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第二章(受胎編)
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暗くて冷たい海の底に、一人で蹲る夢を見る。耳にも目にも何も届かない、深く静かな暗闇で、一人膝を抱えて身を縮める夢。
それはずっと昔から、ジュゼがよく見る夢だったが。今日に限って、その夢の様相は一変していた。
(あったかい……)
いつもは、その夢の寒々しさから逃げ出すように、強引に覚醒しようともがきながら目覚めるのに。今日の夢は温かくて、優しくて、気持ちがいい。闇に任せる身体は不思議な安寧に包まれていて、暖かささえ感じるほどだ。いっそこの身を手放して、闇に溶けてしまってもいいと思えるほどに。
その不思議な温もりに、冷えた手足が解きほぐされて、末端にまで暖かな血流が巡るくすぐったいような感覚が肌をざわめかせた。ぴくり、と。瞼が動いたような気がして、ジュゼは温もりに縋り付くように体を丸める。まだ、この夢の中に浸っていたかった。
(んっ、んぁ、ふぁ……)
温もりが染み入る全身から、絶え間なく緩慢な快楽が込み上げる。気持ちいいことを知ってしまったばかりの身体を宥めるように優しい指の感触にとろとろと全身を柔らかくされて、力が抜けた。
やがて下腹を中心に、ひときわ甘い快楽が走り抜けて、じゅわりと広がる幸福感が腰骨から下を蕩かしていく。ぴく、ぴく、と。下肢を震わせながら、ジュゼはぼんやりと意識を浮上させた。
薄く開いた視界に滲みながら映るのは、薄暗い室内だった。朝日が昇る前に目覚めることが習慣となっていたジュゼは、日の光に起こされる感覚を知らない。まだ明けない夜の中に目覚めることは珍しいことではなかったが、すぐにその場所が、見慣れた景色のどれとも違うことを悟ってハッとした。
瞬間に強張ってしまった身体の動きで、覚醒は容易く知られてしまったことだろう。甘い笑い声がすぐ頭上から耳を震わせて、ジュゼは暖かなこの場所が、男の膝の上であったことを知った。
「お目覚めですか? 私の花嫁」
「あ……っ」
花嫁、と。呼ばわれて。甘美に過ぎる快楽の記憶が一瞬で体に蘇る。かあっと熱くなった顔を隠さなくてはと、却って男の胸に顔を埋めてしまったジュゼを大切そうに横抱きにしていた悪魔が、か細い肢体を支えるように絡ませていた大きな手で髪を撫で、腰骨をさする。それだけのことがあまりにも気持ちが良くて、夢の中で感じた多幸感と同じ種類の快楽に、ジュゼは思わず甘い吐息を漏らした。
蛇のように絡みつく妖魔の腕は白い衣服に覆われているが、はじめて彼を目にしたときの衣服とは異なり、その布地はごく薄い。股の間の熱源から、存外に逞しい腹筋の凹凸まで感じ取れるようで、月明かりの中で触れた背徳的なまでに美しい裸身を思い出した肌がぞくぞくした。
優しく頬に手をかけられて、口付けを予感したジュゼが慌てて顔を背ければ、薄暗がりにすぐに慣れた瞳に部屋の様相が映し出される。
(広い……)
天井は高く、奥行きは広い。二人が座っているのは、子供であれば六人でも横になれそうな、信じられないほどに豪奢な赤い絹張のソファで。大きな窓からは、銀色の月が――二つ、輝いているのが見えてしまった。
ばくばくと騒ぐ心臓が急激に身体に血を送り出し、不安と恐怖にくらりと意識が揺れる。決定的な事実を引き出すことが怖くて、それ以上思考を動かすことができずに青褪めるジュゼの髪を指で梳いた妖魔が、暖かなその手を頬に滑らせた。小さな体を丁寧に愛しげに慰撫する彼は、涙ぐむジュゼの機嫌でも取ろうとするかのように、とろとろと甘く優しい囁きを耳に吹き込む。
「あなたがいつお目覚めか解らなかったので、勝手に着替えさせてしまいましたが、いかがですか?」
苦しいところはありませんか? と。優しく問われて、はじめて己が何らかの布地を纏っていることに気付いたジュゼは、自分の身体を見下ろした。
二つの月と、壁際に揺れるいくつかの蝋燭らしき灯りを光源に、ジュゼの瞳に映ったのは。薄闇の中にもそうと判る、きらきらしい衣服に包まれた自分の身体だった。
