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第三章(出産編)
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――いらないのよ。
ジュゼが生まれたことを、喜んでくれた人なんていなかった。たとえそれが、実の母親であっても。
それでも――レーヴェが。ずっとずっと、生まれる前から。ジュゼのことを、愛していてくれたというなら。
「どうされましたか……?」
心配そうなシエラの声にも言葉を返せず、ジュゼは小さく俯いた。腕の中で眠る赤子は、ぬくぬくと温かい。
胸が詰まって、はらりと涙が零れ落ちて。シエラが丸く目を見開いて取り乱すのが分かっても、どうすることもできなかった。
(……レーヴェ)
私の花嫁、と。ジュゼを呼んで。私の運命、と。幸せそうに、ジュゼを腕の中に囲う彼を、信じ切れなかったのは何故だろう。
彼はずっと、あんなにも。――ジュゼだけを愛していると、伝えてくれていたのに。
「――ジュゼ」
狼狽えるばかりのシエラの横をすり抜けて、愛しい声が、ジュゼを呼ぶ。
顔を上げれば、いつもよりも早く部屋に戻ってこれたらしいレーヴェが、目映い瞳を驚きに瞬きながら立ち尽くしていた。
「レーヴェ様……!」
大変な失礼を、と。彼女には何の非もないのに、床に跪いたまま深々と頭を下げるシエラを庇ってあげなくては、と。ジュゼは思い、涙に熱を帯びた顔を持ち上げてレーヴェを見つめる。どうしても震えてしまう声で、それでも訳を言わなくてはと混乱するジュゼを、大丈夫ですよ、と。優しく宥めたレーヴェは、シエラのことも優しく立ち上がらせると、ジュゼの抱く赤子をそっと抱き上げる。
彼との子供なのだと思えば、現実味のなかったその温もりが急に愛しくて。思わず離れ難く縋り付いてしまったジュゼに気付くと、レーヴェは涙に濡れたジュゼの頬を愛しげに撫でた。
「あとは、私が話を聞きますから」
この子を、と。赤子を託して、レーヴェがシエラを下がらせる。短くは狼狽えた様を見せながらも、礼儀正しいシエラはすぐに己の分を弁えて、畏まりましたと頭を下げて慎ましく部屋を退室した。
二人きりになった部屋で、並んで寝台に座る。そっと控えめにジュゼを抱き寄せる腕に甘えて、ジュゼはレーヴェの胸元に頭をもたせ掛けた。涙を落ち着けて、レーヴェ、と。名前を呼べば、はい、と。優しい声が返事をくれる。
「僕のこと、ずっと、好きだった……?」
「ええ、とても」
「……生まれる、前から?」
勿論ですよ、と。当たり前のように答えるその声が愛しくて、嬉しくて。落ち着けたはずの涙が、また容易く溢れてしまいそうになる。きゅう、と。握り締めた拳に優しく手のひらを重ねて、宝石のような瞳がジュゼの顔を覗き込んだ。
「ジュゼ。……何が悲しくて、不安なのか。今日は話してくださいますか?」
「ぼ、僕。僕は……」
いいところが、何もないから、と。言葉を絞り出すほど、感情が昂って、涙がこぼれ落ちそうになる。
彼の美しい顔を見つめ返す勇気も出せないまま、か細い声で、ジュゼの胸に澱む不安を口にした。
「レーヴェがいつか、違う人を、見つけちゃうかもって……」
僕には、運命が見えないから、と。切れ切れにそう伝えれば、小さな沈黙が落ちる。
言わなければよかった、と。すぐに後悔するジュゼの頭を、暖かな手が優しく撫でて。そうでしたか、と。囁いた。
「ジュゼ、手鏡を取ってくれますか?」
先日お贈りしたものでいいので、と。そう告げられて、困惑する。寝台に置いていた、銀の縁の装飾が美しい手鏡に手を伸ばして手渡しながら、何をするのかと瞬いた。
鏡面が見えるように、ジュゼの側へと差し出したレーヴェが、見ていてくださいね、と。美しく微笑んだ。
