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第十二章錦州

第十二章第十三節(ミイラ取り)

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                 十三

 国際聯盟の十一月理事会を目前に控え、新たな事態が起こるのは極力避けたかった日本政府だが、その願いをあざ笑うかのように、北満に危機が迫り、錦州政府が使嗾しそうする馬賊の跳梁ちょうりょうが目に余るにいたった。
 そればかりか列国の租界がひしめく天津にも騒乱が起こった--。

 こうしたことが起こる度に満洲新政権の足元はぐらつき、現地の治安回復も覚束なくなる。この悪循環を断ち切りたい関東軍だが、国際輿論を気遣う政府の腰は重い--。
 中央の態度が及び腰でいつまで経ってもらちの明かないジレンマに、さしもの本庄繁軍司令官ですらついには「独断行動もやむなし」と腹を決め、十一月中旬、軍中央部へその考えを吐露とろした。
 すると折り返し、十一月十六日付で二宮重治にのみやしげはる参謀次長から次の電報が届く。

 「(関東軍の行動が)列強の感情に大いなる刺激を与え、かつ国際輿論に敏感な国民の心情に及ぼす影響を楽観視することはできない。それ故、内外に対して『正当』と頷かせるような事態でも生じない限り、武力の行使は控えるべきだ」

 さらに翌十七日には、「この趣旨を説明する」と称して二宮次長自らが欧米課長の渡左近わたりさこん少佐と支那班長の根本博ねもとひろし中佐を帯同し「満洲へ行く」と言い出した。「チチハルへの侵攻は思い止まれ。オレが行くまで待っていろ」と言った二宮次長だが、それを伝えたのはすでに第二師団が昴々渓こうこうけいへの攻撃開始命令を下した後だった。
 次長の渡満は二つの使命を帯びていた。ひとつは関東軍へ「武力の行使は差し控えよ」と掣肘せいちゅうすることで、もうひとつは参謀本部が検討を開始した満洲増兵案への事前視察であった。

 第二師団と行き違いになり第一の目的を達せなかった次長は、奉天からハルビンを経由して一足遅れでチチハルへ着いた。現地部隊はすでにチチハルへと入城し、すべてが終わった後の北満方面を視察した二宮次長は、参謀本部へこのような具申を送った。

 「第二師団の部隊は最近の作戦行動の結果、兵員の損耗が著しく疲労は相当なものである。その補充が急務であるとともに、混成第三十九旅団は前記補充員の到着まで現在のままにしておく必要がある。この点は(本庄)軍司令官も切に希望しておられることだが、(関東)軍自身からは申し出にくい事柄であるので、とくにご注意をう」

 東京からは極力現場の“先走り”を止めようとしてきた二宮次長だが、彼もまた現地の風に吹かれるとともに“ミイラ”になった“ミイラ取り”となった……。
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