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第七章嫩江(ノンコウ)

第七章第二十二節(援軍)

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                二十二

 闇夜やみよの恐怖より敵に見つかって襲われる恐怖の方が大きい。だから、いつまでも夜が続いてほしかった。そんな願いは届かず、東の空は無情にも白みはじめた。丘の上で二度目の夜明けを迎えた。

 丘のふもとにぽつりぽつりと人影が現われた。いよいよ敵がはさみ撃ちをしてくるものと覚悟を決め、小隊長に報告した。小銃の槓桿こうかんを起こし、遊底ゆうていをガチャつかせ、動作に不具合がないかを確かめた。
 残弾はちょうど二十発。全て命中させてやるんだと、意気込んで照準を合わせる。

 沈黙の中で双眼鏡をのぞく小隊長の号令を待った。銃を構えたまま固唾を飲んだ。やがて双眼鏡を下ろした小隊長がつぶやいた。
日章旗にっしょうきだ」

 味方の歓声が上がった。
 四日の夕方、石原参謀は奉天の司令部へ宛て、援軍を要請してくれていた。急遽きゅうきょ長谷部照俉はせべしょうご少将の指揮する「混成第三旅団」が編成され、嫩江支隊の救援に向かった。増援部隊の第一陣は、鄭家屯ていかとんたむろする歩兵第二十九聯隊第一大隊と野戦病院で、前夜遅くのうちに江橋へ着いた。千次たちの許へやってきたのは、長春に待機していた新発田聯隊第三大隊の増援隊だった。

 この日も敵は朝から騎兵を繰り出して逆襲してきた。だが、助太刀すけだちを得た日本軍は、なかなか強かった。続々と襲いかかる敵の騎兵をバタバタ倒し、戦線を保持した。何度目かの波状攻撃に失敗すると、敵はついに退却をはじめた。
 この機をいっせぬようにと、部隊はすかさず追撃に転じた。
「駆け足! 駆け足!」
 馬が早いか人の足が速いかの競争となった。味方も速いが敵はもっと速い。当たり前だ。逃げる敵を追って丘をひとつ越えると、視界が大きく開けた。敵の姿はもはや見えなかった。

 第五鉄橋から見れば、丘を二つ越えたことになる。
 荒涼こうりょうとした大地が眼下に広がっている。地表には砲弾やら爆弾やらが開けた穴が無数にあった。いくつかの穴の周りはおびただしい血に濡れていて、あたりに肉片が飛び散り、ぼろぼろになった布切れが無造作むぞうさほうってあった。

 敵陣の手前には日本兵の死体もころがっていた。二日前にここを攻め落とした第七中隊のものだった。どの遺体も損傷が激しい。丸裸まるはだかにされ、銃剣で滅多刺めったざしにしたあとが、ありありと残っていた。グチャグチャにされ、ただの肉片と化したものすらある。目ん玉をえぐり取られ、頭を割られた遺体もある。いていた靴はことごとく脱がされ持ち去られていた。

 敵兵の遺体のなかに、黒龍江こくりゅうこう軍の服を着たソ連邦の将校がいた。馬占山ばせんざん軍がソ連から援助を受けているとの噂は本当だった。貴重な証拠だからと、司令部の人が来て写真を撮っていた。
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