上 下
41 / 466
第三章ジュネーブ

第三章第七節(反撃2)

しおりを挟む
                 七

 芳澤の発言は、民国びいきに流れようとしていた理事会へ一石を投じた。そして、「中国軍は無抵抗であったと主張するが、現に例えば長春のみにても我が軍に死傷者約百五十を出している」と、民国代表側の矛盾をく。
 確かに事件を知った張学良が前線の部隊へ向けて「抵抗するな」と打電したのは事実であった。しかし中央の命令が末端へ行き届かないのが、軍閥軍や国民党軍の常であることに注意を要する。この後に起こる馬占山ばせんざん将軍との戦闘や錦州きんしゅう攻略戦の前後においても、さらには五年後に勃発する「支那事変」においても、しばしば同様の事象にお目にかかる。

 国際会議の舞台で高らかに「無抵抗主義」をとなえ、自国の自制心を高唱こうしょうして列国の同情を買うに余念よねんがないが、現地においてはそんな話はどこ吹く風で、普通に戦闘行為が行われている。
 しかも戦闘が起こるや、早々に白旗を掲げ、降伏したかと思って近づくと突然撃ってくる。こちら側へは国際法の順守をやかましく求めながら、自らはからっきし遵法じゅんぽう精神など持ち合わせない。そういう相手なのだ。「無抵抗」という金看板きんかんばんも、実際には彼らの“戦い方”のひとつに過ぎないのである。表層ひょうそうの言葉に引きずられては、外交戦 は負けである。

 長年大陸で暮らしてきた芳澤だからこそ、感覚的にそれが分かった。本省からの訓令を得ずとも、彼らの主張が常に宣伝半分であることをよく心得ていた。
「日本へ損害賠償を求めるなど理解に苦しむ」
 そもそも事件の発端はの国による日本の既存権益への侵害、現地の治安の乱れにある。これらはすべて、民国政府が当事者能力を欠いていることに起因するのではないか。それを棚に上げて賠償を口にするなど噴飯ふんぱんものだ。しかも線路を爆破したのは軍閥軍ではないか。責任は当然彼らにある。

「いわんや、本件は規約第十一条に基づく理事会である」
 芳澤がひと通り反撃を加えると、議場の形勢は少しずつ変わりはじめた。
「帝国政府と中華民国政府は、事態の悪化を防止するために両国が全力を尽くすことで意見が一致している」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

処理中です...