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小さな依頼主
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◇◇◇◇◇
王国案件が始まってから三週間程も経てば、最低基準もBランク辺りが出始めてくる。
それにより冒険者達の賑わいが一層増したルウラ支店の店内の一角で、パチパチと拍手が鳴り響いた。
「おかえりフィルネちゃん」
「また一緒に頑張ろうね!」
従業員達の温かな声に迎えられるフィルネを見て、グレンは一安心していた。
レオンの一件以来、身体こそ無事だったものの精神的なものが原因でフィルネはずっと休んでいた。
あの事件はフィルネの心に深い傷を残したが、それでも負けずに今日の復帰を迎えた事は、彼女にとって絶対にプラスになるだろう。
これも従業員達が代わる代わる毎日、彼女の家に足を運んだ結果なのだから。
そんな愛されキャラのフィルネが、グレンの所に来て頭を下げた。
二人の間では、グレンが頭を下げる事はあってもフィルネが下げた事は一度もない。
故に、途端に畏まるグレンに、フィルネは「助けてくれてありがとう……」と感謝を口にした。
その一言には、とても深く、丁寧な想いが込められているように感じられ、グレンは思わず敬語になる。
「い、いえ。そんな事気にしなくていいですよ」
「──また、敬語」
ヤバい、怒られる……と思ったが、彼女は何故か照れたように目を剃らした。
予想とは違い怒られなかった事にホッとしたグレンは、珍しく気を遣って自分からフィルネに話題をふってみた。
「そ、それより。フィルネが戻ってくれたお陰で、僕もやっと解放されるよ。ハハッ……」
グレンの言葉の意味を理解出来ずにキョトンとするフィルネだったが、その答えは他の従業員の言動で直ぐに明らかになる。
「なーに言ってるのグレンくん。フィルネちゃんが帰って来てもキミの仕事は減らないよ!」
「そうそう。グレンを指名する客もいるんだし」
「だよな。少しは受付もしてくれなきゃ」
従業員達がグレンに気さくに話し掛ける光景を見て、フィルネは三週間ぶりの笑顔を見せた。
グレンにしてみれば、フィルネがいなかった期間に従業員達が急に皆、話しかけてくるようになり。時には仕事を頼んできたりするから忙しかったのだ。
以前は、グレンに話し掛けるのはガイとフィルネくらいで。他の者は半分虐めに近い無視状態だったが。
今では〝いじめられる〟ではなく〝いじられる〟感じなのである。
そして、その変化は従業員からだけではない。冒険者や依頼主もグレンに対する態度が違う。
冒険者達も気軽にグレンに話しかけてくるし、依頼主の中にはグレンを指名する者まで現れた。
アリアを探しに行った事や、フィルネの窮地を救った事がグレンの環境に大きな変化を生み出しているのだ。
「そっか……、じゃあ仕方ないから。これからは私がグレンくんに受付のノウハウを教えてあげるよ」
少し調子が出た感じのフィルネの悪戯な言葉に、グレンは困った顔で「勘弁してよぉ」と答えた。
基本的にコミュ障なグレンだが、意外と今の状況を完全に嫌だとは思っていない自分がいた。
むしろ、悪くない。とも思えるのだ。
フィルネも復帰した事で元通り──いや、それ以上に連携の取れた冒険者ギルドとなったルウラ支店だが。
その店内にある柱時計の針は、間も無く正午を迎えようとしている。
昼御飯などで人が減ってきた店内で、グレンはギルド入り口の開き扉の動きに目を奪われていた。
誰もいないのに扉が少しづつ開かれようとしている。
──なんだ? と、よく見たら。
小さな女の子が自分の背丈より数倍大きな扉を押し開けて、店内に入って来ようとしていた。
年齢はまだ六歳とか、そんなものだろう。
ずいぶんと場違いだと思ったが、その女の子はカウンターの方へと歩いて行き、女性従業員と話している。
その従業員──ロザリア・マレントスは三十代後半くらいで、その女の子と対峙すると親子かのようだ。
気になったグレンは近づいて様子を見る事にした。
すると、女の子はポケットから何かを取り出してロザリアに手渡している。
どうも銅貨のようだ。何故かロザリアが困った顔をすると、女の子が泣き出した。
慌てたロザリアはメモ帳を取り出し、泣き叫ぶ女の子を慰めながら何やら書き込んでいる。
その後、女の子を店内から送り出すと、再びカウンターに戻り依頼書を書き始めた。
その依頼書が掲示板に貼られたのは、それから数分後の事だ。
〝リーヤマウンテンにいる冒険者の捜索〟と書かれているが、報酬金は〝銅貨一枚〟と記載されていた。
銅貨一枚はさすがのグレンも初めて見る。
冒険者への依頼としてはあり得ない程に少額──というか〝ふざけている〟レベルだ。
もちろん、先ほどの女の子だろうとはグレンにも予想出来たので一応詳細な依頼内容を確認すると。
〝リーヤマウンテンの何処かにいる冒険者、ウルドル・レクチャーを探す〟となっている。
────え? これだけ?
