零にとける

有箱

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一のまま零になる

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 空っぽの部屋には、音も灯りもない。そんな部屋の端、絨毯すらない場所に僕は腰を下ろした。

 周りを見渡しても、家具は一切ない。理由は単純だ。家族に――父に置き去りにされたから。学校に行っている間に、家具ごと消え去ったのだ。
 そう、僕は捨てられたのである。

 僕は元々、家族から疎外されていた。母は別の男と逃げ、置いていかれた父は僕に暴力を振るうようになった。

 そんな冷たい家庭にいては、他者と馴染める訳がない。浮いていた僕は、学校の人間に苛められてもいた。
 そんな人生を経て、僕は人を怖れるようになった。

 家族も他人も、全員滅びればいいと思っていた。絶望しかなかった。

 それから数週間、居場所を失った僕に一通の手紙が届いた。僕にとって、それは一筋の光だった。

〔厳正な審査の結果、貴方様の氷棺が認められました。つきましては、下記の日付に指定場所へお越し下さい。〕

 同封されていた510番のカードを手に、僕は何年か振りの笑みを零した。



 氷棺――それは、数年前に開発されたシステムの名前だ。今だ実験段階ではあるが、ほぼ百パーセントの成功率が約束されている。

 その内容は、人を特殊な氷で凍らせ、体の機能を回復させながら、数年、または数百年後に目覚めさせるというものだ。
 その間は、眠りと同じ状態になるらしい。

 条件に見合った人間だけが許される、特別な制度だ。
 今の時代には居場所がないと、組織が判断した人間が――そう、僕のような人間が対象だった。



 指定された日時、僕は目的地に向かった。そこには、とても大きく、頑丈そうな施設があった。

 入館し、顔を隠した職員にカードを見せる。すると早速誘導された。地下深くへと降りてゆく。

 それぞれの階には長い廊下があり、狭い間隔で多くの扉が設置されていた。扉の全てに数字札が掛けられている。
 部屋番号と階数は関係しているらしく、数字を見れば何階にいるかは直ぐ分かった。

「眠る年数によって指定部屋があるんですよ。個室なんですけどね。確か貴方は五百年でしたよね」
「はい」
「五百年後、何が変わってて欲しいです?」
「…………人が優しくなってて欲しいです。僕、一度で良いから人に愛されてみたいんです。幸せって感情を知ってみたい」
「それは素敵な願いだ。さぁ、着きましたよ」

 長い廊下の先、510の札がある部屋に着いた。地下六階まで、長かった。

 鍵を回し、職員が扉を開く。その小部屋の真ん中には、棺桶と作動装置のみが置かれていた。開けられた棺の中には、透明な水が入っている。

「では、入っていただけますか? 入り方は――」

 説明通り、仰向けになって水に入った。浮力はなく、水の抵抗も感じなかった。顔面が浸かっても呼吸は苦しくなく、寧ろ自然と体に馴染んだ。

 眠気を覚える。ゆっくりと五感が薄れてゆく中、声が聞こえた。

「来世では良い人生を」

 それを最後に、ぷつりと意識が切れた。
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