短編小説集

有箱

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人間のふりゲーム

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 私は今、人間の振りゲームをしている。ルールは簡単、周りの“人間”たちに、私の本当の姿を知られないようにするだけだ。
 ただ、意外とその行為がハードモードだったりする。
 
「はい、申し訳ありませんでした」
「何度言ったら分かるわけ? 三木さんはもう八年目なんだから、もっとちゃんとしてよ」
「本当にすみません」

 頭上に溜め息を浴び、上司が立ち去るのを待って自身も翻る。ミスのあった書類を眺め、パソコンから再度データを引っ張り出した。

 人間と言うものは面倒臭い。九十五パーセントの成功より、五パーセントの失敗を取り立ててくる。
 私は私なりにーー三木夏実なりに懸命な作成をした積もりだった。その上で発生したミスなのに、態と不注意を働いたかのように言うのだ。
 本当は謝罪すらしたくなかったが、普通の人間ならそうするだろう。ゆえに、したにすぎなかった。

 三木夏実と言うこの体は、相当な低スペック品だ。小さなミスは予想の範疇に入れて置いてもらわなければ困るーーなんて、周囲は人の中身や能力値など覗こうともしない奴らばかりだが。

 溢れかけた溜め息を、口内で相殺する。欲を言えば、もっとハイスペックな体でプレイしたかった。



 午前一時を回った頃、自宅設定のあるアパートに到着する。
 扉の開放を本能が拒んだが、外で夜をやり過ごすわけにもいかない。指に無理強いし、扉を開いた。

 明かりも灯さず、足音も殺して部屋に入る。だが、透明人間にはなりきれなかったらしい。低い場所から、低い声が聞こえてきた。放出される怒りを感覚で見る。

「何時だと思ってんだよ」
「ごめんなさい、仕事が長引いてしまって」
「嘘つけ。どうせ男と遊んでたんだろ」

 声の主は旦那と言う設定の同居人だ。こうして声が上ってくる度、ワンルームの選択を拒否すべきだったと後悔した。

「本当に仕事です。起こしてしまいすみません。以降気を付けます」
「くっそ苛立つ女だな。さっさとどこにでもいっちまえ!」

 恒例の冷たいやり取りが幕を下ろす。同居人との会話なんて、普段からこんなものだ。基本怒気を飛ばされ、酷い時は暴力がプラスされる。言葉は無しに拳だけ送られる日もあった。

 しかし、元々こう設定されているのだから、仕方がない。溜め息を吐きかけ、人間ならどうするか考える。
 結果、無表情を保護するように、か弱い謝罪を再び落下させた。
 
 ゲームは、大抵この繰り返しで過ぎて行く。週末も、家事に潰されたりと散々な試練がはだかる。しかし、人間らしく無理に実施した。
 こんな日常を、歯向かうことなく淡々とこなす。人間というものは、本当に面倒臭い生き物である。



 夏実は可哀想な子どもだった。親からは居ないものにされ、友人からは汚物として扱われた。助け舟も運航しておらず、一人遊びだけが夏実を慰めた。
 おかしな世界から一秒でも早く抜けたいと、そこら辺の男に着いていった結果がこの様だ。

 夏実の人生は誰から見てもぐちゃぐちゃだった。憐れで悲惨だった。そんな人生に揉まれ、夏実の心は崩壊寸前だった。

 だから、夏実は考えたのだ。この世界はゲームで、自身はどこか別の星から来たプレイヤーなのだと。
 これは、人間の振りをして生きるだけの簡単なゲーム。
 そう考えた方が、幾分か楽だった。

 ーーなんて思案した記憶は残されているが、果たして今の私がその時と同じ夏実なのかは分からない。分からなくなった。

 今はただ、与えられたミッションをこなすだけだ。たった一つのクリア条件を達成するまで。〝体が死ぬ〟その時まで。

 残り時間ーー約80年。
 さて、今日も人間の振りを続けよう。
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