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第二章

カニバリズムの会食

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 ◇◇◇◇◇


 海賊〝カニバリズム〟の首領──ファフニル・ローガンは仲間と円卓を囲って、目の前にある豪華な料理を楽しんでいた。

 幹部達は各々忙しくて全員揃う事はあまりないが、揃った時は最高に楽しい。
 今回も三人だけの会食とはなったが、それでもファフニルはこの集まりが何よりの楽しみだったのだ。

 シャンパンを一口飲み、そのグラスをそっとテーブルに置くと、ファフニルは対面に座っている身なりが良くシルクハットを被った貴族風の男に尋ねた。

「それでジェラルド。水巫女はどうなったの?」
「数日ほどルベリオン王国で保護されてたけど、聖王国から女王直属の親衛隊の迎えが来たとか。現在は無事に聖王国に戻ったらしいですね」

 今まさに肉を食おうとしていた所を中断され、ナイフとフォークを持ったまま答えた男──ジェラルドは。
 一応二十歳で、見た目はそれより若く見えるがカニバリズムの【No.2】だった。

「そうか。なら、結果オーライだね。エルギルトは斬首刑だって話だし、聖王国もさすがに水巫女に対する危機感を持っただろうし。二度とこんな事件は起こらないだろう」

 ジェラルドは「だと思いますよぉ」などと上の空で相槌を打ちつつ、必死で目の前の極上の肉にナイフを入れていた。

 その話を聞いて、自分の右手側でグイグイとビールを喉に流し込んでいた女性も会話に加わる。

 灰色のショートヘアーの上からは、ピョコンと白い猫耳が生えているケットシー族の女性──チャミィ。
 年齢を聞いた事はない。
 見た目は人間なら少女といった感じだが、カニバリズムでは【No.4】に位置する。

「シャトルファングのビリディが、水巫女に興味にゃくて本当に良かったにゃ。そのくせ、意外と人情深いのも好感が持てたにゃ」

 とチャミィは祝杯とばかりにビールを飲み干し。
 「プファッ!」っと、おっさんの様な声をあげて、飲んでいたビールジョッキをゴトンとテーブルに置く。

 チャミィの前に並べられた沢山のジョッキをニコニコと見つめながら、ファフニルは「本当、少し意外だったよね」と笑顔で返した。

 チャミィの言う通り。
 ファフニルが最も警戒していた男──ビリディが、今回の件で〝意外とまともな人間〟だった事がわかったのは〝義賊〟であるカニバリズムにとっては朗報だった。

 余計な詮索をする必要が無くなるので、ファフニルの負担も軽減されるというものだ。

「アールズ公爵なんかに水巫女が渡ってたら、それこそ大変だったにゃ」
「本当。それを阻止出来たのはチャミィの機転のおかげだよ」

 ファフニルはカニバリズムのリーダーであり。
 同時にマールーン公国君主、アールズ公爵に一番近い側近という顔も持っている。
 アールズ公爵は、海を制する為にカニバリズムを利用しているつもりのようだが。

 実は最初からファフニルは、アールズを監視する為に協力している。
 つまり、利用しているのはカニバリズムの方だったりするのだ。
 
 
 そのお陰で、聖王国のエルギルトが娘である水巫女の身柄を手放そうとしており、それを引き取る……という話もアールズ本人から聞けた。
 
 水巫女は、水のある所では世界一危険な存在だと多くの者が認識している。
 そんな〝モノ〟をアールズのような男に渡しては、ろくな使い道をしないのは火を見るより明らか。

 何とか阻止しようと考えていた所。
 アールズは『万が一何かあった時の為に、直接の取引は任せる』と〝側近のファフニル〟ではなく〝海賊のファフニル〟に一任してきた。

 いざという時に備えて自分の立場だけは守る決断は、さすが〝糞野郎〟である、と当時のファフニルは笑みを浮かべた程だ。

「しっかしバルドロフには参りましたよ。まさか僕が襲うより前にビリディに襲われて船ごと奪われるなんて……」

 と、ジェラルドはケタケタと笑う。
 バルドロフを使ったのはファフニルの判断だった。

 バルドロフは一応、カニバリズムの海賊だ。
 しかし、ファフニルよりもアールズにヘコヘコするような〝太鼓持ち〟である。
 正直、前から必要のない〝駒〟だと思っていた。

 彼が水巫女を運ぶ途中で偽装したジェラルドに襲わせ、アールズには他の海賊に襲われた事にして水巫女を横取りするつもりだったのだが。

 なんと、それが実行される前にビリディに水巫女を奪われてしまう程〝使えない男〟だった。
 いや〝運が悪い〟と言うべきだろうか。

「ほんとにゃ。あのせいで公国の海軍もでしゃばってきたし。まぁでも海軍が水巫女に沈められる瞬間は、にゃかにゃかスカッとしたにゃ」
「でもチャミィったら、船の財宝はシッカリ自分の物にしちゃってるんだよねぇ」

 ファフニルが笑顔でツッコミを入れる。

「ば、バレてたにゃ? でも、あそこで二人を助けにゃかったらまた海軍が動いて。今度こそ水巫女を奪われてたかもしれにゃいにゃ」
「まあ、確かにね。しかも結局、その後のチャミィの行動でエルギルトを打首まで持っていけたのだから。アレはキミの取り分で異論ないさ」
「えっへん! まあ、ギルドのにぃ様がビリディと和解した時には、さすがに少し焦ったけどにゃ」

 と、チャミィは次のビールを流し込む。

 チャミィの話では、当初ビリディと水巫女を船から救出した後で隙を見て水巫女を奪おうとしたようだが。
 ビリディの目を盗むのは、さすがのチャミィにも難しかったようだ。

「にぃ様って人は、ビリディを倒せる程に強いんでしたっけ?」

 と、肉を食い終えたジェラルドがチャミィに尋ねた。
 チャミィはまるで自分の事のように胸を張ってジェラルドに答えた。

「ギルドのソティラスだからにゃ。にぃ様がルウラにいにゃかったら、今回の水巫女奪取は不可能だったかもしれにゃいにゃ」

 それは、ある意味で良いイレギュラーだったわけだが。
 ファフニルは少々、その〝にぃ様〟を警戒していた。

 チャミィから事前に作戦を聞いていたファフニルは〝空間転写魔法──スペクトルヴィジョン〟により、あの日の取引現場での〝戦い〟を見ているからだ。

 スペクトルヴィジョンは、決めた場所に魔力の鏡を設置する魔法で、その鏡に写る映像は別の鏡にも写し出せる魔法である。
 簡単に言えば、離れた場所の状況を見る事が出来る魔法だ。

 あの光景はファフニルにとって、まさに脅威であった。
 エルギルトの上位召喚魔獣を、ほぼ一瞬で消し去ってしまったのだから。

 水巫女は世界の脅威となる力と呼ばれているが、あの魔法を使う者もかなり脅威な存在ではないのか? と、ファフニルは思ったのだ。

「チャミィは彼とは親しいのかい?」
「にぃ様とは、もう六年以上ににゃるかにゃ? ソティラスはお得意様だからにゃ」
「そっか。じゃあこれからも良好な関係を保っててくれよ。カニバリズムの為にも……」
「んにゃ? にぃ様をカニバリズムにでも引き込むつもりかにゃ。それは楽しそうだにゃ」
「アハハ。そうだね、それもいいかもしれない」

 ファフニルにとっても、味方に出来るならしたい所ではあるが。味方に出来ないなら。

 早めに〝摘む〟必要もあると考えていた────
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