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泣いていいのは
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外は土砂降りだ。正直、ヒールで走ると滑りそうになる。
けれど走った。行く宛ても無く走った。
涙を力の限り我慢し、走った。
けれど、彼から逃げる事は出来なかった。
「花野さん待って!」
手を掴まれ、制止を掛けられる。男の力には敵わず、その場で立ち尽くしてしまった。幸い、周囲に人はいない。
「何かしたなら謝ります。重荷になっていたなら距離も取ります」
好都合な展開に、再び涙が溢れた。ここで首肯すれば、自然と距離が取れるだろう。
叩きつける雨が、頬の涙を攫って行く。それでも我慢は続けてみる。
「……でも、どうか感情だけは殺さないで。本当に無くしてしまったら取り返しが付かなくなります。無責任かもしれないけど、どうか」
だが、また失敗だ。背を向けているからと、気が緩んだのかもしれない。
「…………違うんです。本当は先輩に言われたんです。貴方から離れてって。私は世間から見て情けない人間ですし、青山さんの為にもそうするのが良いと思いました」
本音と嘘を交えて告げた。変に隠して逃げるより、この方が良いと判断した末の行動だ。
「……そうだったんですか」
その選択は正しかったのだろう。青山さんは、意外にもすんなり受け容れてくれた。
だが。
「花野さん」
続けて聞こえた彼の声は、酷く震えていた。
様子が気になって、自然と振り返る。その際、青山さんの手もするりと解けた。
「……悲しい時は泣きましょう。涙が出るのは人間の本能なのですから」
そう言った、青山さんは笑っていた。けれど、とても悲しい笑顔だった。
それこそ、涙しているかのように。
「……もしかして泣いてます……?」
彼の涙など、知る必要はないだろう。それでも聞いてしまった。
私の為の涙なら嬉しい、とさえ思ってしまった。
「……はい」
瞬間、私の目からも涙が溢れ出した。今なら、雨と共に消えてくれるだろう。
とは思ったが、嗚咽してしまった時点で無効化された。
「……はは、駄目ですね、私。頑張るって言ったのに」
「だから、頑張らなくても良いって言ったじゃないですか。それに、今なら誰にも見られません。もちろん僕意外ですが」
青山さんは笑う。雨の中で、優しく切なく笑う。その笑顔は、私の涙となる。
「……じゃあ、今だけは思いっきり泣きます」
空を仰ぎ、初めて大泣きした。
*
バケツを引っくり返したような雨は、頃合いよく上がっていった。太陽も顔を出し、地面を乾かそうと輝きだす。
制限を掛けずに泣いたからだろう。気持ちは、これまでにないほど爽やかだった。
瞼は腫れているが、涙はもう流れて来ない。寧ろ、零れてくるのは笑顔だ。
「……青山さんは何で泣いてたんですか」
「えと、悲しかったからです」
青山さんも、清々しそうに笑う。びしょ濡れで笑う姿は何だか滑稽だ。それは私もだけれど。
「ふふ、そうですか」
「取りあえず、先程の店でタオルを借りましょうか」
案に首肯すると、青山さんは翻った。私も同じように回る。そうして、ヒールを鳴らして歩き出した。
「何度もしつこいようですが、泣くのは止めないで下さい。我慢出来るのは良いことかも知れませんし、泣くと厳しい目を向けられるかもしれない。けど、生きられるのならどれだけ泣いたって良いですから」
「……はい、でもやっぱり泣かないようにする練習は頑張りたいです」
今、気持ちが切り替わって思った。
「……花野さんが嫌なら、僕は離れます。でも、貴方を寂しくはしたくないから、ひっそりとお手伝いはしたいです」
「……ならば、泣かないようにする為の練習に付き合って貰えますか? 会社以外の所で、ひっそりと」
だって、堂々と話がしたいじゃないか。何も言われず、堂々と隣を歩きたいじゃないか。
「喜んで」
頭上に広がる空は、青々と煌いていた。
まるで、私の心のように。未来を応援するように。
