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乳母が曇りのない笑顔で私とグレッグにそう言ってくれたあの瞬間が、閃光を放ちながら蘇る。

「!!」

私の天使たちに会った。
パトリシアは私の愛する子供たちに、会ったのだ。

今まで感じた事もない憤りが私の体を貫いた。
拳を握り込み唸り声をあげて、やがてそれは低い叫びとなって喉を破る。

グレッグが私を強く抱きしめた。
戦慄いているのは私だけではない。グレッグも憤怒を押し込め耐えている。

「本当にすまなかった。深夜、娘から話を聞いてすぐ隔離した。デズモンド関係の帳簿に不備があったから確認するようにとそれらしい理由をつけてある。誓って言うが、昨日の時点で目立った悪事は働いていないはずだ」

オファロン伯爵の言葉など耳に入らない。
入ったとしても意味がない。

もうパトリシアは居るのだから。

「ごめんなさい、グレッグ……私、あなたの邪魔をしたかったわけじゃないの……っ、ただ、私……っ」
「グレッグ。娘は正気ではない。治療が必要だ。許してくれとは言わん。だが今は──」
「そんな事はわかっています!」

グレッグの怒声を初めて聞いた。
もし私の怒りがこれほどまでに大きくなければ、私はかつての父の罵声を思い出して蟠りを覚えたかもしれない。

今までどんな時もグレッグは声を荒げた事はなかった。
私が死を選んだ引き金が父の罵倒だからだ。

グレッグはいつも私の心を守ってくれる。
だから今、私が怒りに任せて壊れてしまってもきっと連れ戻してくれる。

「どこにいますか?」

私の声は震えていた。
しかし次の瞬間、私は怒号をあげていた。

「あの女はどこですか!?」

オファロン伯爵が短い言葉で部屋の場所をグレッグに伝えた。過ごし慣れた親族同士だから通じるもので、私が聞いてもさっぱりわからなかった。長々と道順を聞く時間はないから好都合だ。

静かな早朝の廊下を、グレッグは私の手を引いて走る。
目が燃えるように熱い。頭に血が上っている。当然だ。許せない。

廊下を駆け抜けていたグレッグが唐突に階段下を回り込み、小さな扉を開けた。
懲罰室かちょっとした物置、若しくは秘密の金庫でもありそうな薄暗い密かな小部屋の中で、女はこちらに背を向けて前のめりの姿勢で激しく帳面をめくり確認作業に集中している。

その女はパトリシアの声で言った。

「申し訳ありません、旦那様。デズモンド様の11時のおやつには間に合わせます」
「なにをやってるの!?」

私は無様な金切り声を上げる。
女はぴたりと手を止めて、静かに背筋を伸ばした。

部屋に飛び込み肩を掴んで振り向かせる。
見間違うはずがない。確かに使用人の格好をしたパトリシアが目を瞠り私を見ている。

「どういうつもり!?」
「…………」
「なぜ黙っているの!?なんとか言いなさいよ!!」
「…………」

無表情のまま押し黙りこちらを見つめている姿は異様としか言えず、嫌悪感から私はパトリシアの肩を離した。

「なにを見ているの?私に用があるのでしょう!?私を傷つけるためにこんな事をしているのでしょう!?言いたい事があるなら私に直接言いなさいよ!!」
「…………ワイズ子爵夫人レーラ」
「!?」

囁くように私を呼びながらパトリシアが薄笑いを浮かべる。
次に下品な笑顔を浮かべ発した一言は明らかな侮蔑だった。

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