ノイズノウティスの鐘の音に

有箱

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10月12日

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 風が吹いている。薄い素材のシャツをすり抜けて、体を容赦なく冷やす。フルーツナイフの入った、ほぼ空っぽの鞄も揺れている。
 ルアンは空気の通り道を減らそうと、マフラーをきつく巻きつけながらも身震いした。
 川辺は穏やかに水が流れている。それは、平和だった頃と何一つ変わらない。
 色も風景も、こうして見ると記憶内の景色と全く変化していないのに、何かが大きく変わってしまった。
 ルアンは草の陰に隠れて、瓶を水中へと沈める。前回よりも温度の低くなった水が、手先から順に体温を奪ってゆく。
 ぷくぷくと空気の抜ける音が消えかかった時、地を擦る足音が耳に届いた。
 屈めていた身を、更に低くする。
 その後、数分同じ姿勢を保っていたが、今日に至っては何の声も聞こえてこなかった。

 足音が消え、人の気配を見計らい立ち上がる。
 だが立ち眩み、ガサリと草を揺らした事で、静まっていた足音が動き出した。心臓が恐怖に膨らむ。
 見つかってしまったと瞬時に悟り、ルアンは咄嗟に走り出した。水瓶の重みが負担になったが、手放すのも惜しく必死に抱え走る。
 後方からは、静止を命じる声が突きつけられている。
 ルアンは、必死に走った。
 ここで逃げ切らなければ、待っているのは地獄なのだ。
 しかし、冷えた体は全力を許してくれず、男のごつごつした手がルアンの肩を掴んだ。
 無理矢理に振り向かせられ、対応をとる前に顔面を殴打され、強く地上に叩きつけられる。水瓶が水を撒き散らし、粉々に割れた。
 頭がくらくらとする。左側の景色が真っ暗だ。
 しかし、脳内で掲げられているのは経った三文字¨逃げろ¨の指示だけだった。
 近付いてくる男の、鋭い目がこちらを睨んでいる。
 ルアンは考えるよりも先に、フルーツナイフの布を取り振るっていた。
 ――――男の雄叫びが聞こえ、ルアンはナイフを捨て即座に走り出した。男は呻きながら、両目を手の平で押さえつけている。
 ルアンは振り向く事もせず、時々よろけながらも裏道から裏道を走った。

「お兄ちゃん……!?」
 ティニーは、入って来て早々その場に崩れ落ちたルアンを見て当惑する。
 ティニーに見られていると分かりながらも、ルアンは取り繕う事が出来ず、横になったまま膝を折った。
「お、お兄ちゃん、大丈夫……?」
 痛みや苦しさの所為で、ティニーの声が霞む。景色も色を失ってゆく。
 寒気が、全く取れない。
 ルアンは、ティニーが何度も自分を呼ぶ声を聞きながら、そのまま気を失ってしまった。
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