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泣いていいのは?
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新入社員として入社し、四年目となった。まだまだ理解不足であるのに関わらず、下に人が入るほど責任は付いてくる。
そしてその内情は、大体の場合考慮されない。
「花野! こんな事も出来なくて恥ずかしくないのか!」
「……す、すみません……」
最近赴任してきた、上司の叱咤が振った。公の面前で堂々とだ。最早、公開処刑である。
しかし、部下である以上抵抗は許されず、震えながらも何とか声を作った。
だが、早くも限界だ。
上司は深い溜め息を吐き、こちらの事情など目もくれず続けだした。
「本来なら、先輩として後輩に――」
ポロリと涙が落ちる。目の前はすっかりぼやけ、次々と雫を生み出し始めた。
その様子を目にし、上司は更に声を荒げる。
こういった状況は既に経験済みだ。上司がどう考え、何を言うのか、ほとんど先読みできた。
「良い年した大人が泣くなんてみっともない! 恥を知れ!」
「……すみません……」
それでも、その度に深く傷ついては泣くのだけれど。
*
数分後、やっと席に戻れた。
集まっていた視線は直ぐに散り、キーボードを叩く音が無情に響く。
何事もなかったかのような空気は、貴方と無関係でありたいと言っているようだ。
未だに涙は止まらず、開始から何分泣き続けているか定かではない。でも、涙は全く枯れてくれない。
重く閉鎖的な空気は、私を更に苦しめた。泣き止まなければと思うほどに涙は溢れ、息苦しくなった。
――端的に言えば、私は泣き虫だ。
母曰く、幼い頃からそうだったらしい。それは年を経ても変わらず、傷つけば泣き、嬉しくても泣きを繰り返した。
最早それは性質で、自分では制御が効かなかった。
そのレベルが些細過ぎる所為で、小学校の高学年頃から強くなるよう言われ続けて来たものだ。
私自身、何度もコントロールを試みたが失敗ばかりだった。どう足掻いても変えられないのである。
家族は、もう受け容れてくれた。しかし、社会は中々受け容れてくれない。
心の弱い人間として私を見下すか、腫れ物のように扱う。それが茶飯事だった。
私だって、泣きたくて泣いている訳じゃない。
けれど、そんなこと言えるはずがなかった。
上司は、弱いと見下す方の人間だ。
気に入らない、または使えない奴だと判断したのだろう。簡単な失敗で、また怒鳴られてしまった。
言うまでも無く、私は泣いた。堪え切れない涙が溢れ出し、声すら作れなかった。
それについて、上司は罵倒を繰り返す。その内、仕事とは関係の無い事まで絡ませてきた。
悔しくも、言い返せなかった。
*
攻撃からやっとの事で逃れ、席に帰る。落ち着かない涙を拭いながら、続きを行うためデスクトップを睨んだ。
しかし、ぼやけて文字が見えない。
早くしなければと自分に言い聞かせても、涙は一向に止まらない。
これでは、また怒られてしまうじゃないか――。
「あれは言い過ぎですよね」
目前に、白と肌色が割り込んで来た。相変わらずぼやけてはいたが、ティッシュを差し出してくれているのだとは分かった。
「……えっと、ありがとうございます……」
受け取り、涙を拭く。優しさに触れたからか、不思議と落涙は緩まった。
「花野さんが泣きたくなるの分かりますよ」
穏やかな声に横を見ると、控え目な笑顔が見えた。ようやく、物の輪郭が鮮明になってきたようだ。
隣席の彼は、同期の人間だ。確か、名を青山さんと言った。
彼とは、用件程度の会話しかした記憶がない。
だが、大人しそうな見た目とは裏腹に〝気楽そうな人〟との印象が残っていた。私とは逆だ、と思った覚えがある。
「……えっと、お恥ずかしいところをお見せしました」
優しさに触れながらも、口を付いたのは社交辞令だった。言いながら、そそくさと仕事を再開する。
――振りをして、自然と出た単語に勝手に傷付いた。
本当は、恥ずかしい事だと思いたくないのに。でも、言われ続けた所為か恥ずかしいと思ってしまう。
