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初恋の人
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私は目が見えない。幼い頃から弱視で、中学卒業を間近に失明してしまった。
それから、早三十年。困難は尽きないが、とても幸せな毎日を過ごしている。
それもこれもあの日、名も知らない彼女が、僕に言葉をくれたからだ。
――初恋の人だった。
*
リビングから、調理の音がする。食材が焼ける音、小刻みに何かを刻む音。
それらを聞きながら、私は目を開く。もちろん、物は何一つ見えない。
私には、妻がいる。明るくて優しい、献身的な妻だ。成人してから出会った人で、私のことを誰よりも理解し、愛してくれる人である。
私は、彼女に出会えて本当に幸せ者だ。
そんな妻が朝食を拵える音を、アラーム代わりに目覚めるのが日課である。
そしてもう一つ、私には欠かせない日課があった。
それこそが、初恋の人との写真を撫でることである。その人と撮った、唯一の写真だ。
机上の本棚の右から二番目。分厚い点字本の一頁目に挟んである。指先の感覚だけで分かるよう、そこにした。
因みに、この日課について妻は知らない。半ば秘密になっている状態だと言えよう。
盲目になって尚、初恋相手との写真を持っているなんて――大切にしているなんて話せる訳がなかった。
*
しかし、ただの初恋相手なら、私だって持ち続けてはいないだろう。こんなにも大事にさせるのは、写真の中に彼女のくれた言葉を見ているからだ。
彼女と出会ったのは、小学六年の頃だ。彼女の家が転勤族だった為に、ほんの数ヵ月だけの付き合いだった。
しかも、恋人や友人と言う特別な物は私達にはなかった。保健室でばったり会って、数回話しただけの関係である。
転勤が多いせいで、慣れるのに少し疲れてしまうと彼女は話していた。
しかし、その語長は溌剌としていて、とにかく明るかったのを覚えている。声自体は、もうすっかり記憶にないけれど。
私はと言えば、この頃、普通学校の授業に付いていけず、保健室へ逃げ込んでいた。因みに中学は盲学校へ進学している。
*
因みに、写真自体は偶然撮られた物だ。詳しい経緯は覚えていないが、見知らぬ人に被写体を頼まれたことだけは記憶している。
きっと、撮影が出来れば誰でも良かったのだろう。
そんなこんなで後日、あの写真が手元にやってきた。彼女の方は転校して居なかったからと、私の方へ持ってきたらしい。そこだけはよく覚えている。
丁度寂しさを感じていたからか、写真は心の穴にそっと寄り添ってきた。その日から、朝の日課に加わった。
*
写真の表面を撫でる。今触れている場所に何が写っているのか、今の私には分からない。
しかし、記憶の中では鮮明にーーもしかすると写真よりも鮮やかに残っているかもしれない。
今日も一日、頑張ろう。
一人意気込んで、リビングへと向かった。
それから、早三十年。困難は尽きないが、とても幸せな毎日を過ごしている。
それもこれもあの日、名も知らない彼女が、僕に言葉をくれたからだ。
――初恋の人だった。
*
リビングから、調理の音がする。食材が焼ける音、小刻みに何かを刻む音。
それらを聞きながら、私は目を開く。もちろん、物は何一つ見えない。
私には、妻がいる。明るくて優しい、献身的な妻だ。成人してから出会った人で、私のことを誰よりも理解し、愛してくれる人である。
私は、彼女に出会えて本当に幸せ者だ。
そんな妻が朝食を拵える音を、アラーム代わりに目覚めるのが日課である。
そしてもう一つ、私には欠かせない日課があった。
それこそが、初恋の人との写真を撫でることである。その人と撮った、唯一の写真だ。
机上の本棚の右から二番目。分厚い点字本の一頁目に挟んである。指先の感覚だけで分かるよう、そこにした。
因みに、この日課について妻は知らない。半ば秘密になっている状態だと言えよう。
盲目になって尚、初恋相手との写真を持っているなんて――大切にしているなんて話せる訳がなかった。
*
しかし、ただの初恋相手なら、私だって持ち続けてはいないだろう。こんなにも大事にさせるのは、写真の中に彼女のくれた言葉を見ているからだ。
彼女と出会ったのは、小学六年の頃だ。彼女の家が転勤族だった為に、ほんの数ヵ月だけの付き合いだった。
しかも、恋人や友人と言う特別な物は私達にはなかった。保健室でばったり会って、数回話しただけの関係である。
転勤が多いせいで、慣れるのに少し疲れてしまうと彼女は話していた。
しかし、その語長は溌剌としていて、とにかく明るかったのを覚えている。声自体は、もうすっかり記憶にないけれど。
私はと言えば、この頃、普通学校の授業に付いていけず、保健室へ逃げ込んでいた。因みに中学は盲学校へ進学している。
*
因みに、写真自体は偶然撮られた物だ。詳しい経緯は覚えていないが、見知らぬ人に被写体を頼まれたことだけは記憶している。
きっと、撮影が出来れば誰でも良かったのだろう。
そんなこんなで後日、あの写真が手元にやってきた。彼女の方は転校して居なかったからと、私の方へ持ってきたらしい。そこだけはよく覚えている。
丁度寂しさを感じていたからか、写真は心の穴にそっと寄り添ってきた。その日から、朝の日課に加わった。
*
写真の表面を撫でる。今触れている場所に何が写っているのか、今の私には分からない。
しかし、記憶の中では鮮明にーーもしかすると写真よりも鮮やかに残っているかもしれない。
今日も一日、頑張ろう。
一人意気込んで、リビングへと向かった。
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