上 下
28 / 60
使用人達の遊戯場

27

しおりを挟む


 逃げたい。
 でも逃げると言う選択肢は現段階では不可能だった。そもそも手は握られたままの状態を継続していて、シオン様は執務室に入るなり、応接対応のソファに座り、手を引いて隣に半強制的に座るように促した命じた。どう足掻いても逆らうと言う選択肢は、はなっから考えられていない僕自身の事もあり、言われたわけでは無いが従うのである。
 ただ、逃げたいという感情はもっと違う所から起因している。


「──媚薬の実験に付き合わされた挙句、発情時期も早まり、怪我させたから応急処置として治療し、痛みを緩和する為に行為に及んだ、と」


 シオン様は無表情にも見えなくも無いが、時々隠しきれずに目元がひくついていた。何なら僕を握っている手にも少し力が入っているように感じた。


「はい、その通りです。流石シオン様、理解力が有り、寛大で従者にとっては主人の鏡のような方ですね」

「……褒めてないだろう」


 付き合わされたには少々語弊があるような気がするが、誰一人話の流れを阻害したりはしない。テオは話しに応対しながらソファの近くでお茶の準備を整えては近くで待機するように立っていた。副隊長は扉の前に控えてはいるものの、顔に驚愕を現していた。


「まさか、私は正気に戻して下さったカノンさん治療する為に行った行為ですし、叱責する訳も無いですよね? どっち道……まだ貴方は彼に何も伝えてないようですし」


 至極正論と言わ締めるように報告をしていたテオは、シオン様にも容赦は無い。


「お前、確信犯だろ」

「最後まではしていませんし、同意も求めました。シオン様の伴侶でも恋人でも無いので咎められる謂れはないです」

「はあ……それが言いたかったんだな? そういう事じゃないだろう。いや、わかってるんだけど……ああ、もう」


 ガシガシと頭を掻くシオン様に不敵な笑みで笑うテオ。怒るに怒れないのだろうと言うことをテオは確り理解していたようだ。だが、その当人の前であけすけに話すのはどうなんだろう。少なくとも僕は気にしてないと言ったらまだ気持ちが追い付いていないが妥当だ。何て言えば良いのかわからないが親しい雰囲気も慣れない。

「それにシオン様は私ばかり責めますね。まあ、ルシェル先生の事は置いておいても私が全面的に悪い部分も多いですが、カノンさんは現状は私と同じ使用人と言う立場ですよね?」

「っテオ、お前なぁ」


 押し問答のような話を繰り返し、そこはとなく微笑むテオにギョッとして、副隊長はおっと、口出しはしないが最早、表情を騎士らしく引き締める気は無いらしい。そんな雰囲気でもない。テオとシオン様を交互に見て恐る恐る口を開いた。


「あ、あの……僕はシオン様にとって悪い事をしてしまったのでしょうか?」


 それならどうしたら償えますか?

 不安げに聞く僕にやや言葉に詰まったのかグッと手に力が込められた。少し痛い気がするが、シオン様なりの気遣いなのか肩を落としては、手を離して今度は肩を抱かれてシオン様の肩に寄りかかった。
 されるがままに戸惑う。何故そうなった?


「いいや、カノンは悪くない……無いんだけど、これは……待って考える」


 暫くの間に唸り出すシオン様に視線を彷徨わせるが、助け舟は無さそうだ。扉がノックされ、副隊長が扉を開くとルシェル先生が入ってきた。微かに甘い匂いがしてばっと姿勢を正した。シオン様は特に何も言わなかった。


「おや、皆さんお揃いですね。それなら直ぐにでも話を始めても構わなそうですね」


 にこやかに微笑むルシェル先生はさっきの話の元凶だった。だがしかし、話題を切り替えるには打って付けで、シオン様は大きく頷くと反対側のソファにルシェル先生は腰を下ろし、テーブルに小瓶を一つ置いた。
 あまり見たくない。毒々しいほどの濃い桃色の液体が入った小瓶を凝視した。飲みたいとは思わないが、この匂いはどうしたって鼻に付く。


「……やはり見覚えがあるみたいですね、甘い匂いは常用者特有の症状のようなものですから」

「ッそれをどうして」


 隠していたつもりだった。でも、確かに匂いの話は伝えていた。全員多少はこの匂いについて認識していると思っていた。


「この薬は通常のものだったらただの精力覚醒剤媚薬ですが、ある依存性の高い薬物を混入する事で人間には常識を超える飛ぶほどの快感が味わえる……そうですよ」


 ルシェル先生は穏やかにそう説明しながらシオン様に資料の紙を渡し、僕の表情を見守っているように続けた。

「ただあくまで、闇ルートで違法薬物を入手して悦楽に興じる趣向の人族の検分結果ですからもしかしたら異種族には別の作用が有るのかもと、幾つか症例も調べたんですよ」

「……凶暴化に廃人化、人格豹変?」

「色々あるみたいですが、共通して薬が効いている間の記憶が曖昧或いは全く無い」

「あっ……」


 どうして、記憶が曖昧な時が多く、そして全く無かったのか。その意味は医師であるルシェル先生の言葉ではっきりと理解出来た。今は意識も感覚もはっきりとしているのは、この薬を飲まなくなったから?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

双子攻略が難解すぎてもうやりたくない

はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。 22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。 脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!! ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話 ⭐︎登場人物⭐︎ 元ストーカーくん(転生者)佐藤翔  主人公 一宮桜  攻略対象1 東雲春馬  攻略対象2 早乙女夏樹  攻略対象3 如月雪成(双子兄)  攻略対象4 如月雪 (双子弟)  元ストーカーくんの兄   佐藤明

2人

名も知らぬ素人
BL
男子2人の物語 男子同士なんか、気持ち悪くて認めて貰えない それでも・・・

生徒会長親衛隊長を辞めたい!

佳奈
BL
私立黎明学園という全寮制男子校に通っている鮎川頼は幼なじみの生徒会長の親衛隊長をしている。 その役職により頼は全校生徒から嫌われていたがなんだかんだ平和に過ごしていた。 しかし季節外れの転校生の出現により大混乱発生 面倒事には関わりたくないけどいろんなことに巻き込まれてしまう嫌われ親衛隊長の総愛され物語! 嫌われ要素は少なめです。タイトル回収まで気持ち長いかもしれません。 一旦考えているところまで不定期更新です。ちょくちょく手直ししながら更新したいと思います。 *王道学園の設定を使用してるため設定や名称などが被りますが他作品などとは関係ありません。全てフィクションです。 素人の文のため暖かい目で見ていただけると幸いです。よろしくお願いします。

優しい庭師の見る夢は

エウラ
BL
植物好きの青年が不治の病を得て若くして亡くなり、気付けば異世界に転生していた。 かつて管理者が住んでいた森の奥の小さなロッジで15歳くらいの体で目覚めた樹希(いつき)は、前世の知識と森の精霊達の協力で森の木々や花の世話をしながら一人暮らしを満喫していくのだが・・・。 ※主人公総受けではありません。 精霊達は単なる家族・友人・保護者的な位置づけです。お互いがそういう認識です。 基本的にほのぼのした話になると思います。 息抜きです。不定期更新。 ※タグには入れてませんが、女性もいます。 魔法や魔法薬で同性同士でも子供が出来るというふんわり設定。 ※10万字いっても終わらないので、一応、長編に切り替えます。 お付き合い下さいませ。

愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと

糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。 前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!? 「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」 激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。 注※微エロ、エロエロ ・初めはそんなエロくないです。 ・初心者注意 ・ちょいちょい細かな訂正入ります。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

処理中です...