裕福な少女が触らせてくれた、宝物だという絹のハンカチの布地よりもなお滑らかな肌触りの黒絹が、細かな銀色の煌めきを全体に纏ってキラキラと輝いている。形状はチュニックとキュロットに似て見えたが、優雅なひだをいくつも重ねたその衣服には、外からは見えないだけの隙間がいくつもあるようで、素肌には夜気が触れていた。
側面の紐をほどけばすぐに脱げてしまいそうな危うい衣服の他には下着も身に着けていないのか、股の間がひどく心もとない。全身に羽織った、肩から腰までを覆う白いガウンは繊細なレースと刺繍を半透明に織り合わせた美しいもので、肌を隠す手助けを何らしてくれないものだった。
これまでの人生で見たこともない、これから先も目にすることさえなかっただろう場所と衣服に、ジュゼの身体が小さく震える。恐ろしくて、不安で。思わず、元凶であるはずの妖魔に縋るような眼差しを向けてしまえば、彼はとろりと甘く優しい魔性の瞳を微笑ませた。
「とてもよくお似合いですよ。……ふふ、すぐに脱ぐことになってしまいますが」
「あ……っ、ふ、う」
耳をかじられながら、妖魔の指が服の隙間から生身の肌を直接嬲る。胸の飾りをつままれて、じわりと滲んだ快楽に吐息が震えた。
そのままいやらしく指を動かされて、もうその場所からの快楽を知ってしまった体が伸び上がって喉を晒す。妖魔は優美に上体を屈めると、その無防備な喉に、暖かな唇と牙を押し当てた。
急所に押し当てられた凶器に、怯えた体が恐怖に竦む。突き破られることはなかったが、極度の緊張に鋭敏になったその肌を、おもむろに強く吸引されてびくりと手足が跳ねた。びりびりとした痛みが、仄かな快楽と共に身体を駆け抜ける。
一つ目の衝撃が止まない内にも、首や肩を中心に繰り返し肌を吸われて。まるで電流を流されたように断続的に身体が跳ね、声がこぼれた。
「あっ、あっ、あうっ」
「お可愛らしい私の花嫁。大丈夫ですよ、ここには誰も来ないようにと言い置いてありますから」
お好きなように乱れてくださいね、と。首に唇を押し当てたまま囁くと、熱い舌で喉をゆっくりと舐め上げる。それだけで、恐怖よりも快楽が勝ってしまう自分の有り様を理解したジュゼの瞳が困惑に揺れた。
それはずっと昔から、ジュゼがよく見る夢だったが。今日に限って、その夢の様相は一変していた。
(あったかい……)
いつもは、その夢の寒々しさから逃げ出すように、強引に覚醒しようともがきながら目覚めるのに。今日の夢は温かくて、優しくて、気持ちがいい。闇に任せる身体は不思議な安寧に包まれていて、暖かささえ感じるほどだ。いっそこの身を手放して、闇に溶けてしまってもいいと思えるほどに。
その不思議な温もりに、冷えた手足が解きほぐされて、末端にまで暖かな血流が巡るくすぐったいような感覚が肌をざわめかせた。ぴくり、と。瞼が動いたような気がして、ジュゼは温もりに縋り付くように体を丸める。まだ、この夢の中に浸っていたかった。
(んっ、んぁ、ふぁ……)
温もりが染み入る全身から、絶え間なく緩慢な快楽が込み上げる。気持ちいいことを知ってしまったばかりの身体を宥めるように優しい指の感触にとろとろと全身を柔らかくされて、力が抜けた。
やがて下腹を中心に、ひときわ甘い快楽が走り抜けて、じゅわりと広がる幸福感が腰骨から下を蕩かしていく。ぴく、ぴく、と。下肢を震わせながら、ジュゼはぼんやりと意識を浮上させた。
薄く開いた視界に滲みながら映るのは、薄暗い室内だった。朝日が昇る前に目覚めることが習慣となっていたジュゼは、日の光に起こされる感覚を知らない。まだ明けない夜の中に目覚めることは珍しいことではなかったが、すぐにその場所が、見慣れた景色のどれとも違うことを悟ってハッとした。
瞬間に強張ってしまった身体の動きで、覚醒は容易く知られてしまったことだろう。甘い笑い声がすぐ頭上から耳を震わせて、ジュゼは暖かなこの場所が、男の膝の上であったことを知った。
「お目覚めですか? 私の花嫁」
「あ……っ」