手鏡を握る白い指から、目に見える魔力が流れ込むと――何の変哲もなかった鏡に、星々が瞬く夜空が映る。ジュゼは驚いて、一瞬涙も忘れた瞳で、鏡とレーヴェを交互に見つめた。
「運命を探す、占星の魔術。必要な手順は、一つだけ。……夜空に輝く星の中から、一番綺麗な星を選ぶ」
どれが一番綺麗に見えますか、と。おもむろに尋ねられたジュゼは指差そうとして選べず、指を中空に彷徨わせた。綺麗と言えば、全ての星が綺麗だけれど。どれが一番かと問われれば、ジュゼの中に答えはなかった。
「解りませんか?」
「……ごめん、なさ」
「いいんですよ、正解です。……だってこれは、私の運命ですから」
私にしか解らないものです、と。笑ったレーヴェが、白い指を鏡に伸ばす。
迷いも、躊躇いもなく伸ばされた指が触れたのは、周囲と何ら変わりない小さな星だ。レーヴェの指が触れた瞬間、一度白くなった鏡は、まるで当たり前のように――ジュゼの姿を映し出した。
少し離れた所から、見下ろすような角度で映し出された自分の姿に驚いて、ジュゼは頭上に目を向ける。そこに、目に見える仕掛けはなかったけれど。でも――何度見つめ直しても、それは確かに、自分の姿だった。
「……ね?」
あなたでしょう、と。笑い交じりに囁く声を、ジュゼはどこか、茫然としながら聞いていた。
「幾度、幾年。毎日毎秒繰り返しても、私の運命はあなただけです」
鏡から、目を離すことが出来ないジュゼを抱き寄せて、レーヴェがしなやかな腕を身体に絡ませる。吐息が耳に触れるほどの距離で、脳を蕩かすような甘い魅惑の声が囁いた。
「毎日あなたが好きでしたよ。あなたが私を好きになってくれたら、私はあなたを抱き締めてお礼を言って。眠るあなたを、私の腕の中に閉じ込めて。悲しい時なんて、一秒だってないようにしてあげたかった」
それなのに、こんなに悲しませてしまってごめんなさい、と。涙を拭われて、ぼろぼろとみっともなく泣いてしまっている自分に気付いたジュゼが頬を赤らめる。
誰にも愛してもらえずに、泣いたときだって。こんなにひどくはなかったのに。
「私とあなたの感覚は違うのに、違うものなのに。言葉が足りませんでしたね」
「ちが……ちがうよ。レーヴェは、悪く……」
勝手に怯えて、不安になって。彼の言葉を信じなかった自分が悪いのだ。
強く抱き締めてもらって、頭を撫でてもらって、胸の奥底が温まる。涙の止まらない顔をレーヴェの胸に押し付けて、ジュゼはか細い腕を、そっとレーヴェの背中に回した。
「僕、ここで。……ずっと、レーヴェといたい」
軽々とジュゼの腰を抱き上げたレーヴェが、自分の膝の上に、ジュゼの身体を抱き上げる。抱き縋りやすい体勢にしてもらったジュゼは、レーヴェの背に指を絡ませて甘えた。
「でも、飽きないで。捨てないで。……僕とずっと、家族でいて」
「ええ、勿論ですよ」
「赤ちゃん、可愛いけど。どうしたらいいか解らないから。一緒に、可愛がってあげて」
「ええ、当然のことです」
大丈夫ですよ、と。優しく繰り返して背を撫でてくれる感触が愛しくて。ほろほろと溢れる涙を止めることができないまま、ぎゅう、と。強くその背にしがみついた。
「ずっと、抱いて、キスしてて……」
「……ジュゼ」
泣き濡れて震える唇に、熱い唇が優しく触れる。少しずつ唇を吸い上げるその優しいキスに心を蕩かされて、薄く開いた唇に甘い舌が潜り込む。とろとろと脳髄を蕩かすような甘さに翻弄されて息を吐けば、喉奥に滑り込んだ舌に粘膜を舐められて息が詰まった。
毎日感じる体格差は、唇だけの接触であっても同様で。本気で口付ければすぐに、ジュゼの小さな口はその全部がレーヴェの熱い口の中に食まれてしまう。ジュゼの口元にかぶり付くように吸い付いたレーヴェは甘い舌で唇を外から内から舐め回し、快楽に痺れて緩んだ唇の奥まで、再び無遠慮に長い舌を捻じ込んだ。ぐい、と。首裏を押さえた手に上向かされると、とろりとした蜜のような唾液が喉に回って、食道を焼きながら身体の奥に落ちていく。
