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第二章

聖王国、セルシアクベイルート

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 ◇◇◇◇◇

 聖王国 ── セルシート王宮 ──


 
「エルギルト殿下……」
「────そなたか」
「娘さんが見付かりました。西方大陸のルベリオン王国です」
「やはり西方大陸か。よりによってルベリオンとはな。誰が側にいるのだ?」
「シャトルファング盗賊団のビリディ・リエンです」

 エルギルトは考えていた。
 リュシカが拐われて既に一ヶ月以上になるというのに何故、盗賊が自分の娘といまだに行動を共にしているのかと。
 相手が盗賊なら殺されても変じゃない。

 まさか盗賊ごときが水巫女の力を利用しようなどとは考えないと思うが、こうなると一刻の猶予も無かった。

「わかった、リュシカから目を離すな。ワシも向かう」

 誰もいない月明かりの輝く窓の外にそう答えると、そこにいただろう者の気配がフッと消えた。
 
 エルギルトは椅子から立ち上がり部屋を見渡す。
 この豪華な一室は、王配『エルギルト・クライスト』の為に与えられたような部屋だ。

 王女であり、妻でもある『聖女、フリューシカ・セント・アール・クライスト』は、ここ最近は神殿の中にある質素な部屋で祈りを捧げ続ける日々で。
 この部屋に戻って来る事はなかった。

 かつてはこの部屋に妻と娘がおり、三人で賑やかに過ごしていたが。
 今ではエルギルト一人となり、そしてエルギルトも部屋を出る事を決めた。



 聖女神殿は王宮の隣にある。
 日中は一般の民も入れる所だが、夜間である現在は一般立ち入りが止められている。

 その静かな神殿の奥の大聖堂で、フリューシカは相変わらず神に祈りを捧げていた。

「フリューシカ……」
「ああ、エルギルト。こんな時間に一体どうしましたか?」
「リュシカの所在がわかった」

 フリューシカは突然立ち上がり、パタパタとエルギルトに駆け寄って再度確かめるように呟く。

「ほ、本当なのですか?」
「ああ、ただ少し問題がある。故に、ワシが直々に迎えに行く事にしよう」
「あなたは王配という立場なのですよ!?」
「娘が大盗賊に捕えられていると知れば、お前でもそうするのではないか?」

 エルギルトの言葉に、フリューシカは口に手を当てて表情を曇らせた。
 そして「しかし……」と口にするも、エルギルトは彼女の言葉を遮る。

「ワシの力は知っておるだろう? これはワシのやるべき事だ。必ずリュシカを連れ帰る。お前は国の王女としてワシの外出を許可すればよい」

 少し考えて、フリューシカは凛とした眼差しで答えた。

「そうですか……、ではエルギルト、あなたに命じます。必ず娘を、リュシカを連れて戻って来なさい」
「承知した」


 エルギルトは既にいつでも出れる準備をしていた。
 その為の船、武器、兵士のいない国ながら、自分に忠誠を誓う二十名の配下。

 食料などを船に積込、出港は日が昇る前に行われた。
 船に聖王国の旗などはあげない。
 この船に王族が乗っている事をバレるのは、避けるに越したことはない。

 ただ、逆に旗を挙げない事で海賊などに見付かれば容赦なく襲われる可能性はある。
 しかし、エルギルトは優れた召喚術士だ。
 海賊程度にどうにか出来る者ではない。

 西方大陸──ルベリオン王国にすら、エルギルトが向かう事は伝えていない。
 ルベリオンは完全中立国であり、聖王国にも他の国の争いにも関与しない。

 孤立している聖王国にとっては、もっとも安全な国だが、逆にもっとも頼れない国でもあるのだ。

 言えば普通にエルギルトを受け入れるだろうし、歓迎もしてくれるだろうが。
 もし聖王国を良く思わない他国に、エルギルトの訪問が知れイザコザを引き起こせば、ルベリオン王国はエルギルトを容赦なく追い出すだろう。

 ならば最初から伝える必要はないし、エルギルトはそれで問題ない。
 いや、むしろそうでなくてはならない。

 これはもはや聖王国としての行動ではなく、エルギルト個人の隠密行動だと言って差し支えないのだから。
 逆に〝誰にも〟知られてはならない。
 


 それから二週間以上の航海を終え、エルギルトは西方大陸へと辿り着いた。
 幸い道中では何もなかったし、船は港街マリンルーズへとスムーズに入れた。

 大型船とはいえ、旗を挙げていない以上はただのレジャー船が寄港したようにしか思われない。

 昨今では、金持ち冒険者が大型帆船を所持してても珍しくない。
 現在五十歳のエルギルトは、他から見れば髭面のおっさんでベテラン冒険者のようにも見える。
 殆どの者はエルギルトの顔を知らないのだから。

 こういう時は聖王国が小さな島国で、他国とも殆ど外交を持たなかった事を良かったと思う。

 エルギルトは二人だけ連れて、マリンルーズの酒場へと向かった。
 そこで協力者と会う事になっているのだ。
 

 酒場に入ると数人の客がいた。
 しかし、エルギルトは協力者の顔を知らない。正確には〝その者〟には何人かの伝達者がおり、聖王国で見た者と、この大陸にいる者とは違うのだ。

 何処であろうといつも、向こうから一方的に話し掛けてくるのを待つだけなのだが。
 取り敢えずエルギルトと付き添いの二人は、空いている席に座った。
 
 何も頼まないのは不自然なので、それぞれ一杯だけ西方大陸の名物だという果実酒を頼んだ。

 それから三十分程過ぎると、酒場の客が多くなり賑やかになってきた。

「エルギ……いや、エルさん。本当にここで合ってるんですかね?」

 付き添いの一人がエルギルトに訪ねる。
 西方大陸ではエルギルトの事は〝エル〟と名乗る事になっている。
 堅苦しい立場もこの際無しという話だった。

「うむ。間違ってはいないので、しばらく黙って待つとしよう」

 そう答え、エルギルトは残った果実酒を飲み干した。
 すると突然「そうそう。黙って待つ事にするのにゃ」と、真横から声が聞こえた。

 エルギルトが驚いて横を向くと、そこには細い身体に胸元が大きく開いた服を着た少女が座っていた。
 少女の灰色のショートヘアーの上からは、ピョコンと白い猫耳が生えている。

 付き添いの者達が慌てて腰の剣に手を掛け、席を立ちあがる。
 エルギルトはそれを手で制した。
 エルギルトには、すぐに彼女が協力者だとわかったのだ。

 何故なら聖王国での協力者も、目の前の少女と同じケットシー族だったからだ。
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