僕らのカノンは響かない

有箱

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旧校舎の歌声(2)

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 はずだったのに、なぜか今日も旧校舎にいる。しかも本日は自主的に、用事もないのに足を運んでいる。
 掴めない己の感情に、モヤモヤを感じつつ本能のまま歩いた。

 昨日より時間を遅らせたからか、既に声が響いている。堂々とした声は、恐れなど一ミリも乗せていなかった。

 歌っているのは昨日と同じ歌だ。この曲は私が小学五年生の時の課題曲だった。
 当時は既に声を失っており、いい思い出はない。高校にしては幼い選曲な気もするが、きっと違う学年の課題曲なのだろう。

 扉の前、気配を消した。消した上で耳を傾けた。
 なぜ一人で練習しているのだろう。こんなにも堂々と歌えるのに――この疑問があったからこそ、訪れてしまったのかもしれない。
 
 唯々盗み聞く。そうしている内、段々音に引っ張られていく。
 この曲は本来、複数人で歌うものだ。そう言った形式ゆえ、独唱だとどうしても物足りなさを感じてしまう。

 トラウマとは裏腹に、口が歌を追いかけたがった。どうせ声は出ない。だからこそ、真似くらいなら許される気がした。
 アテレコ前の映像のように、動きだけで熱唱する。

「貴方、いい声だね! しかも上手!」

 だから、そんな称賛が飛んできた時は全身がコンクリートになった。
 出しているつもりもなければ、耳の中に響いてもいなかったのだ。気付けるはずもない。
 しかし、姿を見ていない状態で“声”に触れられた――そんな事実が証明していた。

 聞かれた。恥ずかしい。

「私、ずっと一人で歌ってたから一緒に歌えて嬉しい!」

 彼女が嘘をいう必要も、場面でもないことも分かる。けれど、素直に受け止められなかった。

 行動に迷った末、無言で踵を返した。
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