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[グレイピット視点] その裏で行われた戦い
しおりを挟む「グレイピットさーん、発見したよぉ! ほら、あそこ。赤い髪の奴いるじゃん」
ジルクレイアの言葉て街を見下ろすと、確かに誰かが街の中を不自然に移動していた。といっても現在、ドラゴンの背に乗り空を飛んでいるわけで、かなり上空からの目視なので髪の色までハッキリとは見えない。だが、視力三十を越えるドラゴン種の彼女が言うのだから間違いないだろう。
「あそこに降りなさい。その姿は目立つから、ある程度降下したら人型に戻りなさい。挟み撃ちにするわよ」
人型に戻ったジルクレイアは男の後方を。私は前方を塞ぐ様に街中に着地する。確かに赤髪だ。その赤髪の男は怪訝そうな顔を見せる。
「ちっ! ダイヤのお嬢様かよ。何しに来やがった」
「気に入らないのよ。あなたは最初からレクセル様をバカにしていたし、前もレクセル様の邪魔をしたわよね。一番弱い、人間の女を操って。ただの遊びでは済まされないわよ」
「けっ。何を言ってやがる。俺は使える材料を見つけたから使っただけだ。あの女のバリアンテ国王に対する憎悪は尋常じゃなかった。俺がやらなくても何かしら動いてただろうよ」
「何ですって? あの奴隷女が何故バリアンテの国王に恨みを抱くのよ」
「俺はそれを利用しただけだ。あの女の恨みなんかまでは俺も知らん」
これは意外だ。レクセル様の奴隷がバリアンテの国王に恨みをもっていると? それはそれで、何か使えそうな話ではあるわね。しかし、今それは関係ない。
有益な情報を得たからといって、我が主人の邪魔をしたこの男に対する遺憾な気持ちは収まっていないのだから。
その時、女の叫び声が聞こえた。レプトが出たようだ。かなり遠い場所での悲鳴だが、私にはトラブル等に対してある程度離れていても音として探知出来る『超探知』と呼ばれる特種能力があるので、ハッキリと聞こえた。
しかし意外なのは、この赤髪も悲鳴に気付いたらしい事だった。耳の良さが獣並みなのかしら? しかしここで行かせるわけにはいかない! 悲鳴の先はレクセル様がいる所に近いと感じる。少し時間を稼げば楽にレクセル様がレプトを討伐するだろう。この男には暫くおねんねしてもらう事にしよう。
直ぐに私は最上位の電撃魔法を男に放った。魔王候補とはいえ所詮は若い魔族。私の方が圧倒的であるはずだ────ところが。私の魔法が突然男の前に現れた光の壁に塞がれた。赤髪の力とは思えない。案の定、闇の中から長い黒髪の女が現れた。
「いたのね。パトリシア……」
「あら、グレイピット。あなたが私のガスト様に手出しするのはさすがに見逃せませんわ。この戦いは私が代わりに請け負うしかありませんわね」
魔王候補二位の推薦者パトリシア・ラングース。彼女は、魔王国軍ルビーブロックの総司令であり〝ゼッシュゲルトの至高の壁〟と呼ばれている程、最強の防御力を誇る女だ。
ゼッシュゲルトの剣と呼ばれる攻撃力を誇る私とは、はるか昔から矛盾の関係なので、これでは勝負がつかない。そして、この隙に赤髪が逃げようとしていた。
「ジルクレイア、男を追いなさい!」
「はいはい、オッケー!」
ジルクレイアにどこまで時間稼ぎが可能かわからないが、私はこの女の前では下手に動けない。シッカリ守るのだから、パトリシアにもそれなりの野心はあったというだ。 自分の選んだ者が魔王になればその推薦者はゼッシュゲルトでの地位も向上する。パトリシアとて、私とこうなる事は想定の範疇だったという事だろう。
どのみちここで彼女を足止めしなければレクセル様の所に現れていたわけだ。そう考えればやはり赤髪を優先した私の考えは間違っていなかった。
