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第二部第十三章スチムソンドクトリン

第十三章第三十三節(利敵行為)

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                三十三

 日置公使の直感は当たった--。
 二日後、北京のロシア公使がこんな耳打ち話を明かした。

「確かな情報によれば、ワシントン政府の訓令に基づいて、合衆国のポール・ラインシュ公使が北京政府側へこの『覚書』を提示したらしい」
 そういって見せてくれたメモには、こんなことが書かれてあった。

 「一、中華民国政府はアメリカ合衆国の条約上の権利を侵すような、いかなる妥協もしてはならない。
  二、合衆国政府は『領土保全』および『機会均等』の原則において微塵も譲ることはない。
  三、交渉は双方にとって満足のいくものであるべきだ」

 日置は目を疑った。こんな“後ろ盾”が着いたなら、北京側がちゃぶ台をひっくり返すのも当たり前ではないか!
 
 ワシントン政府が以前からこの交渉に警戒心を抱いているのは聞き知っている。東京へ宛てて長文の手紙を送り、彼らのスタンスを明示してきたのも伝え聞いている。
 だが……、果たしてこういうのはアリなのだろうか? 自国の信念だか信条だかを語るのは自由だが、それは二国間交渉のやってもらいたい。

 二つの主権国家がテーブルを挟んで綱を引き合っている真っ最中に、一方の当事国へこのような「加勢」をすれば、交渉そのもの決裂することなど、子供でも分かろうというものだ。まったく国際信義にもとる行為--。そう言わざるを得ない。

 交渉の決裂を一番喜ぶのは誰か--?
 北京が喜ぶのは当たり前だが、以前に述べた通り今は第一次大戦の真っただ中である。極東の二カ国間に紛争が起こって好都合なのはドイツではないか。そう考えれば、合衆国政府のとったこの措置は、「利敵行為」と呼んでも過言ではない。

 目の前が真っ暗になった日置だが、こような“横やり”が入った以上、もはやテーブル上での交渉は成立しない。ここにいたって日本は覚悟を決めた。
 二カ月前、ロンドンのエドワード・グレイ外相が抱いた懸念がいよいよ現実のものとなった。しかもワシントンによる不埒ふらちな行為のせいで--。
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