「ん、ぷぁ、ふあ……っ」
胃の腑に落ちた甘い唾液が、あっという間に全身に染み渡り、淫靡な熱が肌を蕩かす。いつもよりも熱いと感じるその唾液を、微かに不思議に思ったところで――もう、その欲情を止めることなどできなかった。
口付けに夢中になっている間に、いつの間にか身体の向きを反転させられていて、背に寝台の柔らかな沈み込みを感じる。レーヴェはジュゼを寝台に押し付けるように体重をかけて、隙間なく身体を密着させた。息継ぎもそこそこに唇を貪られ、絡んだ指に肌をまさぐられて。為す術もなく押し潰されていたジュゼの身体が、瞬間びくりと跳ね上がる。
口付けだけで軽く達してしまった身体を震わせて、熱の籠った息を吐き出すジュゼを、腕を突いて上体を起こしたレーヴェが見下ろす。いつものように優しく美しい瞳は、けれどどこかに不穏な熱を帯びていて。快楽にとろんとしていたジュゼの胸が、ドキリと跳ねた。
「あなたを不安にさせたのも、あなたに信じてもらえなかったのも。……全て、私が悪いんです」
ですから、ね? と。囁く声は穏やかなのに、ジュゼの肌は恐怖と緊張に粟立っている。欲情と興奮に体温が上がるほどに、その異常な気配を強く感じて、赤くも青くもなれない顔色は半端な困惑に染まっていた。
力の入らない身体を寝台に埋められながら、逃げないと、と。無意識の中にも、そう思う。けれど同時に、恋しい夫の手を振り払うこともできずに動けないでいるジュゼを片手で抑え込みながら。レーヴェは綺麗に纏めていた髪を解き、上着を脱ぎ捨て、寝台に両手を突いてジュゼに覆い被さった。甘い香りを纏った髪が、ジュゼの頬に落ち掛かり、花で築かれた帳のようにジュゼの視界を覆い尽くす。
「二度と、私の愛を。お疑いになれないような夜にして差し上げますね……」
情愛に燃える悪魔の瞳に捕らえられて、ひ、と。喉の奥に、恐怖と期待の入り乱れた悲鳴が零れた。
ジュゼが生まれたことを、喜んでくれた人なんていなかった。たとえそれが、実の母親であっても。
それでも――レーヴェが。ずっとずっと、生まれる前から。ジュゼのことを、愛していてくれたというなら。
「どうされましたか……?」
心配そうなシエラの声にも言葉を返せず、ジュゼは小さく俯いた。腕の中で眠る赤子は、ぬくぬくと温かい。
胸が詰まって、はらりと涙が零れ落ちて。シエラが丸く目を見開いて取り乱すのが分かっても、どうすることもできなかった。
(……レーヴェ)
私の花嫁、と。ジュゼを呼んで。私の運命、と。幸せそうに、ジュゼを腕の中に囲う彼を、信じ切れなかったのは何故だろう。
彼はずっと、あんなにも。――ジュゼだけを愛していると、伝えてくれていたのに。
「――ジュゼ」
狼狽えるばかりのシエラの横をすり抜けて、愛しい声が、ジュゼを呼ぶ。
顔を上げれば、いつもよりも早く部屋に戻ってこれたらしいレーヴェが、目映い瞳を驚きに瞬きながら立ち尽くしていた。
「レーヴェ様……!」
大変な失礼を、と。彼女には何の非もないのに、床に跪いたまま深々と頭を下げるシエラを庇ってあげなくては、と。ジュゼは思い、涙に熱を帯びた顔を持ち上げてレーヴェを見つめる。どうしても震えてしまう声で、それでも訳を言わなくてはと混乱するジュゼを、大丈夫ですよ、と。優しく宥めたレーヴェは、シエラのことも優しく立ち上がらせると、ジュゼの抱く赤子をそっと抱き上げる。
彼との子供なのだと思えば、現実味のなかったその温もりが急に愛しくて。思わず離れ難く縋り付いてしまったジュゼに気付くと、レーヴェは涙に濡れたジュゼの頬を愛しげに撫でた。
「あとは、私が話を聞きますから」
この子を、と。赤子を託して、レーヴェがシエラを下がらせる。短くは狼狽えた様を見せながらも、礼儀正しいシエラはすぐに己の分を弁えて、畏まりましたと頭を下げて慎ましく部屋を退室した。
