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第二章

零れ落ちる本音

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 ◇◇◇◇◇


「光の精霊よ、慈悲の光を我が魂に宿し………」

 アリアは光る水面に向かって回復魔法を流し込む。
 それにどんな効果があるかは未知だが、グレンが言う事なのでやってみようという程度だ。

 魔法を使いながらも、アリアはグレンの事ばかりを考えていた。
 彼の気持ちがまったくわからないのだ。
 自分を好いていると思って舞い上がっていたが、そうでもなかったりする。

 最近、アリアの感情はアッチコッチと振り回されていた。
 本人に聞けばいいのだが、こういう事に関しては強気で聞けないのがアリアだった。

 今回も、一緒にいたいから付き添いを頼まれたのかと思ったが。必要だったのは自分ではなく、自分の〝魔法〟だった事に一人で愕然としている。
 
 普段から勝手にグレンの仕事を手伝って、勝手にグレンに付きまとっているのは自分だという事は理解している。
 しかし。

 ──私って、都合のいい女してるのかな?
 なんて事まで考えだす。

 グレンがアリアを振り回そうとしているとは思えないが、モヤモヤした感情は消えないのだ。

 そんな事ばかり考えながら魔法を放置していたら。
 ふと、アリアは自分の異変に気付いた。

 先ほどからずっと回復魔法を使用しているのに、何故体内の魔力が減る感じがしないのだろうか?

 いや。それは消費していないのではなかった。
 別の魔力が自分の中に流れ込んで来ていたのだ。

 アリアが使用している回復魔法を伝い、死生蝶が自分の体内に流入している……と、それに気付いた時には遅かった。

 膨大な量の〝死生蝶〟が流れ込んでおり、自分の魔力と混じる事で拒絶反応が起きる。
 それは〝魔力暴走〟の始まりなのだ。

 ダメだ、抑えられない!
 と思った瞬間、自分の中で大きな魔力が沸き上がってきた。
 それは大波のように、大量に吸い込んだ〝死生蝶〟を飲み込んでいくような感覚だった。

 身体の中で突然起きた〝魔力大戦争〟とも思える異変にアリアは自分の意識すら維持出来なくなっていく。

 だが自分を呼ぶグレンの声が聞こえた気がして、意識をシッカリ繋ぎ止める。

 すると更に膨れ上がった己の魔力が、一気に〝死生蝶〟を食らいつくしていく。
 それはまるで自分の体内で、別の〝何か〟が力を貸してくれたようだった。

 身体はスッと楽になった。
 体内で起きた〝魔力戦争〟はアリアの魔力が勝利した……かのように見えたのだが。

 今度は自分とは別の〝その何か〟に身体を支配され、気が付けばアリアは自分の意思とは無関係にグレンを地べたに押さえ付けていた。

 一難去ってまた一難、……やはり死生蝶に肉体を乗っ取られた? と一瞬疑ったが。
 体内から死生蝶が消滅している事は感覚的にわかる。

 では〝何が〟体を動かしているのか……と、戸惑っていると。次にアリアの口から、自分が意図しない言葉が零れ出た。

「キミは私をどう思ってるの?」
「あの、アリアさん?」

 困惑するグレンの顔を見ながら、一番戸惑っていたのはアリア自身だった。
 考える暇もなく、アリアの中で別の何かが暴れだしたようだ。

 膨大に生み出される魔力は、体内に留まれないかのように外に漏れだす。
 そして、自分が押さえ込んでいるグレンに重くのし掛かる。

 このままではグレンの身体を押し潰してしまうのではないか? 現に、グレンは苦しそうに顔を歪めていた。

 離れなければとは思うのだが、アリアの身体は自分の意思通りに動かない。
 それどころか自分の口から、再び次の言葉が零れた。

「キミは私が好きなの? 私はキミの何なの? 聞かせて……」

 ──ちょっ、なに言い出すのっ!? と、アリアは自分で自分にツッコミを入れるが声にならない。

 それは確かに自分が思っている事ではあるが、今は違うでしょ! と、場違いな事を口走った別の自分に腹が立つ。
 しかし言葉は止まらない。

「私はキミが好きよ。キミと一緒にいたい。キミは違うの?」

 押さえ込んでいるグレンに流れ落ちるように、自分の内に秘めた想いが零れ出していく。
 アリアはあまりの恥ずかしさに、この場を立ち去りたかったが。
 身体が支配されていてそれすら叶わない。

 相手を押さえ付けて愛の告白をする時がこようとは、完全に頭の可笑しいイカれた女の行動である。
 こんなの完全に嫌われる……と、思ったら涙が溢れ出た。

 ──ああ、そこは普通に流れちゃうんだ。

 などと思いながらも、ある程度自分の意思も肉体に反映される事を知ったアリアは。
 何とかこの状態から脱しようと、必死で自分の中にいる〝別の自分〟を抑え込もうと足掻いた。

 その結果、少しづつ自分を取り戻しつつあった。
 流れ落ちるように溢れ出す感情と魔力を必死で押し殺しながら。
 今の自分の意思を伝えようと、アリアは口を動かす。

「ち、違う……私はこんな……」

 こんな風に告白したいのではない!
 ……ではなくて。

「────こんなのは私じゃない!」

 と、アリアは叫んだ。
 すると途端に身体が軽くなり、体内の魔力が一気に収縮されていくような感じがした。
 急に自由になった己の身体を、慌ててグレンから離した。
 
「ごめんなさい、グレンくん! 私……何がどうなってるのか」
「アリアさん。ひょっとして……」
「ち、違うの! さっき言ったのは────」
「アリアさんって〝精霊憑き〟じゃないんですか?」
「は、はい? せいれいつき?」

 そしてグレンは〝精霊憑き〟と呼ばれる者について教えてくれた。
 精霊に取り憑かれる人間が稀に存在するという事。
 精霊は精神の不安定な者に取り憑いたり、生まれつき宿っていたりするらしい事。

 そして精霊が宿っている者は大きな魔力を持っているが、肉体が自分の意思に反した行動を起こしたりする事もあるとグレンは言う。

 今のアリアはまさにそうだった。
 思い返せば、昔からアリアには自分の記憶にない時間がたまにあったのだ。
 自分の精神が不安定に陥ると、その後の記憶が部分的に抜けている事があった。

 アリアは寝落ちでもしたのかと思っていたが。
 それが精霊に意識を支配されていた時間だと言われても否定は出来ない。

「ちなみに僕もそうです。おそらくは水巫女のリュシカさんもそうだと思います。前にビリディさんに聞いた事があるんですよ。彼女はとんでもない〝力〟を使った事を覚えていないって」

 それを聞いても、直ぐに受け入れれる話ではない。
 しかし今回は、その精霊(?)が〝しでかした事〟を自分で覚えているのだから否定し難い。

 ただ。
 それが精霊だとしても、違ったとしても。少なくとも自分の失態を誤魔化すには〝使える話〟だと、アリアは考えたのだ。

「そっか、じゃあ精霊が勝手にやってたのね」
「おそらくは。でも、すいませんアリアさん。僕、アリアさんの気持ちに全然気付けてなかったんですね」
「いや、だからソレは精霊が……」
「精霊は嘘をつけないんです。自分と一心同体なのでボロボロと本音が出てしまうんですよ」

 グレンの言葉を聞いてアリアは、急速に自分の顔が熱くなっていくのがわかった。
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