上 下
58 / 60
再会の都は不響和音が鳴る

68

しおりを挟む


 次の日、皇帝陛下との大広間での謁見はとても穏やかなものだった。
 通例の体裁をとるべくして、決まった会話を行ない、シオン様は僕の紹介を軽くした後にいくつか当たり障りの無い言葉を陛下と交わす。本当に軽い挨拶だけの形式的なもので拍子抜けしてしまう程だ。

 特に奴隷だった等と虐げられたりもせず、寧ろ皇后様には慈しまれているような雰囲気さえ感じた……と言うよりは既に話しは通してあるようで、僕から伝える事は無いようにされていたみたいだ。

 僕は言葉を発することも無く、されどそれが寧ろ同情のような哀れみのような視線は当然で、多少手の動作やらなかなかに拙い表情を駆使する事も無く、本当に会釈だけに留まった。直ぐに謁見と言う名の身内贔屓(シオン様側?)のお披露目は終わった。

 しかし、謁見後宛てがわれた部屋まで向かう道中は何だか一部でヒソヒソと内容は聞き取れないが話声がしたり、何だか少し残念そうな表情をされたりなど等と、好奇な視線が大半で、やっぱりこの耳飾りのようだけど尾ひれが……目立つようだ。

 種族の問題かと変な疲労感を味わったりもした。
 故に今は皇宮で、待機部屋として通された客室で、シオン様の帰りを淑やかに待っている。

 シオン様とアレン君は元皇室直属の騎士だ。謁見が終わると数人の騎士等にアレン君は半強制的に連れて行かれた。シオン様は他にも別の知り合いと話す場を設けているらしく、形式的な謁見では話せない事等もあるようだった。傍らにいた騎士の話によると話が済み次第騎士団にも顔を出すような流れだった。それでも、気さくに騎士の方と話しているシオン様を見て、良好な関係で職務を行えていたのだと思うと、変に陰湿で殺伐とした雰囲気を想像していたのは杞憂だったのかと思った。


「……少なくとも騎士団も皇家の皆様も歓迎的ですね。しかしまあ、貴族の一部はそうでは無いようですけどね」


 何食わぬ顔で言い切ってからこちらを見るテオは直ぐに視線を流すと窓枠から外を見て溜息に近い息を吐いた。


「いや、舐められてるのは私達か。ここ客室にしては質素ですよね。恐らくシオン様も付き添っていたらもっと広くて豪勢な部屋に通されてるでしょう。仮にも侯爵家であり、元帝国騎士の英雄ですから」

「え、てっきり僕への配慮かと……」


 思わず念話をしてしまったが、今はテオと二人だけだから大丈夫だよね?


「そんな訳は確実に無いでしょうね。それだけでは無いですよ、……まあ、それは私のせいでしょうけど」


 テオもあまり気にしてないようで自然に会話を続けてくれた。それだけで誰かに監視されていないか、されていてもテオにしか恐らく聞こえてないから一先ず安心する。念の為、手帳とペンを机の上に置いて、いつでもそれで会話を成立させているような考作もバッチリだと思う。


「まあ、他種族に対して、未だにあまり良く思われない方もおられますし、プライドもありますからね。小賢しい嫌がらせでしょう。当の本人は気付いて無いと言うのが救いと言うか。いえ、配慮って……カノンさんは流石ですね」

「え、っと……怒るべきとこ?」


 どうやらこの程度の豪華さと広さでは侯爵家であり帝国元騎士団団長並びに英雄の元皇族の親しい間柄の恋人には不釣り合いだと主張しても構わないと言う話だった。これでも十分すぎるくらいの広さだと思うんだけど、寧ろ広過ぎても居た堪れないから。贅沢過ぎるとかえって毒だし、何より。


「目立たない方が良いだろうから……それに初めて来たところにいきなり傲慢な態度になるのはどうかと」


 慎ましくお淑やかな魅せ方を習った。社交界ではこれはとても大事で、自分を護る最初の鎧だとも。それに少しでもシオン様の恥になっちゃダメだ。及第点くらいではいたい。


「……謙虚なのは素晴らしいですよ、あの一ヶ月が生きてます。まあ、それはカノンさんの性格でしょうけど。ただ目立たないのはどちらにしても……話題の中心ですから不可能ですね。それでも、正当な主張はしても問題無い筈ですから今後は念の為」


 そこまでしなくても特に文句無いんだけどな。と思うが、テオは顔をまじまじと見るなり、瞬きを数度してから一瞬の間の後に溜め息を吐いた。

 どういう溜め息だろか。

 若干嫌味のようにも聞こえなくも無いがテオなりの気遣いと忠告で、覚悟も必要なのも確かだ。それから暫くはたわいの無い話をして、テオが不意に扉をじっと一瞥すると、メモ帳に目配せした。その動作に察したようにペンを持つ。

 【ありがとう】とメモ帳に走り書きをして笑ったところで、扉からノックが掛かった。テオとまた目配せし、頷くと中へ通す。皇室侍女が扉を開くと優雅なドレスに身を包み、気品に満ち溢れた女性が入室した。その姿を見るだけで存在感が違う。慌てて立ち上がると淑女の礼をして、テオを少し見ると同じく胸に手を当てお辞儀をしていた。


「皇后陛下にご挨拶申し上げます。カノン様は為、従僕からの発言をお許し下さい」

「構いません。急に押し掛けてしまってごめんなさいね。顔を上げて、そして良く顔を見せて下さる?」


 そうこれも全て作戦の内の一つだった。それは昨日旅館に戻った時の突発的な提案からだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪行貴族のはずれ息子【第1部 魔法講師編】

白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン! ★第2部はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603 「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」 幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。 東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。 本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。 容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。 悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。 さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。 自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。 やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。 アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。 そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…? ◇過去最高ランキング ・アルファポリス 男性HOTランキング:10位 ・カクヨム 週間ランキング(総合):80位台 週間ランキング(異世界ファンタジー):43位

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

狼騎士は異世界の男巫女(のおまけ)を追跡中!

Kokonuca.
BL
異世界!召喚!ケモ耳!な王道が書きたかったので ある日、はるひは自分の護衛騎士と関係をもってしまう、けれどその護衛騎士ははるひの兄かすがの秘密の恋人で…… 兄と護衛騎士を守りたいはるひは、二人の前から姿を消すことを選択した 完結しましたが、こぼれ話を更新いたします

処理中です...