二人きりになった部屋で、並んで寝台に座る。そっと控えめにジュゼを抱き寄せる腕に甘えて、ジュゼはレーヴェの胸元に頭をもたせ掛けた。涙を落ち着けて、レーヴェ、と。名前を呼べば、はい、と。優しい声が返事をくれる。
「僕のこと、ずっと、好きだった……?」
「ええ、とても」
「……生まれる、前から?」
勿論ですよ、と。当たり前のように答えるその声が愛しくて、嬉しくて。落ち着けたはずの涙が、また容易く溢れてしまいそうになる。きゅう、と。握り締めた拳に優しく手のひらを重ねて、宝石のような瞳がジュゼの顔を覗き込んだ。
「ジュゼ。……何が悲しくて、不安なのか。今日は話してくださいますか?」
「ぼ、僕。僕は……」
いいところが、何もないから、と。言葉を絞り出すほど、感情が昂って、涙がこぼれ落ちそうになる。
彼の美しい顔を見つめ返す勇気も出せないまま、か細い声で、ジュゼの胸に澱む不安を口にした。
「レーヴェがいつか、違う人を、見つけちゃうかもって……」
僕には、運命が見えないから、と。切れ切れにそう伝えれば、小さな沈黙が落ちる。
言わなければよかった、と。すぐに後悔するジュゼの頭を、暖かな手が優しく撫でて。そうでしたか、と。囁いた。
「ジュゼ、手鏡を取ってくれますか?」
先日お贈りしたものでいいので、と。そう告げられて、困惑する。寝台に置いていた、銀の縁の装飾が美しい手鏡に手を伸ばして手渡しながら、何をするのかと瞬いた。
鏡面が見えるように、ジュゼの側へと差し出したレーヴェが、見ていてくださいね、と。美しく微笑んだ。
手鏡を握る白い指から、目に見える魔力が流れ込むと――何の変哲もなかった鏡に、星々が瞬く夜空が映る。ジュゼは驚いて、一瞬涙も忘れた瞳で、鏡とレーヴェを交互に見つめた。
「運命を探す、占星の魔術。必要な手順は、一つだけ。……夜空に輝く星の中から、一番綺麗な星を選ぶ」
どれが一番綺麗に見えますか、と。おもむろに尋ねられたジュゼは指差そうとして選べず、指を中空に彷徨わせた。綺麗と言えば、全ての星が綺麗だけれど。どれが一番かと問われれば、ジュゼの中に答えはなかった。
「解りませんか?」
「……ごめん、なさ」
「いいんですよ、正解です。……だってこれは、私の運命ですから」
私にしか解らないものです、と。笑ったレーヴェが、白い指を鏡に伸ばす。
迷いも、躊躇いもなく伸ばされた指が触れたのは、周囲と何ら変わりない小さな星だ。レーヴェの指が触れた瞬間、一度白くなった鏡は、まるで当たり前のように――ジュゼの姿を映し出した。
少し離れた所から、見下ろすような角度で映し出された自分の姿に驚いて、ジュゼは頭上に目を向ける。そこに、目に見える仕掛けはなかったけれど。でも――何度見つめ直しても、それは確かに、自分の姿だった。
「……ね?」
あなたでしょう、と。笑い交じりに囁く声を、ジュゼはどこか、茫然としながら聞いていた。
「幾度、幾年。毎日毎秒繰り返しても、私の運命はあなただけです」
鏡から、目を離すことが出来ないジュゼを抱き寄せて、レーヴェがしなやかな腕を身体に絡ませる。吐息が耳に触れるほどの距離で、脳を蕩かすような甘い魅惑の声が囁いた。
「毎日あなたが好きでしたよ。あなたが私を好きになってくれたら、私はあなたを抱き締めてお礼を言って。眠るあなたを、私の腕の中に閉じ込めて。悲しい時なんて、一秒だってないようにしてあげたかった」
それなのに、こんなに悲しませてしまってごめんなさい、と。涙を拭われて、ぼろぼろとみっともなく泣いてしまっている自分に気付いたジュゼが頬を赤らめる。
誰にも愛してもらえずに、泣いたときだって。こんなにひどくはなかったのに。
「私とあなたの感覚は違うのに、違うものなのに。言葉が足りませんでしたね」
