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第十四章上海事変

第十四章第十八節(静寂)

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                 十八

 既述の通り日華両正規軍が衝突したのは二十八日の深夜だが、同日付朝刊にこういう記述がある。

 「日本の当局は実質的に、上海市街地における華人居住区(閘北ざほく)および海へといたる川岸地区一帯を占領すると宣言している」

 塩澤提督が発した宣言は、「我が軍がを講じる」というものだ。武力衝突の起こる前から記者が強い“思い込み”を持って事態を眺めているのがよくわかる記述である。

 「空陸攻撃十三時間におよぶも、上海を奪取し得ず」--。
 ついに起こった武力衝突を、二十九日付『ニューヨーク・タイムズ』紙はワシントン、東京、ロンドンと上海をつなぐかたちで多元的に報じた。
 上海から記事を送ったアーベント記者は、日本軍が突如として進軍を開始したとのニュアンスを滲ませ、「日本海軍は空陸共同で閘北ざほくへの攻撃を敢行したが、驚くほどの大失敗に終わった」と不首尾に終わった戦果を喜んだ。

 ちなみに彼の記事に出てくる次の一文は、まるでスティーブン・スピルバーグ監督の『太陽の帝国』という映画のシーンを彷彿させる。

 「真夜中をほんの数分過ぎた頃、日本の陸戦隊が進軍を開始した。上海の静寂は閘北ざほくにこだまする銃声によって引き裂かれた」
 
 上海で退屈な日々を送っていた英国人少年を主人公としたこの映画は、第二次世界大戦が上海へ飛び火して、少年と家族が生き別れになるというストーリーだ。戦禍が上海へ及んでくる印象的なシーンを、映画は「真夜中をほんの数分過ぎた頃」、「上海の静寂」を「引き裂く」ように日本の軍艦が突然艦砲射撃を開始する場面で描き出す。
 すると街は一気に“カオス”と化し、家財道具一式を荷車や天秤棒にわんさかと詰め込んだ避難民たちが“河の向こう側”へ逃げようと“橋”へ殺到する。少年はこの人波に揉まれて父母とはぐれる……、という筋書きだ。

 映画はともかく夜中の十二時半、取るものも取り敢えず記者は閘北の“激戦地”と言われた北停車場へ急行した。
 煌々こうこうとヘッドライトを点けた彼の車は現場の三ブロック手前でイギリス人警官に制止された。
「ヘッドライトを消せ!」
 そこで記者が側道へ降り立ち見たものは、五、六十人の日本の陸戦隊兵士が着剣した小銃を向かい側のビルへ向けたままうずくまっている姿だった。 
 次いで建物の二階から五、六発の銃声音がして、日本兵一人が死亡、二人が負傷した場面だった。

 租界には二千人あまりの華人スナイパーが潜んでいると噂された。
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