さて、どうするか。魔法は彼女の前では殆んど無意味だ。全ての攻撃魔法は彼女の防御魔法を貫けないだろう。しかし弱点はある。
彼女は比較的魔法防御より物理防御の方が苦手。私は自慢の薙刀を亜空間から取り出して構えた。
パトリシアとの戦いは予想通り熾烈を極めた。私の薙刀に対して彼女は鎖鎌。私の薙刀の利である距離を保った戦いにも対応してくる。そして、私が引いても彼女はその分詰めて来る。
互いの距離を常に一定に保ちながら、激しい攻防戦は続いた。この静かな街の中を飛び回り、互いに一歩も譲らぬ戦いは永遠に続くかとも思えた。
しかし。このレベルの戦いでは次第にどちらも動けなくなってくる。疲労なんて単純な理由ではなく、互いの攻撃が分かってくると共に、逆にイレギュラーを警戒して迂闊な攻撃が出来なくなるのだ。
張り詰めた空気の中、ふと気付けば街の中は静まりかえっていた。レプトを含め、おそらく別の所で行われていたジルクレイアの戦いも終わったのだろう。
おそらくレクセル様はレプトを倒せただろうが。ジルクレイアに関してはよくわからない。少なくとも赤髪の足止めは成功していたと感じている。
私は薙刀を収めた。するとパトリシアも大きく深呼吸をして手をおろした。
「これ以上、あなたとやり合っても意味が無いわね。パトリシア」
「フフフ……超探知ですか。相変わらず便利ですね。その様子では、今回もあなたの候補者が結果を出したのかしら? 時間稼ぎ成功って顔をしてますわね。それではこれ以上、私達がやり合う意味もありませんわ」
「いつか必ず決着をつけますよ、パトリシア。でもレクセル様が魔王になった暁には。レクセル様に忠誠を誓ってもらうけども」
「それは仕方ありませんわ。根本的に私達は皆同じ、魔王様の望む未来を見て進むのですから」
と、笑顔を残しパトリシアは闇夜に消えた。さて、ジルクレイアを迎えに行きますか。レクセル様が戦闘していた方へと真っ先に行きたいが。どうやら、かなり大掛かりな騒ぎになっているようだ。大方、王国軍も動き出したのだろう。
私は屋根の上を飛び移るように街の中を移動した。やがて街の一角にジルクレイアの姿が見えた。
何故か一緒にいたのは赤髪の男ではなく、女性のように綺麗な顔に透き通るような蒼白色の髪をした少年だった。確か、魔王候補第三位の男だったはずだが。まさか、赤髪の追跡をコイツに阻止されたのか?
しかし、近付くと仲良く話していた。
「────じゃ。僕はこれで。魔王誕生を楽しみにしているよ」
「あ、うん。マジ、ありがとね!バイバイ」
なんでしょう、この軽い挨拶は。友達ですか?って感じのノリだが。蒼白色の髪をした少年は最後にチラリと私を見た。その後で直ぐに転移で居なくなった。転移が使える事に少し驚いたが今はジルクレイアへの質問が先だ。
「赤髪はどうなったの?」
「ああ。セラムが協力してくれたから抑え込めた。セラムってのは、あの美少年の事だよ! 私、ちょっとタイプかも?」
「協力ですって? あの候補者は王位には全く興味が無いって事?」
「そう言ってたよ。かといって赤髪が魔王になっても面白くないだろうって、私に協力してくれたの。赤髪は、赤子の様に転がされて、悪態ついて撤退していっちゃった」
あの赤髪を赤子の様にねぇ。王位を譲る少年の意図がわからない。聞いた感じでは、かなり高い能力を持っているようだが。
何せ、その少年の推薦者はゼッシュゲルトの作戦指令であり。サファイアブロック総司令、ジュリア・メーガスだ。油断は出来ない。
まあ、赤髪も少年もここにいたのなら結果的に間違いなくレクセル様がレプトを倒したと確定してもよい。これで魔王は決まった。何とか、ブレストガルド様の望んだゼッシュゲルトに向けて進めそうです。
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