一歩ずつ、着実に歩いていこう。涙を受け容れてくれた貴方となら、進んで行ける気がする。
泣き虫な雨空が快晴に変わったように、私も。
けれど走った。行く宛ても無く走った。
涙を力の限り我慢し、走った。
けれど、彼から逃げる事は出来なかった。
「花野さん待って!」
手を掴まれ、制止を掛けられる。男の力には敵わず、その場で立ち尽くしてしまった。幸い、周囲に人はいない。
「何かしたなら謝ります。重荷になっていたなら距離も取ります」
好都合な展開に、再び涙が溢れた。ここで首肯すれば、自然と距離が取れるだろう。
叩きつける雨が、頬の涙を攫って行く。それでも我慢は続けてみる。
「……でも、どうか感情だけは殺さないで。本当に無くしてしまったら取り返しが付かなくなります。無責任かもしれないけど、どうか」
だが、また失敗だ。背を向けているからと、気が緩んだのかもしれない。
「…………違うんです。本当は先輩に言われたんです。貴方から離れてって。私は世間から見て情けない人間ですし、青山さんの為にもそうするのが良いと思いました」
本音と嘘を交えて告げた。変に隠して逃げるより、この方が良いと判断した末の行動だ。
「……そうだったんですか」
その選択は正しかったのだろう。青山さんは、意外にもすんなり受け容れてくれた。
だが。
「花野さん」
続けて聞こえた彼の声は、酷く震えていた。
様子が気になって、自然と振り返る。その際、青山さんの手もするりと解けた。
「……悲しい時は泣きましょう。涙が出るのは人間の本能なのですから」
そう言った、青山さんは笑っていた。けれど、とても悲しい笑顔だった。
それこそ、涙しているかのように。
「……もしかして泣いてます……?」
彼の涙など、知る必要はないだろう。それでも聞いてしまった。
私の為の涙なら嬉しい、とさえ思ってしまった。
「……はい」
瞬間、私の目からも涙が溢れ出した。今なら、雨と共に消えてくれるだろう。
とは思ったが、嗚咽してしまった時点で無効化された。
「……はは、駄目ですね、私。頑張るって言ったのに」
「だから、頑張らなくても良いって言ったじゃないですか。それに、今なら誰にも見られません。もちろん僕意外ですが」
青山さんは笑う。雨の中で、優しく切なく笑う。その笑顔は、私の涙となる。
「……じゃあ、今だけは思いっきり泣きます」
空を仰ぎ、初めて大泣きした。
*
バケツを引っくり返したような雨は、頃合いよく上がっていった。太陽も顔を出し、地面を乾かそうと輝きだす。
制限を掛けずに泣いたからだろう。気持ちは、これまでにないほど爽やかだった。
瞼は腫れているが、涙はもう流れて来ない。寧ろ、零れてくるのは笑顔だ。
「……青山さんは何で泣いてたんですか」
「えと、悲しかったからです」
青山さんも、清々しそうに笑う。びしょ濡れで笑う姿は何だか滑稽だ。それは私もだけれど。
「ふふ、そうですか」
「取りあえず、先程の店でタオルを借りましょうか」
案に首肯すると、青山さんは翻った。私も同じように回る。そうして、ヒールを鳴らして歩き出した。
「何度もしつこいようですが、泣くのは止めないで下さい。我慢出来るのは良いことかも知れませんし、泣くと厳しい目を向けられるかもしれない。けど、生きられるのならどれだけ泣いたって良いですから」
「……はい、でもやっぱり泣かないようにする練習は頑張りたいです」
今、気持ちが切り替わって思った。
「……花野さんが嫌なら、僕は離れます。でも、貴方を寂しくはしたくないから、ひっそりとお手伝いはしたいです」
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まるで、私の心のように。未来を応援するように。
一歩ずつ、着実に歩いていこう。涙を受け容れてくれた貴方となら、進んで行ける気がする。
泣き虫な雨空が快晴に変わったように、私も。
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