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last epsode:一人ぼっちの老人
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降り立った先、座り込んでいたのは老婆だった。布団の中、安らかに眠る自らの姿を見ている。
私の存在に気付いたのか、ゆるりと振り返った。非現実を目の辺りにしても、彼女に驚く様子はない。
「もしかして天使さん?」
「死神です。これから私は、貴方の魂を預かり死後の世界へ導きます」
「そう、私の人生もついに終わったのね」
寧ろ状況を理解しているようで、見通していたとでも言いたげに微笑んだ。
「旦那や子どもに先立たれて、ずっとこの時を待っていたの。もう思い残すことはないわ。魂、お預けします」
「はい。ですが、その前に五分だけ、貴方の話を聞かせてくれませんか?」
これは、私の中の恒例行事だ。魂を預かる前に話を聞く。そうして人と言う生物を知る。それが何より面白かった。
「私の話なんてつまらないわよ。それより死神さん、貴方の話を聞かせて頂戴」
「私のですか」
だが、そう切り返され面食らう。自分の話を求められるのは初めてだ。
「冥土の土産に持っていきたいの。内容はお任せするわ」
「分かりました」
しかし、話題には困らなかった。してみたい内容なら存在していた。求められているものかは分からないが、一先ず切り出してみる。
「私は時々想像するのです。人として生まれるべきだったのか、そうではなかったのか」
「死神さんは、生まれてたかもしれないの?」
「これは私の勝手な見解ですが、生まれる前に死んだ命が死神になるのだと思っています」
「どうして?」
「仲間には信じてすらもらえませんが、私には死神として目覚める前の記憶があるのです」
ゆりかごの中で、子守唄のようなものを聞いている記憶だ。その表現があっているかさえ怪しいほど曖昧ではある。だが、この比喩が現時点で一番しっくり来ていた。
何より、内に残る愛情の感覚が、表現に親近感を与えていた。
「と言っても、本当に朧気な感覚のみです。ですが、ある人間に出会い、お腹で愛されていた時のものだと確信しました。ゆえに、生まれていた場合の人生を想像するのです」
様々な人間に会って話を聞く度、様々な形の人生が頭を駆け巡った。所詮空想でしかないが、空想と言うものは、想像以上に充実感を与えてくれるものだ。
「だからお話を集めているのね?」
「と言っても、それさえ人に願われやっと始めたことではありますが。一度聞いたら虜になってしまいまして。そうしている内に、死神は世界を見られなかった者が世界を覗く為に就く役職なのではないか……とさえ思いはじめました」
ある青年と出会うまでは、人間と必要以上の会話をするとの考えすらなかった。
だが、聞き始めて、ただ何となく見ていただけの世界が大きく広がった感覚がある。
「数多くの話を聞きましたが、色々な人間がいました。ですが、基本的に人は不幸なまま死んでいくようです」
「そうかもしれないわね。人は満足できない生き物だから」
「貴方も不幸なのですか?」
「どうかしら。境遇としては不幸なのかもしれないわ。でもね」
老婆の視線は布団の方へ揺れる。そうして再び柔和な笑みを飾った。
その微笑みは、決して孤独の中で死んだ者の顔ではなかった。やはり、人は不思議だ。
「やり直したいとは思わないのよ。最後は寂しかったけど、きっと幸福だったのね」
「不幸だけど、幸福なのですね。やはり、人と言うものは分かりません」
幸福そうな人が不幸だったり。不幸なのに幸福だったり。条件のようなものがあるようでなく、魂の数だけ人生がある。
けれど、どうやら後悔だけは誰にでもあるようで、それだけはほとんどの人間が有していた。
その後悔を聞く度、私が人だったなら、もっと上手くやるのにとよく思うものだ。だが。
「それで、答えは見えそう?」
「いいえ、まだ。永遠の問いになるかもしれません」
「そうかもしれないわね。だって、産まれて良かったかはその人その人が決めるものだから。同じような人生でも価値は違ったりするしね。……もう、そろそろ時間かしら?」
「はい」
実は超過していたが、それは敢えて言わなかった。鎌を掲げると、老婆は静かに目を閉じる。
厳密に言えば、五分の制約はない。だが、敢えて最初の切っ掛けに乗っ取ってそう決めている。
「素敵なお話をありがとう、死神さん」
「こちらこそ。もし再び会うことがあれば、次は貴方のお話も聞かせて下さい」
