短編小説集

有箱

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あれが僕の彼女です

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 数メートル先、ウィンドウ越しに飾られた、可愛らしい衣服を見詰める女の子が居る。
 それが僕の彼女だ。大好きな彼女だ。
 彼女は僕に気付かずに、キラキラした目で服を見ている。

 今度のプレゼントはあの服で決まりだ。きっと喜ぶだろうな。
 僕は密かに知った情報に、勝手に嬉しくなった。
 彼女の身長的には少し大きい気もするが、それでも彼女は綺麗だからきっと似合うだろう。

 彼女の年齢は僕より5つも年下だ。今大学生で、得意科目は経済学という秀才美人である。
 友達は決して多くは無いが、とても優しく、誰しもが彼女を気に入るだろう。

 それでも、一番好きな気持ちが大きいのは僕だ、と自負するくらい好意に自信はある。

 目を閉じれば、彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。細くなった目が不細工だと冗談っぽく笑う友人も居るが、殴ってやりたいくらい可愛いと思う。いや、実際殴ってはいないよ。

 彼女はこれからどこに行くのだろうか。僕は彼女の行く方向へと共に歩んでゆく。
 少し距離を詰めてみたり、小声で名前を呼んでみたりしたが、彼女は前しか見ない人だ。僕には気付いていない。

「あ、待った?」 
「ううん、今来たところ」

 曲がり角から現れた男を目にして、僕は思わず影に隠れてしまった。
 彼女の事ならほとんど知っている僕だが、今目の前にいる男についての情報は一切持ち合わせていない。

 彼は誰だろう。彼氏はありえない。
 なぜなら彼女を彼女と呼んで良いのは僕だけだからだ。

「じゃあ予定通りまずは映画からで良い?」
「うん!」

 彼と彼女は隣り合って、親しげに歩き出した。雰囲気は和気藹々としていて、その中には少し照れ臭さ染みた物がある。
 何と無く、彼が誰だか分かってしまった。しかし、認める訳にはいかない。

 僕は二人の跡をつけて、映画館に一緒に入った。彼に夢中なのか、彼女は全く僕に気付かない。
 映画は恋愛映画だった。純愛をテーマにした映画で、あまり刺激がない。彼女と僕との関係とは比べ物にならないほどチープなB級映画だ。 

 それを一席前の二人は、面白そうに、そしてやはり気恥ずかしそうに見ている。
 さすがにここまで来ると嫉妬しか出ない。いや、男と会っている時点で焦燥はしていたが。
 彼女は僕の物だ! と言いたくて仕方がなくなる。約束した仲じゃないか! と叫びたくなる。

 その後も、彼と彼女は色々な場所へと二人で赴いていた。僕は背後を付けて、動向を探る。

 二人の間には――言いたくはないがラブラブという言葉がしっくり来る空気が漂っている。
 もうこれは、浮気と断言してもいいだろう。

 そして夜になり、締め括りに夜景を見る二人は、ムードの中に呑み込まれている。
 近距離まで近付いて、今にも口付けしそうだ。うっとりとまどろんだ瞳が閉じてゆく。

「ちょ! ちょっと待て!」

 彼女の肩を引き、僕は叫んでいた。彼女は酷く目を見開いている。

「お前は誰だ! 彼女は僕のだぞ!」
「……だ、誰ですか……?」
「何言ってるんだよ、僕だよ。君の彼氏じゃないか」
「……あ、貴方なんて知りません……止めて下さい」

 彼女の口から出る、拒否の言葉が突き刺さる。
 彼は何かに気付いたらしく、彼女の体を僕から剥がして引き寄せた。

「……もしかして、前から言ってたストーカーってこいつか……?」
「……多分そう……怖い…」

 彼に縋る彼女の顔は、本当に怯えている。

「ぼ、僕がストーカーだって!? 君は僕を愛してると言ってくれたじゃないか! どうしてそんな嘘をつくんだ!」
「……何回も電話かけてきて、情報も勝手に盗んで! 物も送ってきてるんだってな! 警察に訴えるぞ!」
「警察だって!? 何言ってるんだ!」

 彼と僕との闘争の中に、彼女の小さな声が割り込んだ。いつも聞く声とよく似ている。

「か、帰って下さい……!」

 彼女は、浮気現場を見られて焦っているのだろう。言い訳する時間が欲しいのかもしれない。

「仕方ないな、また今度ね」 

 彼を睨みつけ、彼女には愛の囁きを残し、僕は帰宅した。

 ――――誰がなんと言おうと、彼女は僕の物である。
 携帯に入っている写真の数々も、壁に貼り付けた画像の数々も、君の情報も何もかも、他人の知らないことまで全部知っているのは僕しかいないのだから。

 僕は背後から撮影した彼女の笑っている写真を目の前に、口付けし、妄想する。

「……あぁ、ほらやっぱ僕の所に戻ってくるんじゃん……何だかんだ言って君って僕のこと好きだよね」
 
 数メートル先、友達と楽しそうに大学院に入っていく彼女がいる。
 彼女は僕の大好きな人だ。彼女だ。誰がなんと言おうと、愛を語り合った彼女なのだ。
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