205 / 466
第十章昴々渓・チチハル
第十章第十節(焦燥)
しおりを挟む
十
烏諾頭站に残った須藤千代次銃工長は、サイドカーに乗せられるだけの物資を積んで前線へと向かった。あと一時間ほどで夜が明ける。聯隊司令部からは、サイドカーで可能な限りの運搬を継続するとともに、夜が明けたら残置した小隊も順次攻撃部隊へ合流するようにとのお達しだった。
物資警備のために残った平野小隊長※は、びしょ濡れのまま戻ってきた兵隊たちを「早く火で乾かして飯を食え」と元気づけた。
「敵の騎兵が各所に出没している。警戒を厳にしろ」
※昭和六年度の現役将校名簿に第三十聯隊の「平野」という人物は見当たらない。将校ではなかった可能性がある。
平野小隊長が前線へ発つ時間がきた。その際、各中隊から引き抜いた二個分隊分の兵隊を警備に残した。
「もし敵の騎兵が来襲したら、この家屋に籠って抵抗するんだぞ」
そういって、一人ひとりへ担任部署を与えて前線へ発った。
小隊長が去った後、手ぶらのまま悄然と水口主計が戻ってきた。かくて物資を監視する十七人が残った。小屋の中には彼らの他にも、大西、二宮という民間の酒保商人の顔があった。
午前六時、遠くで砲声が響いた。
「早く弾薬を届けなければ作戦に支障をきたす」--。
水口主計の焦燥感は極限に達した。
「聯隊はすでに小興屯に向かって突撃している頃だ。こんなところでグズグズしている場合ではない。何とかして運搬車両を調達してくる」
午前十一頃になると水口はそう言って、自らサイドカーにまたがり再び大興駅や後衣拉把など、友軍の宿営した各地を回って運搬手段の確保に奔走した。その努力も虚しく、ついに一両の車両も得られないまま午後二時頃、悄然と戻ってきた。
水口はなおも諦めず、「今一度、自動車を引き揚げてみよう」と、十五人をその場に残し再び自動車の陥没した沼沢へ向かった。
烏諾頭站に残った須藤千代次銃工長は、サイドカーに乗せられるだけの物資を積んで前線へと向かった。あと一時間ほどで夜が明ける。聯隊司令部からは、サイドカーで可能な限りの運搬を継続するとともに、夜が明けたら残置した小隊も順次攻撃部隊へ合流するようにとのお達しだった。
物資警備のために残った平野小隊長※は、びしょ濡れのまま戻ってきた兵隊たちを「早く火で乾かして飯を食え」と元気づけた。
「敵の騎兵が各所に出没している。警戒を厳にしろ」
※昭和六年度の現役将校名簿に第三十聯隊の「平野」という人物は見当たらない。将校ではなかった可能性がある。
平野小隊長が前線へ発つ時間がきた。その際、各中隊から引き抜いた二個分隊分の兵隊を警備に残した。
「もし敵の騎兵が来襲したら、この家屋に籠って抵抗するんだぞ」
そういって、一人ひとりへ担任部署を与えて前線へ発った。
小隊長が去った後、手ぶらのまま悄然と水口主計が戻ってきた。かくて物資を監視する十七人が残った。小屋の中には彼らの他にも、大西、二宮という民間の酒保商人の顔があった。
午前六時、遠くで砲声が響いた。
「早く弾薬を届けなければ作戦に支障をきたす」--。
水口主計の焦燥感は極限に達した。
「聯隊はすでに小興屯に向かって突撃している頃だ。こんなところでグズグズしている場合ではない。何とかして運搬車両を調達してくる」
午前十一頃になると水口はそう言って、自らサイドカーにまたがり再び大興駅や後衣拉把など、友軍の宿営した各地を回って運搬手段の確保に奔走した。その努力も虚しく、ついに一両の車両も得られないまま午後二時頃、悄然と戻ってきた。
水口はなおも諦めず、「今一度、自動車を引き揚げてみよう」と、十五人をその場に残し再び自動車の陥没した沼沢へ向かった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる