【完結】夢魔の花嫁

月城砂雪

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第一章(初夜編)

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 美しい妖魔の足が、そのまま寝台に向けられるのに気付いたジュゼは、震える腕で妖魔に縋り付いた。

「ま、待って。花、嫁に……なって、……なったら、何をするの」
「もちろん、子供を作るんですよ」

 ひっ――と。息を飲んでしまった。如何に教会で、毎日清らかな日々を過ごしていたとて、動物の交配の知識くらいは持ち合わせている。
 村の子供に、悪戯混じりに連れ出された先で。覚悟も予測もなく目にしてしまったその行為の荒々しさ、生々しさがまざまざと思い出されて、ジュゼの顔から血の気が引いていく。カタカタと震え出しさえしたジュゼを優しく見つめて、くすりと甘く笑った妖魔が、宥めるように頬を撫でた。

「可愛い方。そんなに不安そうになさらないでください。最初は怖いかもしれませんが、すぐに慣れますよ」

 怖いのが解らなくなるくらい、気持ちよくして差し上げますから、と。囁かれた耳に、ぬるりと熱い舌が滑って。ひゃっ、と。身を竦ませたジュゼはもがき、腕を突っぱねたが。笑うばかりの美しい妖魔はびくともしない。

「大丈夫ですよ。あなたもきっと、私のことが大好きになりますから」
「なっ、何で……何で……っ! 僕、無理。怖い」

 いやいやと、もがく体をふわりと抱き締める妖魔からは、甘くて心地のいい香りがする。呼吸も止まりそうなほどに恐怖しているはずなのに、まるで優しいばかりの手に撫でられる肌が疼いて、痺れたように力が抜けてしまった。
 震える息を浅く吐きながら、全身を甘く這い回る愛撫に未知の感覚を引きずり出されて、その腕から逃げ出そうという気力を削り取られたジュゼの体が意思に反して弛緩する。くた、と。力の抜けた体をなおも撫で回しながら、妖魔はジュゼの耳を甘く食んで囁いた。

「いい子ですね、聞いてください。……五十年前の大戦は、激しいものであったので。敗者の世界である魔界には、人の世の相容れない力が大量に流れ込みました。故に、魔界は今、子供が為せない状態なのです」

 今の魔界の空気を吸っては、幼子たちは死んでしまいますから、と。悲しそうな声で呟かれたその言葉に――死んでしまえ、とは。言えなかった。ジュゼは、悪魔に強い憎しみを抱いていた世代ではなかったし、それに。……一人では生きてはいけないほどに幼い時分に、親から見放された方の、身の上だったから。

「私とあなたが子を生せば、今の魔界の空気の中でも、生きていける悪魔が生まれる。そうしてその子らが、魔界中の悪魔と番えば。ふふ、差し当たって、魔界は救われます」
「ど……どうして。僕なの?」

 ジュゼより賢くて、ジュゼより美しくて。素敵な――女の人は。きっとこの世に、たくさんいるのに。
 その人たちに、悪魔の妻になれと、言いたいわけではなかったけれど。ただ本当に、不思議に思って。ジュゼは震える声で問い掛けた。
 ジュゼと会話ができることが、何よりも嬉しい、とばかりに。幸福そうに微笑んだ妖魔が、慈しむようにジュゼの頬に触れ、涙を残した眦を撫でる。炎のように揺らめく瞳に、怯えるジュゼを閉じ込めて、妖魔は溢れるほどの色を湛えて艶やかに笑った。

「私の運命の相手が、人間の、あなただったからですよ」

 運命の相手、と。繰り返されるその言葉に、ジュゼの側からの自覚はない。けれど、妖魔はそれを信じて疑っていない瞳をして、ジュゼの唇にキスをした。
 ひゃっと身を竦めたジュゼの初心な様にくすりと笑うと、舌を差し出してぺろりと舐め上げる。咄嗟に唇を引き結んで、思わず息まで止めてしまったジュゼの、震える白い喉に唇が落とされた。まだ男の証も浮き出ていないような喉を甘噛みされて、柔い急所の皮膚に触れる固い牙の感触に本能的な恐怖を受けた体が仰け反って痙攣する。その震えを、何よりも可愛いものを見るような眼差しで見つめた妖魔が、声に触れた耳から蕩けてしまいそうな声でくすくすとさざめき笑った。

「私たちは、愛の悪魔。心から愛せる相手と番いたいし、相手に自分を愛してほしい。……悪魔はみんな、私と番える、あなたの魂の価値を知っている。だから、大切にしますよ。魔界中の悪魔が、あなたに感謝を捧げることになるでしょうね」

 私とあなたの愛の子供が、全ての悪魔を救うのだから、と。蜜のような甘言を耳に吹き込まれながら、ねっとりと撫でられた胎が焼けるように熱くなって、ますます仰け反ろうとした体を強く抱き止められる。妖魔の広い胸に抱き締められれば、花のような、蜜のような香りが、鼻腔から脳をかき乱してジュゼを混乱させた。

「ね? お願いです。この世で唯一、私の花嫁になれる方。あなたも、生まれる子供たちも。愛して、守って、必ず大切にしますから」

 優しい声でそんなことを囁かれても、ジュゼには答えようがない。ただ、明確な拒絶を示すほどの思いも抱けずに呆然とするしかないジュゼが瞳を揺らせば、妖魔の赤い瞳がとろりと優しく微笑んだ。
 不安がらなくて大丈夫ですよ、と。優しい声に囁かれる度、すぐに弛緩して甘えようとする体を律しようと、無駄な努力に必死なジュゼの様を見て。寝台の直前で立ち止まった妖魔の瞳に、炎の熱情が揺らめいた。

「すぐによくして差し上げますから、ね?」

 気持ちいいことだけしましょうね、と。耳元で囁かれて、脳に残る甘ったるい声に頭がぼんやりする。頭と心がどちらもふわふわして、力が抜けてしまう。首の後ろに回った手に頭を固定されて、美しい顔が至近距離に近付いて。ジュゼは初めてはっとしてもがいたが、全てはもう手遅れだった。

「や、待っ……んっ!」

 必死に拒もうとした口はすぐに塞がれて、されるがままに唇を吸われる。最初は表面を合わせるだけの優しいキス。けれど、酸素を求めて口を開けば、すかさず熱い舌が滑り込んで来た。
 すでに何度も重ねられてしまった唇は、それでもまだたっぷりと手加減をしてくれていたのだと解ってしまうほど。激しく情熱的な口付けを受けて、ジュゼの身体に淫らな炎が灯った。

「んうっ、ん。んふ、む」

 とろりとした舌が口腔内を這い回って、歯列をなぞり、上顎の部分をくすぐる。小さな唇ごと食べ尽くすようにあむあむと食まれて、意識が甘く霞んだ。鼻で息をすればいいと解るのに、触れた場所から蕩けるような快楽に翻弄されて息が詰まる。酸素を求めて喘いだ口を更に深く塞がれて、酸欠の身体がピクピクと悶えた。

「……ふっ、う。は、んぅ……っ」

 奥の方で縮こまっていた舌を掬い取られ、じゅぷじゅぷと水音を立てて舐めしゃぶられる。ぐい、と。力強く腰を引き寄せられて、股の間に妖魔を受け入れてしまったジュゼの脚が無防備に開いた。
 入り込んだ膝が、ぐり、と。いやらしく押し付けられて、未熟な陰茎を刺激されたジュゼが思わず声を上げて仰け反る。その背を逃さないとばかりに情熱的に抱き締めた妖魔は小さな体を持ち上げて口付けを深くすると、重力の力と合わせながら更に激しく陰部を甚振った。甘美な刺激に、ぬめりを帯びた液体が先端から滲み、ジュゼの体温が上がっていく。
 ぬるぬると口中を探る器用な舌はジュゼの喉奥まで伸びて咽頭をくすぐり、とろとろと甘い蜜を際限なく流し込んだ。首を抑える手とは逆の手がいつの間にか背を滑り、服の上から尻を鷲掴むなり遠慮なく揉みしだく。驚きに身を竦ませたところで、ジュゼにはもはや、その手を引きはがすことさえできなかった。
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