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「なんですって……!?」
「周りの人間からまともな暮らしを奪い、自分ばかり悲劇の令嬢などと呼ばれていい気になって、愛されて、大切にされて……」
「あなたが選んだ事よ。あなたがロバートを選んだのでしょう?」
「あなたのお下がりなんて碌なものではなくてよ?」
聞き分けの悪い子供を諭すような静かな口調には、他人を見下す卑しい性根が現れている。
「ミランダも救い難い人ね」
「!」
パトリシアが目を逸らす。その虚空を見つめる目は疑うまでもなくミランダを見ているのだろう。
「レーラを選んだような男をいつまでも追いかけて」
「あなたミランダに何を吹き込んだの?そもそもどうやってミランダに近寄ったのよ。あなたはもう」
「レーラ」
椅子の背に手を掛けパトリシアが再び私を視界に収めた。
「質問は一度に一つにしなければ誰も答えてはくれないわ。もっと相手を思いやらなくては駄目。本当にいつまで経っても自分本位なお子ちゃまね」
「あなたに言われたくないわ」
「随分と言うようになったわね。性格の悪い人はしぶといから……あなたはそうやって他人を食い潰していくのだわ。恐ろしい人」
「パトリシア。もう挑発していい立場ではないのよ?わかってる?」
「何様よ……人の人生をめちゃくちゃにしてのうのうと生きているくせに!!」
「!」
パトリシアが叫んだ。
初めての事に単純に驚いてしまい、唐突に理性が戻って来る。急激に冷静さを取り戻した私が感じたのは、憤りと同じくらい強烈な呆れだった。
パトリシアは椅子を薙ぎ倒しながら立ち、私に詰め寄り唾を飛ばしながら叫ぶ。
「悲劇の令嬢!?ふざけないで!本当に可哀想なのはお母様よ!愛する夫を亡くし、その親友を急に沸いて出た女に横取りされて、独りぼっちで取り残されて寂しく泣き暮らしていたわ!あなたの母親がお父様を誑かさなければお父様はお母様を誰にも邪魔されずに愛する事ができたの!お父様は私のお父様になるはずだった!あなたたち親子が私とお母様から人生を奪ったのよ!!」
言葉を失う。
パトリシアの言っているのは私の父の事だと思う。
両親は私から見た祖父同士が決めたよくある政略結婚で、パトリシアの主張は見当違いも甚だしい。
ただ揺るぎない確信であるかのような言掛りに疑念は沸いた。
「あなたは私の実の姉なの?」
思わず尋ねる。
刹那、パトリシアは目を剥いて否定した。
「冗談じゃないわ!お母様はそんなふしだらな真似はしません!」
「え、でも、私の父と不倫していたわよね……?」
「いい加減にして!邪魔者はあなたたちよ!まだわからないの!?」
「そんな妄想でレーラを苦しめたのか」
グレッグの冷酷な声が薄暗い小部屋に響く。
私でさえ寒気を覚えるほどの残忍な呟きに、パトリシアが口を噤み硬直する。
コツ、コツ。
緩慢な足音が裁きを下す鉄槌のように硬く鼓膜を苛む。
パトリシアは酷く怯えて後ずさり、派手に小机にぶつかり転んだ。
可哀想とは思わなかった。
現実は鮮明だった。
裁きを下すべき相手なのだ。
かつては幼馴染だったかもしれないが今は同情の余地もない存在。
私はもう翻弄される悲劇の令嬢ではない。
「他人に成りすまし、伯爵家に潜り込み、弱った人間を騙し利用して、私とレーラに牙を剥き続ける。見逃してやった恩も忘れ子供たちに近づき、更には悲劇の主人公気取りか。君こそ御立派だ」
グレッグの静けさはそれ自体が鋭い刃さながらの威力を有している。パトリシアは捕食される直前の獲物のように、瞳を揺らし息を引き攣らせ震えていた。
また一歩グレッグが距離を詰める。
「どう欺いた?君は夫と一緒に宿屋で住み込みの洗濯婦として働いていたはずだ」
グレッグが低く罵るように詰問する。
駆け落ちした二人を追跡調査していた事実は、明言されなくとも薄々勘付いてはいた。グレッグは私に無責任な安心を押し付けたりはしない。私に何も注意しないという事は、問題ないという事のはずだった。
パトリシアは怯えながらも嘲笑で返す。
「夫?ロバートの事?仕事なんて惨めな事はしたくないと言って安酒に溺れていますわ。私には朝から晩まで平民の汚したシーツや服を洗わせて……レーラの周りは碌でもない男ばかりよ」
「そうか。では今あの宿屋にいる女は誰なんだ。どう丸め込んだ」
「……」
そこでパトリシアは勝ち誇った笑みを浮かべた。グレッグを出し抜いた事実に自信を取り戻したらしい。
「パン屋の養女ロザリー。顔が私にそっくりなんですの。運命でした。三食ベッド付きと言ったらロバートごと引き受けてくれましたわ。平民の女って本当にふしだらで下らない」
「君も平民だ」
「ええ、そこのレーラに陥れられましたから」
「君の空想は通用しないぞ」
「あら、そうかしら。簡単に騙される人もいますわ」
パトリシアが嫣然と笑う。
怒りより嫌悪が沸いた。虚勢にすらならない的外れな言動だとわからないのだろうか。
……わからないのだ。きっと。
言ってわかる相手ではない。
