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有箱

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半月目

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 懐かしい感覚で目を覚ます。鼻を擽られ、迎える朝など何年ぶりだろうか。これは何の匂いかな――推測ゲームをしていると扉が開いた。エプロン姿のアンメルが、固めの表情でお辞儀する。

「おはようございます。お食事の用意、出来ました。お持ちしても宜しいですか?」
「あっ、お願いします」

 数年ぶりに、パソコンを机から下ろす。指定位置を守るように、埃が四角を描いていた。それが妙に恥ずかしく、拭ったところでアンメルがやってきた。僕の袖を見て、少し首を傾げていた。
 
 AIと味を共有するなんて不思議な感覚だ。因みに、アンメル曰く食材は分解し、エネルギーに変えるらしい。睡眠も同じく、充電的な働きをするとか。

 本日は箱にあった食材を使用し、料理させていただきました――説明を添付した料理が心身を癒す。見た目か味付けか、普段とは格の違う味がした。いや、単に温かいからかもしれない。つい気が緩み、隙間に欠伸を挟んでしまう。

「お疲れですか?」
「ちょっとね。最近、仕事が忙しくてさ」

 約四年前、叔母の援助で事業を立ち上げた。情けないことに、今も頼りっぱなしでいる。知識だけで世界に太刀打ちするのは難しく、やっと自立の芽を出しはじめたところだ。
 叔母には感謝してもし尽くせない。僕一人の力では、夢見る少年のままで終わっていた。

「お仕事、どんなことをされているのですか?」

 美しい所作は、プログラムによるものなのだろう。しかし、それでも見惚れてしまう。上がってきた視線とぶつかり、思わず目を反らした。

「えっと、各地から仕事を集めて、求めている人に紹介する仕事だよ。貧富や学歴は問わず、能力だけで繋ぐんだ」

 この国は、貧富の差の激しさで有名である。僕自身は困窮も余裕もない、ごく普通の――いや、中の上くらいだろうか。平凡な地位に身を置く人間だ。
 しかし、双方を眺められる立ち位置でもある。ゆえに事業を立ち上げた。

「僕はね、皆が平等で幸せに暮らせる国にしたいんだ」

 ポツリ、夢を落とすとアンメルは瞳を円くする。愛らしい相貌は、理解の難航を見せた。

「って言っても、君にはピンと来ないよね」
「すみません……」

 最後の一口を終え、料理が皿だけになる。時計を見ると、普段の始業時間を跨いでいた。幸い、対面業務の予定はない。しかし、今日も今日とて仕事が大行列だ。
 脳内を読んだのか、アンメルは立ち上がる。

「お皿お下げします。その後は……お部屋のお掃除は邪魔でしょうか。画面は見ないようにします」
「あー……お願いします」

 それから、素早く行動を開始した。
 部屋は忽ち美化され、その日から僕の生活は、異常なまでの潤いを持ちはじめた。



 理想の女の子。そう豪語しても過剰ではないほど、アンメルは人に近かった。表情の欠けや反応の違和感でさえ、人の持つ未熟さに見えてしまう。
 今なら、あの話も分かる気がする――なんて頷きかけて我に返った。自分が信じられなかった。
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