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第二章
魔力最強と肉体最強の衝突
しおりを挟むアリアの滞在する宿にやってきたグレンは、少し躊躇しながらもアリアの呼び出しを頼もうと、女将に近付く。
マリンルーズへ行く前にもアリアを迎えに来ているので、女将はグレンの顔を覚えていたらしく向こうから気付いて話しかけてきた。
「おや、その制服。あなた冒険者ギルドの従業員さんだったのかい?」
「あ、はい。そうなんです」
「だからアリアちゃんと仲良しだったんだね。今日は何の用だい? 仕事かい?」
「いえ、アリアさんに少し用事がありまして」
女将は「あらあら……」と少し困ったように眉を下げてグレンの言葉に応えた。
「アリアちゃんなら、朝から森に行ってるよ? 香草を摘みに行ったんだけど、まだ帰ってないのかねぇ」
「そ、そうですか。なら大丈夫です、大した用事ではないので」
グレンは女将にペコリと頭を下げて、直ぐに宿屋を後にした。
宿にいない可能性は考えていたのだが、まさか森に行ったとは正直思っていなかったのだ。
こうなるとチャミィが言ってた赤毛の少女は、アリアの可能性がグンと高まる。
さすがに無視出来ない状況なので、グレンは宿屋の建物裏にある茂みの方へ入り〝転移魔法〟を起動。
チャミィの話では、少女が捕まってたのはグレンがよく知る場所のはずだ。
ならば転移で、すぐ近くまで行ける。
グレンの目の前の景色は、ちょっとした茂みから広大な森の中に変わる。
視界の先、前方三十メートル程先には赤いレンガ造りの家がある。
先ずは基本中の基本である〝探索魔法〟を使用するが、どうにも人間の反応がない。
チャミィの話ぶりでは、そんなに時間が経ってる感じではなかったはずだが? と、グレンは思っていた。
探知魔法にかからない場所といったら、結界の中の屋敷くらいしかないのだが。
正直、普通の人間が侵入出来るとは思えない。
が、万が一もあるので、一応屋敷の方へと近付くと。屋敷の中で男に腕を掴まれているアリアの姿を見た。
その瞬間、グレンの体内の血液が沸騰するような感覚を覚えた。
直ぐに助けなければ、という危機感に駆られた。
あの結界を破る者ならば、全く油断出来ない相手である。
グレンは屋敷の窓を結界もろとも破壊して、その窓から飛び込む。
アリアの手を掴んでいる男のそこそこ太い腕に全力の手刀を打ち込むと、男は不自然な程に身体を派手に回転させて床に打ち付けられた。
その隙にグレンはアリアを抱き上げ、屋敷から連れ出した。
「アリアさん、大丈夫ですか?」
「ぐ、グレンくん。大丈夫だよ、あのね……」
男は直ぐに体制を立て直し、屋敷の中から飛び出してきた。
その姿は黒髪の短髪で、前髪だけが銀色をしている特徴的な髪。盗賊らしい服装と腰にはシミター。
グレンはその男を知っている。
中央大陸にいた時に一度だけ、リンザール付近の街道で見た事があったのだ。
並々ならぬ気配を振り撒いていたが、特に争う理由もないので〝すれ違った〟だけだった。
その後で、その時の男がシャトルファングの若頭──ビリディ・リエンである事を知る事になったのだが。
グレンには特に彼を追う理由もなく、それ以降も会う事はなかった。
数年ぶりに見てもやはり只者ではない。
彼は雰囲気だけでなく、実際にかなり〝出来る〟人間だと、先ほどの手刀の時点でグレンは確信した。
あれは手加減無しの手刀だった。
それもほぼ不意打ちだったにも関わらず、彼はそれが当たる瞬間。自らの腕に込めた力を緩めて、受け流している。
彼は、自分の腕にかかった大きな力を全身を使い受け流したが故に派手に回転するように吹き飛んだのだ。
その反射神経と身のこなしは常人の域を超えている。
グレンは、彼を見た瞬間から無詠唱魔法により最大限まで身体強化が施された状態にしている。
もし、彼がアリアの手を離さなければ、その腕は鋭い手刀により切り落ちていたはず。
「ビリディ・リエン……」
「ほう、俺を知ってるか。お前、何者だよ。普通の人間じゃねぇな。久しぶりにビリビリしやがった」
彼はグレンを覚えていないようだが、それはどうでもよい話だ。
やる気満々のようで、腰の剣を抜いている。
「この屋敷の結界。やはりお前だな? 自分の家の窓ぶっ壊す程、その女が大事だったのかよ」
ビリディは何故かニヤリと笑い、そして直ぐにグレンに向かって剣を横一線に斬りつけてきた。
グレンはそれをバックステップで避けたが、直ぐに風の刃が追撃してくる。
どうやら、上位の風魔法が付与されている剣のようだった。
グレンはその風の刃から、抱えているアリアを庇った為、背中にそれなりの傷を受けた。
これは彼女を庇いながらは無理だ、と判断したグレンはアリアを一旦降ろす事に決めた。
「ちょっと待っててください。彼を先に始末します」
「ちょ、ちょっとグレンくん! あの人は」
「大丈夫です。彼の強さは僕にもわかりますから」
アリアを降ろして、直ぐにグレンはビリディに向かって無詠唱で風の刃を発生させる魔法を繰り出す。
そんなに大した魔法ではなかった。
威力なら、あの剣に付与されている魔法より弱いだろう。
別にそんなもので何とかなるとは、最初からグレンも思っていないのだ。
魔法はあくまで牽制。
グレンはその風に乗るように移動して、硬質化した拳で殴りかかった。
その風の刃は、全く避けなかった彼の頬を切り裂く。
グレンは驚いた。
風の刃を、ものともしない感じで彼は剣を縦一線に振り抜いたのだ。
彼の狙っているのはグレンの拳ただ一つ。
最初から風魔法の威力は見切っていたようだ。
ビリディの剣とグレンの拳が衝突し、まるで金属同士がぶつかったような音が森に響いた。
ビリディもその拳の硬さに相当に驚いたようで、咄嗟にグレンから距離を離した。
これは、一瞬の油断が勝敗を分ける。そうグレンは感じていた。
「おい、マジかよ。お前、無詠唱魔法使いか。くそっ、面白いじゃねぇか」
「そういうあなたも、相当な魔法使いじゃないんですか? あの結界の中に入れたのだから」
「へへへ、そりゃあ少しガッカリさせちまうな。俺は魔力が無いだけだよ」
意外な発言だったが、ビリディが嘘を言ってるようにも見えない。実際に探知魔法を使ったが、ビリディの反応はない。
探知魔法は生物の僅かな魔力を、風が使用者に知らせる魔法なので。
ビリディに魔力がないのは嘘ではなさそうだ。
「さて、魔力最強と肉体最強の頂上決戦といこうじゃねーか。久しぶりにゾクゾクしやがる」
ビリディは楽しんでいるようだが、グレンは少し不気味に感じていた。
何故、こんな危険な奴が近くにいるのに、グレンの中の〝風〟が〝厄〟を知らせなかったのかを。
探知魔法の類いではないので、魔力が無いのは関係ない。つまり彼は〝害〟が無いのか? と、グレンは迷いを感じはじめていた。
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