「きっと。良い人生にしておくわ」
「楽しみにしています」
人が最期の最後、本当に思うことだけを聞くためにも。
私の存在に気付いたのか、ゆるりと振り返った。非現実を目の辺りにしても、彼女に驚く様子はない。
「もしかして天使さん?」
「死神です。これから私は、貴方の魂を預かり死後の世界へ導きます」
「そう、私の人生もついに終わったのね」
寧ろ状況を理解しているようで、見通していたとでも言いたげに微笑んだ。
「旦那や子どもに先立たれて、ずっとこの時を待っていたの。もう思い残すことはないわ。魂、お預けします」
「はい。ですが、その前に五分だけ、貴方の話を聞かせてくれませんか?」
これは、私の中の恒例行事だ。魂を預かる前に話を聞く。そうして人と言う生物を知る。それが何より面白かった。
「私の話なんてつまらないわよ。それより死神さん、貴方の話を聞かせて頂戴」
「私のですか」
だが、そう切り返され面食らう。自分の話を求められるのは初めてだ。
「冥土の土産に持っていきたいの。内容はお任せするわ」
「分かりました」
しかし、話題には困らなかった。してみたい内容なら存在していた。求められているものかは分からないが、一先ず切り出してみる。
「私は時々想像するのです。人として生まれるべきだったのか、そうではなかったのか」
「死神さんは、生まれてたかもしれないの?」
「これは私の勝手な見解ですが、生まれる前に死んだ命が死神になるのだと思っています」
「どうして?」
「仲間には信じてすらもらえませんが、私には死神として目覚める前の記憶があるのです」
ゆりかごの中で、子守唄のようなものを聞いている記憶だ。その表現があっているかさえ怪しいほど曖昧ではある。だが、この比喩が現時点で一番しっくり来ていた。
何より、内に残る愛情の感覚が、表現に親近感を与えていた。
「と言っても、本当に朧気な感覚のみです。ですが、ある人間に出会い、お腹で愛されていた時のものだと確信しました。ゆえに、生まれていた場合の人生を想像するのです」
様々な人間に会って話を聞く度、様々な形の人生が頭を駆け巡った。所詮空想でしかないが、空想と言うものは、想像以上に充実感を与えてくれるものだ。
「だからお話を集めているのね?」
「と言っても、それさえ人に願われやっと始めたことではありますが。一度聞いたら虜になってしまいまして。そうしている内に、死神は世界を見られなかった者が世界を覗く為に就く役職なのではないか……とさえ思いはじめました」
ある青年と出会うまでは、人間と必要以上の会話をするとの考えすらなかった。
だが、聞き始めて、ただ何となく見ていただけの世界が大きく広がった感覚がある。
「数多くの話を聞きましたが、色々な人間がいました。ですが、基本的に人は不幸なまま死んでいくようです」
「そうかもしれないわね。人は満足できない生き物だから」
「貴方も不幸なのですか?」
「どうかしら。境遇としては不幸なのかもしれないわ。でもね」
老婆の視線は布団の方へ揺れる。そうして再び柔和な笑みを飾った。
その微笑みは、決して孤独の中で死んだ者の顔ではなかった。やはり、人は不思議だ。
「やり直したいとは思わないのよ。最後は寂しかったけど、きっと幸福だったのね」
「不幸だけど、幸福なのですね。やはり、人と言うものは分かりません」
幸福そうな人が不幸だったり。不幸なのに幸福だったり。条件のようなものがあるようでなく、魂の数だけ人生がある。
けれど、どうやら後悔だけは誰にでもあるようで、それだけはほとんどの人間が有していた。
その後悔を聞く度、私が人だったなら、もっと上手くやるのにとよく思うものだ。だが。
「それで、答えは見えそう?」
「いいえ、まだ。永遠の問いになるかもしれません」
「そうかもしれないわね。だって、産まれて良かったかはその人その人が決めるものだから。同じような人生でも価値は違ったりするしね。……もう、そろそろ時間かしら?」
「はい」
実は超過していたが、それは敢えて言わなかった。鎌を掲げると、老婆は静かに目を閉じる。
厳密に言えば、五分の制約はない。だが、敢えて最初の切っ掛けに乗っ取ってそう決めている。
「素敵なお話をありがとう、死神さん」
「こちらこそ。もし再び会うことがあれば、次は貴方のお話も聞かせて下さい」
「きっと。良い人生にしておくわ」
「楽しみにしています」
人が最期の最後、本当に思うことだけを聞くためにも。
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