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第二章
男気溢れる背中
しおりを挟むグレンとアリアは船を停船して、そこで一晩過ごす事になった。
今回の取引相手に対して、チャミィも詳しく知らないと言っていたのでハッキリと何者が現れるかはわからない。
ただ相手となる海賊を見ておきたい、と思いながらグレンは船の帆を見上げた。
二本の剣に貫かれる狼の紋章。
この紋章はビリディいわく〝カニバリズム〟という海賊のマークで、それは大型の組織だという。
「ねえ、グレンくん。来たらどうするの? リュシカちゃんを引き取るって言ってた連中でしょ?」
「何もしないですよ。正直、取引現場を抑えれなければ捕まえる事は出来ませんし。ただ、彼らは〝義賊〟とも呼ばれてるみたいだし、リュシカを引き取ってどうするつもりだったかは聞いてみたいです」
大きな犯罪組織といえばシャトルファング盗賊団が有名だが、海賊ならばカニバリズムだとビリディは断言していた。
しかし、グレンはカニバリズムの名前を殆ど耳にした事がなかった。
それには理由があり、多くの被害報告から有名になったシャトルファングとは違い。
カニバリズムの被害者は多くが〝海賊〟だという。
稀に商船などが襲われる事もあるが、襲われた船が何故か被害を報告しない事が多いようだ。
というか武器や麻薬など、報告出来ないような荷物を狙われている事が多いからだという。
事実。カニバリズムは、海賊に〝同族殺し〟として恐れられる海賊であり、所謂〝義賊〟とも言えるのだろう。
シャトルファングも元は、裏でせこい稼ぎ方をしてる者を狙う〝義賊〟だったらしいが。
組織が大きくなると〝個々〟が自由に動きすぎて、各地で悪事が目立つようになった。
そういう意味では、カニバリズムも〝世界〟を舞台に組織で暗躍しているわりに、シャトルファングのような悪い噂が広まらないのは凄い事だ。
組織の統制が余程シッカリしているのだろうと、グレンは思っていた。
カニバリズムを直に見てみたいとグレンが思ったのも、そんな組織がどんな人間を取引に送って来るのかが気になっていたからだ。
しかし、翌日の朝となっても無人島付近には誰も現れなかった。
海賊船どころか、一般船すら通らないまま時刻は昼を回り。
依頼を請け負った冒険者達も、あまり慣れない船に飽きてきたように無駄口を溢し始める。
「もう現れないんじゃないか?」
「何かを察知されたのかもしれないし。これで依頼も終わりだろ」
「カニバリズムって、組織的海賊のわりに見たって話をあまり聞かないしな」
冒険者達の様子を見て、グレンもこれ以上は無理だろうとマリンルーズへ戻る事を決定した。
相手は思ったより慎重で、事前に下見にでも来ていたのかもしれない。
だとすれば、あれだけ派手に空で魔法を展開していれば遠目に目撃された可能性もある。
まぁ、チャミィがカニバリズム側に今回の作戦を流した可能性も無いとは言えないのだが。
それは後程問い詰めてみる事に決め、何もないままマリンルーズに到着したグレン達はルウラの冒険者ギルドへと戻る事になった。
今回の船員募集の依頼は事前にチャミィからギルドに報酬を払ってもらう事になってるので、後は彼らにギルド報酬を支払うだけで全ては完了となる。
グレンが冒険者達とギルドに戻ると、早速フィルネが一枚の紙を持ってグレンに話しかけてきた。
「あら、意外と早かったのね。はい、これ。依頼主からサイン貰っておいてね。昨日、ギルドに今回の件の報酬だけが一方的に送られてきたわ。本当に謎の依頼主ね。まあ、こっちとしてはあんな大金回収に来いと言われても困るから助かるけど。ただ受理のサインは必要なのよ」
「そ、そうだね。言っておくよ。ははは」
と、誤魔化すようにフィルネから視線を外すと、掲示板の所には待っていたようにチャミィがいた。
相変わらず他の冒険者に認知されていないが、彼女も何か用事があってグレンを待っていたのだろう事はわかる。
ここで話すのは危険なので、たった今フィルネに与えられた仕事を利用しようとグレンは考えた。
「とりあえず、僕は依頼主にサインを貰ってくる事にするよ。じゃあフィルネ。後は冒険者へのギルド報酬の支払いよろしくね」
「あ、ちょっと……」
呼び止めるフィルネを無視して、グレンはその場を足早に立ち去る。
グレンと一緒に帰って来た冒険者達は、一同にフィルネに向かって依頼完了報告を求めた。
小さなフィルネは、一瞬で冒険者に囲まれて見えなくなってしまう。
その光景を見てグレンは「ごめん、フィルネ」と、両手を合わせ謝り、逃げるようにギルドを出た。
それを見て出てきたチャミィと二人で酒場へと入り、一番隅の人っ気のない席に座る。
早速チャミィは酒を注文していたが、グレンはフィルネから預かった紙をチャミィに渡して言う。
「チャミィ、これにサイン頼むよ」
「わかったにゃ。それより上手くいったかにゃ? こっちにもさすがに王宮の情報は入ってこにゃいが、約束は守ってくれたにゃ?」
「ああ、問題ないよ。ビリディは脱獄の罪をシッカリ受けて牢に入ってるはずだ」
「本当かにゃ?」
チャミィは本来、ソティラスからの依頼でビリディの情報を追っていたので。
協力してもらう代わりに、グレンも彼女の顔は立てなければならない。
だが、それは今回の作戦を始める前から、ビリディにも了承してもらっていた事だ。
ソティラスとしてビリディの脱獄騒動を解決しないと、ワーズサニーのギルドの負担を減らせないのだから。
とはいえ。
今回の作戦はビリディのお陰で成り立った所もあると事前にグレンからナルシーに伝えてあり、ビリディの脱獄の罪は若干軽減される事になっている。
そもそも、ビリディは若頭というだけで賞金首になっているが。彼に被害を受けたという者の報告は過去に一つもなかったりする。
「彼の確保は僕が保証する。それよりあの後、本当の取引相手が現れなかったんだ。まさか、作戦情報流したりしてないよね?」
「それはしてにゃい。途中で、にぃ様達が何かミスしたんじゃにゃいか?」
「まあ、その可能性もないわけじゃないし。チャミィがそう言うなら信じておくよ」
「にぃ様は疑り深いにゃあ」
そう言って、チャミィは不満そうに目を細くして酒を一気飲みした。
実際。利益で動くケットシーを、完全に信じるのは難しい。
だが今回の作戦で脱獄したビリディの捜索も片付き、中央大陸ワーズサニーのギルドは通常に戻るだろう。
更に水巫女誘拐事件も解決した為、中央大陸全体の王国案件も落ち着いてくる事を考慮すれば。
多少は目を瞑る事も必要だと、グレンは思っている。
「じゃあ、中央大陸に戻るにゃ」
「ああ、じゃあまた何かあったら頼むよ」
チャミィは「またにゃ、にぃ様」と、最後の酒をグイっと豪快に飲み干すと、テーブルにジャラジャラと代金を投げて席を立った。
グレンは役目を終えて去って行く、どこか〝男気〟溢れる彼女の後ろ姿を見送る。
今まで気付かなかったが、チャミィの背中には刺青が掘り込まれているようだ。
露出多めの服とはいえ、部分的に隠れて全容は見えないが。
それは、クロスされた剣のようにも見えた────
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