80 / 96
第二章
カニバリズムの会食
しおりを挟む◇◇◇◇◇
海賊〝カニバリズム〟の首領──ファフニル・ローガンは仲間と円卓を囲って、目の前にある豪華な料理を楽しんでいた。
幹部達は各々忙しくて全員揃う事はあまりないが、揃った時は最高に楽しい。
今回も三人だけの会食とはなったが、それでもファフニルはこの集まりが何よりの楽しみだったのだ。
シャンパンを一口飲み、そのグラスをそっとテーブルに置くと、ファフニルは対面に座っている身なりが良くシルクハットを被った貴族風の男に尋ねた。
「それでジェラルド。水巫女はどうなったの?」
「数日ほどルベリオン王国で保護されてたけど、聖王国から女王直属の親衛隊の迎えが来たとか。現在は無事に聖王国に戻ったらしいですね」
今まさに肉を食おうとしていた所を中断され、ナイフとフォークを持ったまま答えた男──ジェラルドは。
一応二十歳で、見た目はそれより若く見えるがカニバリズムの【No.2】だった。
「そうか。なら、結果オーライだね。エルギルトは斬首刑だって話だし、聖王国もさすがに水巫女に対する危機感を持っただろうし。二度とこんな事件は起こらないだろう」
ジェラルドは「だと思いますよぉ」などと上の空で相槌を打ちつつ、必死で目の前の極上の肉にナイフを入れていた。
その話を聞いて、自分の右手側でグイグイとビールを喉に流し込んでいた女性も会話に加わる。
灰色のショートヘアーの上からは、ピョコンと白い猫耳が生えているケットシー族の女性──チャミィ。
年齢を聞いた事はない。
見た目は人間なら少女といった感じだが、カニバリズムでは【No.4】に位置する。
「シャトルファングのビリディが、水巫女に興味にゃくて本当に良かったにゃ。そのくせ、意外と人情深いのも好感が持てたにゃ」
とチャミィは祝杯とばかりにビールを飲み干し。
「プファッ!」っと、おっさんの様な声をあげて、飲んでいたビールジョッキをゴトンとテーブルに置く。
チャミィの前に並べられた沢山のジョッキをニコニコと見つめながら、ファフニルは「本当、少し意外だったよね」と笑顔で返した。
チャミィの言う通り。
ファフニルが最も警戒していた男──ビリディが、今回の件で〝意外とまともな人間〟だった事がわかったのは〝義賊〟であるカニバリズムにとっては朗報だった。
余計な詮索をする必要が無くなるので、ファフニルの負担も軽減されるというものだ。
「アールズ公爵なんかに水巫女が渡ってたら、それこそ大変だったにゃ」
「本当。それを阻止出来たのはチャミィの機転のおかげだよ」
ファフニルはカニバリズムのリーダーであり。
同時にマールーン公国君主、アールズ公爵に一番近い側近という顔も持っている。
アールズ公爵は、海を制する為にカニバリズムを利用しているつもりのようだが。
実は最初からファフニルは、アールズを監視する為に協力している。
つまり、利用しているのはカニバリズムの方だったりするのだ。
そのお陰で、聖王国のエルギルトが娘である水巫女の身柄を手放そうとしており、それを引き取る……という話もアールズ本人から聞けた。
水巫女は、水のある所では世界一危険な存在だと多くの者が認識している。
そんな〝モノ〟をアールズのような男に渡しては、ろくな使い道をしないのは火を見るより明らか。
何とか阻止しようと考えていた所。
アールズは『万が一何かあった時の為に、直接の取引は任せる』と〝側近のファフニル〟ではなく〝海賊のファフニル〟に一任してきた。
いざという時に備えて自分の立場だけは守る決断は、さすが〝糞野郎〟である、と当時のファフニルは笑みを浮かべた程だ。
「しっかしバルドロフには参りましたよ。まさか僕が襲うより前にビリディに襲われて船ごと奪われるなんて……」
と、ジェラルドはケタケタと笑う。
バルドロフを使ったのはファフニルの判断だった。
バルドロフは一応、カニバリズムの海賊だ。
しかし、ファフニルよりもアールズにヘコヘコするような〝太鼓持ち〟である。
正直、前から必要のない〝駒〟だと思っていた。
彼が水巫女を運ぶ途中で偽装したジェラルドに襲わせ、アールズには他の海賊に襲われた事にして水巫女を横取りするつもりだったのだが。
なんと、それが実行される前にビリディに水巫女を奪われてしまう程〝使えない男〟だった。
いや〝運が悪い〟と言うべきだろうか。
「ほんとにゃ。あのせいで公国の海軍もでしゃばってきたし。まぁでも海軍が水巫女に沈められる瞬間は、にゃかにゃかスカッとしたにゃ」
「でもチャミィったら、船の財宝はシッカリ自分の物にしちゃってるんだよねぇ」
ファフニルが笑顔でツッコミを入れる。
「ば、バレてたにゃ? でも、あそこで二人を助けにゃかったらまた海軍が動いて。今度こそ水巫女を奪われてたかもしれにゃいにゃ」
「まあ、確かにね。しかも結局、その後のチャミィの行動でエルギルトを打首まで持っていけたのだから。アレはキミの取り分で異論ないさ」
「えっへん! まあ、ギルドのにぃ様がビリディと和解した時には、さすがに少し焦ったけどにゃ」
と、チャミィは次のビールを流し込む。
チャミィの話では、当初ビリディと水巫女を船から救出した後で隙を見て水巫女を奪おうとしたようだが。
