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使用人達の遊戯場
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しおりを挟む逃げたい。
でも逃げると言う選択肢は現段階では不可能だった。そもそも手は握られたままの状態を継続していて、シオン様は執務室に入るなり、応接対応のソファに座り、手を引いて隣に半強制的に座るように促した。どう足掻いても逆らうと言う選択肢は、はなっから考えられていない僕自身の事もあり、言われたわけでは無いが従うのである。
ただ、逃げたいという感情はもっと違う所から起因している。
「──媚薬の実験に付き合わされた挙句、発情時期も早まり、怪我させたから応急処置として治療し、痛みを緩和する為に行為に及んだ、と」
シオン様は無表情にも見えなくも無いが、時々隠しきれずに目元がひくついていた。何なら僕を握っている手にも少し力が入っているように感じた。
「はい、その通りです。流石シオン様、理解力が有り、寛大で従者にとっては主人の鏡のような方ですね」
「……褒めてないだろう」
付き合わされたには少々語弊があるような気がするが、誰一人話の流れを阻害したりはしない。テオは話しに応対しながらソファの近くでお茶の準備を整えては近くで待機するように立っていた。副隊長は扉の前に控えてはいるものの、顔に驚愕を現していた。
「まさか、私は正気に戻して下さったカノンさん治療する為に行った行為ですし、叱責する訳も無いですよね? どっち道……まだ貴方は彼に何も伝えてないようですし」
至極正論と言わ締めるように報告をしていたテオは、シオン様にも容赦は無い。
「お前、確信犯だろ」
「最後まではしていませんし、同意も求めました。シオン様の伴侶でも恋人でも無いので咎められる謂れはないです」
「はあ……それが言いたかったんだな? そういう事じゃないだろう。いや、わかってるんだけど……ああ、もう」
ガシガシと頭を掻くシオン様に不敵な笑みで笑うテオ。怒るに怒れないのだろうと言うことをテオは確り理解していたようだ。だが、その当人の前であけすけに話すのはどうなんだろう。少なくとも僕は気にしてないと言ったらまだ気持ちが追い付いていないが妥当だ。何て言えば良いのかわからないが親しい雰囲気も慣れない。
「それにシオン様は私ばかり責めますね。まあ、ルシェル先生の事は置いておいても私が全面的に悪い部分も多いですが、カノンさんは現状は私と同じ使用人と言う立場ですよね?」
「っテオ、お前なぁ」
押し問答のような話を繰り返し、そこはとなく微笑むテオにギョッとして、副隊長はおっと、口出しはしないが最早、表情を騎士らしく引き締める気は無いらしい。そんな雰囲気でもない。テオとシオン様を交互に見て恐る恐る口を開いた。
「あ、あの……僕はシオン様にとって悪い事をしてしまったのでしょうか?」
それならどうしたら償えますか?
不安げに聞く僕にやや言葉に詰まったのかグッと手に力が込められた。少し痛い気がするが、シオン様なりの気遣いなのか肩を落としては、手を離して今度は肩を抱かれてシオン様の肩に寄りかかった。
されるがままに戸惑う。何故そうなった?
「いいや、カノンは悪くない……無いんだけど、これは……待って考える」
暫くの間に唸り出すシオン様に視線を彷徨わせるが、助け舟は無さそうだ。扉がノックされ、副隊長が扉を開くとルシェル先生が入ってきた。微かに甘い匂いがしてばっと姿勢を正した。シオン様は特に何も言わなかった。
「おや、皆さんお揃いですね。それなら直ぐにでも話を始めても構わなそうですね」
にこやかに微笑むルシェル先生はさっきの話の元凶だった。だがしかし、話題を切り替えるには打って付けで、シオン様は大きく頷くと反対側のソファにルシェル先生は腰を下ろし、テーブルに小瓶を一つ置いた。
あまり見たくない。毒々しいほどの濃い桃色の液体が入った小瓶を凝視した。飲みたいとは思わないが、この匂いはどうしたって鼻に付く。
「……やはり見覚えがあるみたいですね、甘い匂いは常用者特有の症状のようなものですから」
「ッそれをどうして」
隠していたつもりだった。でも、確かに匂いの話は伝えていた。全員多少はこの匂いについて認識していると思っていた。
「この薬は通常のものだったらただの精力覚醒剤ですが、ある依存性の高い薬物を混入する事で人間には常識を超える飛ぶほどの快感が味わえる……そうですよ」
ルシェル先生は穏やかにそう説明しながらシオン様に資料の紙を渡し、僕の表情を見守っているように続けた。
「ただあくまで、闇ルートで違法薬物を入手して悦楽に興じる趣向の人族の検分結果ですからもしかしたら異種族には別の作用が有るのかもと、幾つか症例も調べたんですよ」
「……凶暴化に廃人化、人格豹変?」
「色々あるみたいですが、共通して薬が効いている間の記憶が曖昧或いは全く無い」
「あっ……」
どうして、記憶が曖昧な時が多く、そして全く無かったのか。その意味は医師であるルシェル先生の言葉ではっきりと理解出来た。今は意識も感覚もはっきりとしているのは、この薬を飲まなくなったから?
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