「ちが……ちがうよ。レーヴェは、悪く……」
勝手に怯えて、不安になって。彼の言葉を信じなかった自分が悪いのだ。
強く抱き締めてもらって、頭を撫でてもらって、胸の奥底が温まる。涙の止まらない顔をレーヴェの胸に押し付けて、ジュゼはか細い腕を、そっとレーヴェの背中に回した。
「僕、ここで。……ずっと、レーヴェといたい」
軽々とジュゼの腰を抱き上げたレーヴェが、自分の膝の上に、ジュゼの身体を抱き上げる。抱き縋りやすい体勢にしてもらったジュゼは、レーヴェの背に指を絡ませて甘えた。
「でも、飽きないで。捨てないで。……僕とずっと、家族でいて」
「ええ、勿論ですよ」
「赤ちゃん、可愛いけど。どうしたらいいか解らないから。一緒に、可愛がってあげて」
「ええ、当然のことです」
大丈夫ですよ、と。優しく繰り返して背を撫でてくれる感触が愛しくて。ほろほろと溢れる涙を止めることができないまま、ぎゅう、と。強くその背にしがみついた。
「ずっと、抱いて、キスしてて……」
「……ジュゼ」
泣き濡れて震える唇に、熱い唇が優しく触れる。少しずつ唇を吸い上げるその優しいキスに心を蕩かされて、薄く開いた唇に甘い舌が潜り込む。とろとろと脳髄を蕩かすような甘さに翻弄されて息を吐けば、喉奥に滑り込んだ舌に粘膜を舐められて息が詰まった。
毎日感じる体格差は、唇だけの接触であっても同様で。本気で口付ければすぐに、ジュゼの小さな口はその全部がレーヴェの熱い口の中に食まれてしまう。ジュゼの口元にかぶり付くように吸い付いたレーヴェは甘い舌で唇を外から内から舐め回し、快楽に痺れて緩んだ唇の奥まで、再び無遠慮に長い舌を捻じ込んだ。ぐい、と。首裏を押さえた手に上向かされると、とろりとした蜜のような唾液が喉に回って、食道を焼きながら身体の奥に落ちていく。
「ん、ぷぁ、ふあ……っ」
胃の腑に落ちた甘い唾液が、あっという間に全身に染み渡り、淫靡な熱が肌を蕩かす。いつもよりも熱いと感じるその唾液を、微かに不思議に思ったところで――もう、その欲情を止めることなどできなかった。
口付けに夢中になっている間に、いつの間にか身体の向きを反転させられていて、背に寝台の柔らかな沈み込みを感じる。レーヴェはジュゼを寝台に押し付けるように体重をかけて、隙間なく身体を密着させた。息継ぎもそこそこに唇を貪られ、絡んだ指に肌をまさぐられて。為す術もなく押し潰されていたジュゼの身体が、瞬間びくりと跳ね上がる。
口付けだけで軽く達してしまった身体を震わせて、熱の籠った息を吐き出すジュゼを、腕を突いて上体を起こしたレーヴェが見下ろす。いつものように優しく美しい瞳は、けれどどこかに不穏な熱を帯びていて。快楽にとろんとしていたジュゼの胸が、ドキリと跳ねた。
「あなたを不安にさせたのも、あなたに信じてもらえなかったのも。……全て、私が悪いんです」
ですから、ね? と。囁く声は穏やかなのに、ジュゼの肌は恐怖と緊張に粟立っている。欲情と興奮に体温が上がるほどに、その異常な気配を強く感じて、赤くも青くもなれない顔色は半端な困惑に染まっていた。
力の入らない身体を寝台に埋められながら、逃げないと、と。無意識の中にも、そう思う。けれど同時に、恋しい夫の手を振り払うこともできずに動けないでいるジュゼを片手で抑え込みながら。レーヴェは綺麗に纏めていた髪を解き、上着を脱ぎ捨て、寝台に両手を突いてジュゼに覆い被さった。甘い香りを纏った髪が、ジュゼの頬に落ち掛かり、花で築かれた帳のようにジュゼの視界を覆い尽くす。
「二度と、私の愛を。お疑いになれないような夜にして差し上げますね……」
情愛に燃える悪魔の瞳に捕らえられて、ひ、と。喉の奥に、恐怖と期待の入り乱れた悲鳴が零れた。
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