ビリディの目を盗むのは、さすがのチャミィにも難しかったようだ。
「にぃ様って人は、ビリディを倒せる程に強いんでしたっけ?」
と、肉を食い終えたジェラルドがチャミィに尋ねた。
チャミィはまるで自分の事のように胸を張ってジェラルドに答えた。
「ギルドのソティラスだからにゃ。にぃ様がルウラにいにゃかったら、今回の水巫女奪取は不可能だったかもしれにゃいにゃ」
それは、ある意味で良いイレギュラーだったわけだが。
ファフニルは少々、その〝にぃ様〟を警戒していた。
チャミィから事前に作戦を聞いていたファフニルは〝空間転写魔法──スペクトルヴィジョン〟により、あの日の取引現場での〝戦い〟を見ているからだ。
スペクトルヴィジョンは、決めた場所に魔力の鏡を設置する魔法で、その鏡に写る映像は別の鏡にも写し出せる魔法である。
簡単に言えば、離れた場所の状況を見る事が出来る魔法だ。
あの光景はファフニルにとって、まさに脅威であった。
エルギルトの上位召喚魔獣を、ほぼ一瞬で消し去ってしまったのだから。
水巫女は世界の脅威となる力と呼ばれているが、あの魔法を使う者もかなり脅威な存在ではないのか? と、ファフニルは思ったのだ。
「チャミィは彼とは親しいのかい?」
「にぃ様とは、もう六年以上ににゃるかにゃ? ソティラスはお得意様だからにゃ」
「そっか。じゃあこれからも良好な関係を保っててくれよ。カニバリズムの為にも……」
「んにゃ? にぃ様をカニバリズムにでも引き込むつもりかにゃ。それは楽しそうだにゃ」
「アハハ。そうだね、それもいいかもしれない」
ファフニルにとっても、味方に出来るならしたい所ではあるが。味方に出来ないなら。
早めに〝摘む〟必要もあると考えていた────
1
お気に入りに追加
942
あなたにおすすめの小説
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
魔物が棲む森に捨てられた私を拾ったのは、私を捨てた王子がいる国の騎士様だった件について。
imu
ファンタジー
病院の帰り道、歩くのもやっとな状態の私、花宮 凛羽 21歳。
今にも倒れそうな体に鞭を打ち、家まで15分の道を歩いていた。
あぁ、タクシーにすればよかったと、後悔し始めた時。
「—っ⁉︎」
私の体は、眩い光に包まれた。
次に目覚めた時、そこは、
「どこ…、ここ……。」
何故かずぶ濡れな私と、きらびやかな人達がいる世界でした。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す
大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。
その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。
地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。
失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。
「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」
そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。
この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に
これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。
【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」
これが婚約者にもらった最後の言葉でした。
ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。
国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。
やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。
この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。
※ハッピーエンド確定
※多少、残酷なシーンがあります
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2021/07/07 アルファポリス、HOT3位
2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位
2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位
【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676)
【完結】2021/10/10
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる