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再会の都は不響和音が鳴る

59(side フックサー伯爵)

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 くそ、クソ、糞ッあの野郎……!

 思い返す度に掻き回される。話は数ヶ月前に遡る。仮面舞踏会が行われ、有識者を招待し、新規として数人の貴族も招待した。
 勿論、非公式なもので、表では仮面舞踏会として少々お香を焚いて、多少気持ちを開放して貰う為のスパイスを漂わせるだけ。非合法ではあるが暗黙の了解がなされている貴族階級の娯楽的遊びだ。

 その新規には噂のフォレスト侯爵家の次男であり、元騎士団のシオン卿も含まれていた。偉大な功績とは裏腹に遊び人で好色家としての噂も有り、異種族の従者を多数常駐させ、奴隷では無いにしろ、多くの異種族を飼っていると言われていた。

 そのフォレスト卿が、仮面舞踏会の招待に応じたのだ。これは良いカモが、いや、闇市場が更に盛況するなと愉快で仕方なかった。そこまでは良かった。それだけならどんなに……。

 机に手を思いっ切り叩き付ける。自分の手なのにも関わらずお構い無しに。


『──単刀直入に言おう。彼の契約書を私に譲っていただきたい。そうすれば、穏便に済ませよう』


 仮面舞踏会に来たフォレスト卿は一人の知人とお誂え向きの仮面をつけ、表情こそ伺えしれなかったが、その風貌は高位貴族の者である事を隠そうとはしなかった。それどころか、堂々と威厳を放ちながらも穏やかな雰囲気はこの如何にも面妖な雰囲気のある仮面舞踏会には不釣り合いだった。


『えっと、なんの話しでしょう? 私は何でも言う事を素直に聞く優秀な人材を紹介してますが、フォレスト卿には今回が初めて……』

『なるほど、あくまでも白を切るか。それとも貴方は私の管理下にある森に不法投棄した件の話を知らない訳ないですよね。伯爵の子息は良く話していたようだが』


 その言葉にピクリと反応した。あの愚息やはり首輪を外してなかったのか……!
 だが、あちらから進言して来たのならばこちらも手を打てる隙はある筈だと直ぐに話を翻して愛想のいい笑みを浮かべた。


『ああ、もしかして森で保護をされた異種族ですか? お噂はかねがね聞いております。実は……とても大切にしていた子何です。躾が行き届いていないばかりに逃げ出してしまって、探していたのですが、まさか侯爵様が保護して下さった子が……! ご迷惑をおかけ致しました。付きましては、こちらに引き渡して頂きたく』


 白々しかろうと関係ない。あれは貴重な種族であり、隷属にさせる事は不可能に近い存在。それをあの方は、私に任せて下さったのだ。返すのを渋るのであれば、金も出し惜しみはしない。
 そんな事を思ったのも束の間、ゾクリと背筋に悪寒が走った。鋭い眼光で射抜かれるような、さながら猛獣に追い詰められるようなそんな錯覚を。


『いいや、私は彼を気に入っていてね。手放す気は毛頭無い。嗚呼、金を出せば等と不粋な事をしても無駄だよ。それに、どうやら彼の奴隷契約書はここには無いようだし、君は自分の契約相手でも無く、ましてやどんな種族であるかを理解していないようだ。誰の差し金かは、聞かないが』


 そうこの目の前の男から先程とは別の威圧感を感じた。一瞬、動揺してしまった。何故、それを知っているんだ。まさか、もう既に全て知っているのか?
 冷や汗が頬に伝い、背中にも湿り気を帯びて不快感を催した。私の上に誰が居るのかも……いや、そんなはずは無い!
 例えそうだとしても、あくまで派閥に属しているのに過ぎない。連絡も極最小限に済ませている。それにだからっていくら侯爵家と言えど、一介の騎士爵位の分際で何が出来る!


『な、何をあれは私が託された所有物ですよ、貴方になんの権限があって!』

『その発言が根本から間違っている。私はあくまで保護している者だが、本人に貴公達の元に戻る意思は一切無い。私の上層部も承知している。フックサー伯爵は聡い方だとお見受けしていたが……非常に残念だよ』


 もう話す事は無いと言わんばかりに知人が戻ってきたと同時に席を立つと私の反論も意に返さず、颯爽と去っていった。私はグラスを叩き割ると、言い知れぬ恐怖にフルフルと震える身体に気づかぬ振りをして、奥歯を噛み締めた。


 それから暫くはあの目で睨まれ、落ちる夢を見ては、何度も思い出し、疑心暗鬼に囚われた。
 勿論、何もしなかった訳じゃない。あの方にも連絡を取り、対応策を考えた。あれを諦めて身を守る事も考えたが、あの方である公爵様はそんな事許すはずがなかった。『それならば本人と話し合いの場を設ければ良い。どんな手段を使っても』と有り難い助言を頂いた。

 そうだ、どんな手段を使ってもあれを取り戻せば良い。

 公爵様は味方なのだ。当然、何をしても思うようになるはずだ。幸いあんなに脅すような物言いをしていたフォレスト卿は数ヶ月立っても何の音沙汰も無く、ガサ入れ等も無い。例え調べられてもそんなものはここには無いのだからどうとでもなる。


「皇室舞踏会の招待状……これで」


 封筒の中身を確認した。ずっと機を伺っていた。そう以前、愚息があの元騎士団長のフォレスト卿が、元奴隷で異種族の恋人を伴って参加すると言う話を聞いていた。しかも、それはかなり美しく儚げな人魚だと言う。
 チャンスを逃さない男とはフックサー伯爵である私の事である。

 ふふふっといやらしい笑みを浮かべた。


「会えるのを心待ちにしているよ、私の人魚姫カノン様」


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