本当は認めてすら欲しいのに、体裁を繕ってしまう自分が嫌いだ。
でも、これは仕方ないことだよね。
そしてその内情は、大体の場合考慮されない。
「花野! こんな事も出来なくて恥ずかしくないのか!」
「……す、すみません……」
最近赴任してきた、上司の叱咤が振った。公の面前で堂々とだ。最早、公開処刑である。
しかし、部下である以上抵抗は許されず、震えながらも何とか声を作った。
だが、早くも限界だ。
上司は深い溜め息を吐き、こちらの事情など目もくれず続けだした。
「本来なら、先輩として後輩に――」
ポロリと涙が落ちる。目の前はすっかりぼやけ、次々と雫を生み出し始めた。
その様子を目にし、上司は更に声を荒げる。
こういった状況は既に経験済みだ。上司がどう考え、何を言うのか、ほとんど先読みできた。
「良い年した大人が泣くなんてみっともない! 恥を知れ!」
「……すみません……」
それでも、その度に深く傷ついては泣くのだけれど。
*
数分後、やっと席に戻れた。
集まっていた視線は直ぐに散り、キーボードを叩く音が無情に響く。
何事もなかったかのような空気は、貴方と無関係でありたいと言っているようだ。
未だに涙は止まらず、開始から何分泣き続けているか定かではない。でも、涙は全く枯れてくれない。
重く閉鎖的な空気は、私を更に苦しめた。泣き止まなければと思うほどに涙は溢れ、息苦しくなった。
――端的に言えば、私は泣き虫だ。
母曰く、幼い頃からそうだったらしい。それは年を経ても変わらず、傷つけば泣き、嬉しくても泣きを繰り返した。
最早それは性質で、自分では制御が効かなかった。
そのレベルが些細過ぎる所為で、小学校の高学年頃から強くなるよう言われ続けて来たものだ。
私自身、何度もコントロールを試みたが失敗ばかりだった。どう足掻いても変えられないのである。
家族は、もう受け容れてくれた。しかし、社会は中々受け容れてくれない。
心の弱い人間として私を見下すか、腫れ物のように扱う。それが茶飯事だった。
私だって、泣きたくて泣いている訳じゃない。
けれど、そんなこと言えるはずがなかった。
上司は、弱いと見下す方の人間だ。
気に入らない、または使えない奴だと判断したのだろう。簡単な失敗で、また怒鳴られてしまった。
言うまでも無く、私は泣いた。堪え切れない涙が溢れ出し、声すら作れなかった。
それについて、上司は罵倒を繰り返す。その内、仕事とは関係の無い事まで絡ませてきた。
悔しくも、言い返せなかった。
*
攻撃からやっとの事で逃れ、席に帰る。落ち着かない涙を拭いながら、続きを行うためデスクトップを睨んだ。
しかし、ぼやけて文字が見えない。
早くしなければと自分に言い聞かせても、涙は一向に止まらない。
これでは、また怒られてしまうじゃないか――。
「あれは言い過ぎですよね」
目前に、白と肌色が割り込んで来た。相変わらずぼやけてはいたが、ティッシュを差し出してくれているのだとは分かった。
「……えっと、ありがとうございます……」
受け取り、涙を拭く。優しさに触れたからか、不思議と落涙は緩まった。
「花野さんが泣きたくなるの分かりますよ」
穏やかな声に横を見ると、控え目な笑顔が見えた。ようやく、物の輪郭が鮮明になってきたようだ。
隣席の彼は、同期の人間だ。確か、名を青山さんと言った。
彼とは、用件程度の会話しかした記憶がない。
だが、大人しそうな見た目とは裏腹に〝気楽そうな人〟との印象が残っていた。私とは逆だ、と思った覚えがある。
「……えっと、お恥ずかしいところをお見せしました」
優しさに触れながらも、口を付いたのは社交辞令だった。言いながら、そそくさと仕事を再開する。
――振りをして、自然と出た単語に勝手に傷付いた。
本当は、恥ずかしい事だと思いたくないのに。でも、言われ続けた所為か恥ずかしいと思ってしまう。
本当は認めてすら欲しいのに、体裁を繕ってしまう自分が嫌いだ。
でも、これは仕方ないことだよね。
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