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第十五章リース=ロスの幣制改革

第十五章第三十七節(跳ね上がり者)

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                三十七

「英国はあくまで日本と協調の上で事を運ぶつもりですが、財政援助に不可欠な国際管理に日本側は反対の意向ですか?」
 民国を国際管理下に置く--。
 そんなことをすれば華人社会の反発を招き、せっかくちょに就いた日華親善が台無しになる--。

 日本政府にとっては“論外”の発案だ。だが実は一九二五年、病床にあった孫文から英国枢密院議長のアーサー・バルフォア伯へ一通の手紙が送られたという。
 死の淵にあった孫文は、自力で中華民国に“民主主義”を根付かせるのは不可能だと悟り、ついては向こう五年間ほど自国をイギリス、フランス、アメリカ、イタリア--つまり日本を除く列強諸国--の共同管理下に置き、この間に西洋流の“民主主義”を浸透させられないか--と相談したと伝えられる。これに何と返したかは失念してしまったが、結局話はお流れとなった。
 真偽が不確かなままこの話が日本へ伝わるのは二年後のこと。くだんのハレット・アーベント記者が自著の中で暴露した。従ってこの時点では、リース=ロスと重光の間に話の“前提”が食い違っていた。

 確かに民国が通貨制度を改革すると仮定した場合、新通貨発行の裏付けとなる資産に関して何らかの国際援助が必要となろう。しかもこれまでの経験に照らし、そうした外国からの援助金の少なからぬ部分が「使途不明金」となって消えていくのがこの国の常である。従って、理論的にはリース=ロスの言う通り、この資産を援助した国々で共同管理する必要がある。
 だがそれでは話が経済のみには止まらず、結果的に政治問題へと発展せざるを得ない。その場合、リース=ロスや英国はどれほどの“責任”を負えると言うのか--?

「自国を国際管理の下に置かれることの是非は民国自身が決めることですが、日本政府は主義においてそのような事態を望みません」
 「日英共同」と言いながら、英国大蔵省の考えと日本の外務省の考えはまったく嚙み合わなかった。そうした場合、「協調」を図るためには意見の擦り合わせが不可欠な訳だが、英国大蔵省のエリート官僚にはそうした考えはなかったようだ。ただ一方的に“自説”を押し通そうとしている。

 そればかりか同席したクライブ大使までが横合いから、「では海関制度はどうなりますか?」と、同胞の肩を持った。対外負債の担保として、すでに関税収入が国際管理の下に置かれているではないかとの論だ。重光は即座に、「既存のものはともかくとして、財政問題を盾に新たな海関制度を設けるのは不可能です」と一蹴した。

「貴国のお考えには失望しました」--。
 そう言ってリース=ロスは肩をすくめた。
「本職はただいま申し上げたプランを携えて極東へ赴きました。貴国の賛成を得られないのは残念ですが、英国は単独でも民国側と協議をするつもりです」
 もはや“妥協”の余地はないようだ。重光は「やるならやってみろ」という顔でこれに応じ、忠告のつもりでこういった。
「貴国の援助を得られると思えば、華人は耳心地の良いことを言い、様々な手段を講じてくるでしょう。くれぐれも、彼らの言うことが果たして民国の現在や将来にとって、望ましいことであるか否かを、しっかりと吟味してください。またでき得ればご帰国に際してなるべく東京へお立ち寄りいただき、あらためて意見交換の機会を設けていただきたい」

 後日、重光から実りの無い会談の報告を受けた廣田は、ため息交じりにつぶやいた。
「ありゃあ、跳ね上がりもんだな……」
 重光も同調するように渋い笑みを返してよこした。
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