花嫁、と。呼ばわれて。甘美に過ぎる快楽の記憶が一瞬で体に蘇る。かあっと熱くなった顔を隠さなくてはと、却って男の胸に顔を埋めてしまったジュゼを大切そうに横抱きにしていた悪魔が、か細い肢体を支えるように絡ませていた大きな手で髪を撫で、腰骨をさする。それだけのことがあまりにも気持ちが良くて、夢の中で感じた多幸感と同じ種類の快楽に、ジュゼは思わず甘い吐息を漏らした。
蛇のように絡みつく妖魔の腕は白い衣服に覆われているが、はじめて彼を目にしたときの衣服とは異なり、その布地はごく薄い。股の間の熱源から、存外に逞しい腹筋の凹凸まで感じ取れるようで、月明かりの中で触れた背徳的なまでに美しい裸身を思い出した肌がぞくぞくした。
優しく頬に手をかけられて、口付けを予感したジュゼが慌てて顔を背ければ、薄暗がりにすぐに慣れた瞳に部屋の様相が映し出される。
(広い……)
天井は高く、奥行きは広い。二人が座っているのは、子供であれば六人でも横になれそうな、信じられないほどに豪奢な赤い絹張のソファで。大きな窓からは、銀色の月が――二つ、輝いているのが見えてしまった。
ばくばくと騒ぐ心臓が急激に身体に血を送り出し、不安と恐怖にくらりと意識が揺れる。決定的な事実を引き出すことが怖くて、それ以上思考を動かすことができずに青褪めるジュゼの髪を指で梳いた妖魔が、暖かなその手を頬に滑らせた。小さな体を丁寧に愛しげに慰撫する彼は、涙ぐむジュゼの機嫌でも取ろうとするかのように、とろとろと甘く優しい囁きを耳に吹き込む。
「あなたがいつお目覚めか解らなかったので、勝手に着替えさせてしまいましたが、いかがですか?」
苦しいところはありませんか? と。優しく問われて、はじめて己が何らかの布地を纏っていることに気付いたジュゼは、自分の身体を見下ろした。
二つの月と、壁際に揺れるいくつかの蝋燭らしき灯りを光源に、ジュゼの瞳に映ったのは。薄闇の中にもそうと判る、きらきらしい衣服に包まれた自分の身体だった。
裕福な少女が触らせてくれた、宝物だという絹のハンカチの布地よりもなお滑らかな肌触りの黒絹が、細かな銀色の煌めきを全体に纏ってキラキラと輝いている。形状はチュニックとキュロットに似て見えたが、優雅なひだをいくつも重ねたその衣服には、外からは見えないだけの隙間がいくつもあるようで、素肌には夜気が触れていた。
側面の紐をほどけばすぐに脱げてしまいそうな危うい衣服の他には下着も身に着けていないのか、股の間がひどく心もとない。全身に羽織った、肩から腰までを覆う白いガウンは繊細なレースと刺繍を半透明に織り合わせた美しいもので、肌を隠す手助けを何らしてくれないものだった。
これまでの人生で見たこともない、これから先も目にすることさえなかっただろう場所と衣服に、ジュゼの身体が小さく震える。恐ろしくて、不安で。思わず、元凶であるはずの妖魔に縋るような眼差しを向けてしまえば、彼はとろりと甘く優しい魔性の瞳を微笑ませた。
「とてもよくお似合いですよ。……ふふ、すぐに脱ぐことになってしまいますが」
「あ……っ、ふ、う」
耳をかじられながら、妖魔の指が服の隙間から生身の肌を直接嬲る。胸の飾りをつままれて、じわりと滲んだ快楽に吐息が震えた。
そのままいやらしく指を動かされて、もうその場所からの快楽を知ってしまった体が伸び上がって喉を晒す。妖魔は優美に上体を屈めると、その無防備な喉に、暖かな唇と牙を押し当てた。
急所に押し当てられた凶器に、怯えた体が恐怖に竦む。突き破られることはなかったが、極度の緊張に鋭敏になったその肌を、おもむろに強く吸引されてびくりと手足が跳ねた。びりびりとした痛みが、仄かな快楽と共に身体を駆け抜ける。
一つ目の衝撃が止まない内にも、首や肩を中心に繰り返し肌を吸われて。まるで電流を流されたように断続的に身体が跳ね、声がこぼれた。
「あっ、あっ、あうっ」
「お可愛らしい私の花嫁。大丈夫ですよ、ここには誰も来ないようにと言い置いてありますから」
お好きなように乱れてくださいね、と。首に唇を押し当てたまま囁くと、熱い舌で喉をゆっくりと舐め上げる。それだけで、恐怖よりも快楽が勝ってしまう自分の有り様を理解したジュゼの瞳が困惑に揺れた。
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