「周りの人間からまともな暮らしを奪い、自分ばかり悲劇の令嬢などと呼ばれていい気になって、愛されて、大切にされて……」
「あなたが選んだ事よ。あなたがロバートを選んだのでしょう?」
「あなたのお下がりなんて碌なものではなくてよ?」
聞き分けの悪い子供を諭すような静かな口調には、他人を見下す卑しい性根が現れている。
「ミランダも救い難い人ね」
「!」
パトリシアが目を逸らす。その虚空を見つめる目は疑うまでもなくミランダを見ているのだろう。
「レーラを選んだような男をいつまでも追いかけて」
「あなたミランダに何を吹き込んだの?そもそもどうやってミランダに近寄ったのよ。あなたはもう」
「レーラ」
椅子の背に手を掛けパトリシアが再び私を視界に収めた。
「質問は一度に一つにしなければ誰も答えてはくれないわ。もっと相手を思いやらなくては駄目。本当にいつまで経っても自分本位なお子ちゃまね」
「あなたに言われたくないわ」
「随分と言うようになったわね。性格の悪い人はしぶといから……あなたはそうやって他人を食い潰していくのだわ。恐ろしい人」
「パトリシア。もう挑発していい立場ではないのよ?わかってる?」
「何様よ……人の人生をめちゃくちゃにしてのうのうと生きているくせに!!」
「!」
パトリシアが叫んだ。
初めての事に単純に驚いてしまい、唐突に理性が戻って来る。急激に冷静さを取り戻した私が感じたのは、憤りと同じくらい強烈な呆れだった。
パトリシアは椅子を薙ぎ倒しながら立ち、私に詰め寄り唾を飛ばしながら叫ぶ。
「悲劇の令嬢!?ふざけないで!本当に可哀想なのはお母様よ!愛する夫を亡くし、その親友を急に沸いて出た女に横取りされて、独りぼっちで取り残されて寂しく泣き暮らしていたわ!あなたの母親がお父様を誑かさなければお父様はお母様を誰にも邪魔されずに愛する事ができたの!お父様は私のお父様になるはずだった!あなたたち親子が私とお母様から人生を奪ったのよ!!」
言葉を失う。
パトリシアの言っているのは私の父の事だと思う。
両親は私から見た祖父同士が決めたよくある政略結婚で、パトリシアの主張は見当違いも甚だしい。
ただ揺るぎない確信であるかのような言掛りに疑念は沸いた。
「あなたは私の実の姉なの?」
思わず尋ねる。
刹那、パトリシアは目を剥いて否定した。
「冗談じゃないわ!お母様はそんなふしだらな真似はしません!」
「え、でも、私の父と不倫していたわよね……?」
「いい加減にして!邪魔者はあなたたちよ!まだわからないの!?」
「そんな妄想でレーラを苦しめたのか」
グレッグの冷酷な声が薄暗い小部屋に響く。
私でさえ寒気を覚えるほどの残忍な呟きに、パトリシアが口を噤み硬直する。
コツ、コツ。
緩慢な足音が裁きを下す鉄槌のように硬く鼓膜を苛む。
パトリシアは酷く怯えて後ずさり、派手に小机にぶつかり転んだ。
可哀想とは思わなかった。
現実は鮮明だった。
裁きを下すべき相手なのだ。
かつては幼馴染だったかもしれないが今は同情の余地もない存在。
私はもう翻弄される悲劇の令嬢ではない。
「他人に成りすまし、伯爵家に潜り込み、弱った人間を騙し利用して、私とレーラに牙を剥き続ける。見逃してやった恩も忘れ子供たちに近づき、更には悲劇の主人公気取りか。君こそ御立派だ」
グレッグの静けさはそれ自体が鋭い刃さながらの威力を有している。パトリシアは捕食される直前の獲物のように、瞳を揺らし息を引き攣らせ震えていた。
また一歩グレッグが距離を詰める。
「どう欺いた?君は夫と一緒に宿屋で住み込みの洗濯婦として働いていたはずだ」
グレッグが低く罵るように詰問する。
駆け落ちした二人を追跡調査していた事実は、明言されなくとも薄々勘付いてはいた。グレッグは私に無責任な安心を押し付けたりはしない。私に何も注意しないという事は、問題ないという事のはずだった。
パトリシアは怯えながらも嘲笑で返す。
「夫?ロバートの事?仕事なんて惨めな事はしたくないと言って安酒に溺れていますわ。私には朝から晩まで平民の汚したシーツや服を洗わせて……レーラの周りは碌でもない男ばかりよ」
「そうか。では今あの宿屋にいる女は誰なんだ。どう丸め込んだ」
「……」
そこでパトリシアは勝ち誇った笑みを浮かべた。グレッグを出し抜いた事実に自信を取り戻したらしい。
「パン屋の養女ロザリー。顔が私にそっくりなんですの。運命でした。三食ベッド付きと言ったらロバートごと引き受けてくれましたわ。平民の女って本当にふしだらで下らない」
「君も平民だ」
「ええ、そこのレーラに陥れられましたから」
「君の空想は通用しないぞ」
「あら、そうかしら。簡単に騙される人もいますわ」
パトリシアが嫣然と笑う。
怒りより嫌悪が沸いた。虚勢にすらならない的外れな言動だとわからないのだろうか。
……わからないのだ。きっと。
言ってわかる相手ではない。
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