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二人きりの世界
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私は目が見えない。そんな私を、いつも守ってくれるのはお父さんだ。
今はこじんまりした家で、二人暮らしをしている。
*
部屋の中、オーディオブックが流れる。音量が抑えてあるのは、私の敏感な耳に合わせてのことだ。
それだけじゃない。お父さんは、読み聞かせてくれる時も話してくれる時も、いつも控えめに接してくれた。
お父さんは、とにかく私に優しい。私が困らないよう、ずっと傍にいてくれるし、求めたものは全て用意してくれた。
ただ一つ、外出だけは許してくれなかったけど。
「ねぇ、お父さん。神様って一体どんな姿なのかしら?」
「そうだね。神様はね、人が作り出した人類の父のようなものだと僕は思う。だから、姿はないんじゃないかな」
「そう、皆お父さんが欲しいのね。じゃあ、風はどんな形なのかしら?」
「風の形は僕にも見えないんだ。だから、ユマが感じているのと同じものを僕も感じているんだよ」
「そうなの。風は見えても見えなくても同じなのね」
お父さんは、私の問いに何だって答えてくれる。どんな質問をしたって、優しく丁寧に教えてくれるのだ。分からない時だって、直ぐに調べてくれた。
世界を知らない私にとって、本とお父さんだけが全てだ。
けれど、そんなお父さんでも、たった二つだけ教えてくれないことがある。
「ねぇお父さん。私、どうして見えなくなっちゃったんだっけ?」
「……それは思い出さなくても良いんだよ」
「お母さんは、やっぱり帰ってこないの?」
「……ごめんね」
それがこの二つだ。私が何度聞いても、悲しそうに濁すばかりだった。
だから、悪い何かがあったのだと悟ってはいる。それでも知りたくなって、時々尋ねてしまった。
*
オーディオブックの読み聞かせに混ざり、炊飯器の完了音が鳴った。耳慣れた音が心地いい。
今日の食事はオムライスだろうか。想像していると、お父さんの立ち上がる気配を感じた。
お父さんは静かな人だから、とても気配が薄い。きっと、私じゃなきゃ感じられないんじゃないか、なんて思うこともある。
けれど皆は見えるから、気配なんか必要ないのだろう。
「そろそろご飯の用意を始めるね。今日はユマの好きなオムライスを作るよ」
「わぁい! お父さんのオムライス、とっても美味しくて好きなの!」
「作ってくるから、少し待っててね」
「はーい」
お父さんが去ってすぐ、物語が終わった。リピートされるディスクを他所に、キッチンの音に耳を傾ける。
包丁が食材を刻む音も、フライパンで炒められる音も、私にとって全部心地よい音だ。でも、時々悲しくなることもあった。
お父さんは、私の為に生きている。それはよく分かる。
お仕事も、私の傍にいられるよう家でしているし、私が退屈しないよう気も遣ってくれた。新しい物語を用意してくれたり、面白い話を聞かせてくれたり。
そのお陰で、目が見えなくて辛いと思ったことはほぼない。
でも、お父さんはどうなんだろうと、時々思ったりする。
けれど、きっと優しい嘘をくれるから聞かなかった。
今はこじんまりした家で、二人暮らしをしている。
*
部屋の中、オーディオブックが流れる。音量が抑えてあるのは、私の敏感な耳に合わせてのことだ。
それだけじゃない。お父さんは、読み聞かせてくれる時も話してくれる時も、いつも控えめに接してくれた。
お父さんは、とにかく私に優しい。私が困らないよう、ずっと傍にいてくれるし、求めたものは全て用意してくれた。
ただ一つ、外出だけは許してくれなかったけど。
「ねぇ、お父さん。神様って一体どんな姿なのかしら?」
「そうだね。神様はね、人が作り出した人類の父のようなものだと僕は思う。だから、姿はないんじゃないかな」
「そう、皆お父さんが欲しいのね。じゃあ、風はどんな形なのかしら?」
「風の形は僕にも見えないんだ。だから、ユマが感じているのと同じものを僕も感じているんだよ」
「そうなの。風は見えても見えなくても同じなのね」
お父さんは、私の問いに何だって答えてくれる。どんな質問をしたって、優しく丁寧に教えてくれるのだ。分からない時だって、直ぐに調べてくれた。
世界を知らない私にとって、本とお父さんだけが全てだ。
けれど、そんなお父さんでも、たった二つだけ教えてくれないことがある。
「ねぇお父さん。私、どうして見えなくなっちゃったんだっけ?」
「……それは思い出さなくても良いんだよ」
「お母さんは、やっぱり帰ってこないの?」
「……ごめんね」
それがこの二つだ。私が何度聞いても、悲しそうに濁すばかりだった。
だから、悪い何かがあったのだと悟ってはいる。それでも知りたくなって、時々尋ねてしまった。
*
オーディオブックの読み聞かせに混ざり、炊飯器の完了音が鳴った。耳慣れた音が心地いい。
今日の食事はオムライスだろうか。想像していると、お父さんの立ち上がる気配を感じた。
お父さんは静かな人だから、とても気配が薄い。きっと、私じゃなきゃ感じられないんじゃないか、なんて思うこともある。
けれど皆は見えるから、気配なんか必要ないのだろう。
「そろそろご飯の用意を始めるね。今日はユマの好きなオムライスを作るよ」
「わぁい! お父さんのオムライス、とっても美味しくて好きなの!」
「作ってくるから、少し待っててね」
「はーい」
お父さんが去ってすぐ、物語が終わった。リピートされるディスクを他所に、キッチンの音に耳を傾ける。
包丁が食材を刻む音も、フライパンで炒められる音も、私にとって全部心地よい音だ。でも、時々悲しくなることもあった。
お父さんは、私の為に生きている。それはよく分かる。
お仕事も、私の傍にいられるよう家でしているし、私が退屈しないよう気も遣ってくれた。新しい物語を用意してくれたり、面白い話を聞かせてくれたり。
そのお陰で、目が見えなくて辛いと思ったことはほぼない。
でも、お父さんはどうなんだろうと、時々思ったりする。
けれど、きっと優しい嘘をくれるから聞かなかった。
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