる。あまりいい気はしない。
泊まると告げた直後、ジョニーが気を利かせて男女で部屋を分けて確保しておいてくれたので無下にできなかった。
パーシヴァルには嫌がる素振りはない。
王宮騎士でどの程度の地位なのか明かされていないが、雑魚寝の経験くらいあるのかもしれない。
「おやすみを言えなかった」
私がぼやくとパーシヴァルが小さく笑った。嫌味な感じではないが、多少の揶揄いは含まれている。
廊下を数歩進み、私はパーシヴァルの肩に手を掛けて止めた。
「はっきりさせておきたい事がある」
パーシヴァルは応じて足を止めこちらを見た。
精悍で人好きのする男前であり、女子供老人犬猫馬とすぐ親しくなる。従者として申し分ないが、我々は謂わば寄せ集めの小さな調査隊だ。
核心に迫るまで互いに心の内を明かさなかった。
明日、我々は山を登る。
私は声を潜めて問う。
「私は自分が何故ルシアン・アトウッドを探しているか理解している。お前はどうなんだ」
「俺が探してるのはルシアンじゃない」
即答だった。
真相を目前にして私の従者という建前もかなぐり捨てている。
パーシヴァルは私の背中を激励するように叩き、部屋へと導いた。戸口に佇み廊下の話し声に耳を澄ませているかもしれないエスターを気に掛けたのだろう。
我々の部屋の扉を開け、私を先に通し、パーシヴァルが後手に扉を閉めながら事も無げに言った。
「だが身柄を預かるのは俺になるだろう」
「王宮の誰をさらった?」
今度は答えなかった。
パーシヴァルは衣服を緩めながら左右の壁際に其々配置されたベッドを見比べ、左を選び腰掛ける。私にはエスターの部屋側のベッドが宛がわれた。壁一枚を隔て寝息が届くとは思えないが、気配に気を配ることは可能だろう。
「俺も気になることがある」
「なんだ」
私は立ったまま応じた。
パーシヴァルが逞しい腿に肘をつき、寛いだ姿勢で私を見上げる。
「フィギス伯爵令嬢は何かを知ってる」
それは私も同意だ。
私は頷き、備え付けの衣装箪笥を開けた。無頓着なパーシヴァルとは違い私は余計な皴を付けたくない性分だった。
「ああ。エスターを守っている」
「アトウッドから?」
「そうだろう」
「会ってみたいな」
パーシヴァルは独り言ち顎を掻いた。
「会えるだろう。アトウッドをお前が捕らえるなら宮廷で裁判になる。私たちはそこで集う」
「その頃、俺は宮廷で掛かり切りになる。あんたにレディ・ウィンダムを任せていいかな、司祭様」
「……」
答えられなかった。
私が探しているのも、突き詰めればルシアン・アトウッドではないからだ。だがパーシヴァルが私と同じ人物を探しているとは考え難い。もしそうなら、我々は互いに秘密を抱えたまま行動しなかったはずだ。
「優しすぎるんだよ。善い人なんだ」
「わかっている」
「誰かがついていてやらないと」
「ああ」
「あの人のせいじゃない」
パーシヴァルが必死に肩を持たずとも、エスターが最初の犠牲者であることは私の目から見ても明らかだ。責める気は毛頭ない。
ここで私情を持ち出す必要もなかった。
私はただ事実を告げた。
「教皇庁はウィンダム伯領を含めこの辺りの教区に何の問題もない事を喜んでいる。善良な女領主が困っているなら教会としても手を尽くす。見放しはしない」
「何故あんたが来た。教会は関係ないだろう?」
核心を突いてきた。
「私が司祭だからだ」
その答えを咀嚼する間、パーシヴァルは私を見つめていた。
やがて納得したように視線を外し数回頷いて、休む支度を始めた。
明日は辛い一日になる。
エスターは深く傷つくことになるだろう。
私は傷つくのか、憤るのか。
それでもやはり心優しい女領主が気に掛かり、私は壁を見つめた。
可哀想なエスター。あなたを守ってあげられたらいいが……
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