殆ど依頼タイトルと変わらない詳細に、グレンは開いた口が塞がらない。
広大な山で、何の当てもなく人を探す依頼が銅貨一枚ではさすがに誰もやらないだろう。
グレンの探知魔法でも範囲が広すぎて相当に大変だ。
だが、ソティラスとして……という以前に、グレンにはその小さな依頼主を見捨てる気にはならなかった。
王国案件が始まってから三週間程も経てば、最低基準もBランク辺りが出始めてくる。
それにより冒険者達の賑わいが一層増したルウラ支店の店内の一角で、パチパチと拍手が鳴り響いた。
「おかえりフィルネちゃん」
「また一緒に頑張ろうね!」
従業員達の温かな声に迎えられるフィルネを見て、グレンは一安心していた。
レオンの一件以来、身体こそ無事だったものの精神的なものが原因でフィルネはずっと休んでいた。
あの事件はフィルネの心に深い傷を残したが、それでも負けずに今日の復帰を迎えた事は、彼女にとって絶対にプラスになるだろう。
これも従業員達が代わる代わる毎日、彼女の家に足を運んだ結果なのだから。
そんな愛されキャラのフィルネが、グレンの所に来て頭を下げた。
二人の間では、グレンが頭を下げる事はあってもフィルネが下げた事は一度もない。
故に、途端に畏まるグレンに、フィルネは「助けてくれてありがとう……」と感謝を口にした。
その一言には、とても深く、丁寧な想いが込められているように感じられ、グレンは思わず敬語になる。
「い、いえ。そんな事気にしなくていいですよ」
「──また、敬語」
ヤバい、怒られる……と思ったが、彼女は何故か照れたように目を剃らした。
予想とは違い怒られなかった事にホッとしたグレンは、珍しく気を遣って自分からフィルネに話題をふってみた。
「そ、それより。フィルネが戻ってくれたお陰で、僕もやっと解放されるよ。ハハッ……」
グレンの言葉の意味を理解出来ずにキョトンとするフィルネだったが、その答えは他の従業員の言動で直ぐに明らかになる。
「なーに言ってるのグレンくん。フィルネちゃんが帰って来てもキミの仕事は減らないよ!」
「そうそう。グレンを指名する客もいるんだし」
「だよな。少しは受付もしてくれなきゃ」
従業員達がグレンに気さくに話し掛ける光景を見て、フィルネは三週間ぶりの笑顔を見せた。
グレンにしてみれば、フィルネがいなかった期間に従業員達が急に皆、話しかけてくるようになり。時には仕事を頼んできたりするから忙しかったのだ。
以前は、グレンに話し掛けるのはガイとフィルネくらいで。他の者は半分虐めに近い無視状態だったが。
今では〝いじめられる〟ではなく〝いじられる〟感じなのである。
そして、その変化は従業員からだけではない。冒険者や依頼主もグレンに対する態度が違う。
冒険者達も気軽にグレンに話しかけてくるし、依頼主の中にはグレンを指名する者まで現れた。
アリアを探しに行った事や、フィルネの窮地を救った事がグレンの環境に大きな変化を生み出しているのだ。
「そっか……、じゃあ仕方ないから。これからは私がグレンくんに受付のノウハウを教えてあげるよ」
少し調子が出た感じのフィルネの悪戯な言葉に、グレンは困った顔で「勘弁してよぉ」と答えた。
基本的にコミュ障なグレンだが、意外と今の状況を完全に嫌だとは思っていない自分がいた。
むしろ、悪くない。とも思えるのだ。
フィルネも復帰した事で元通り──いや、それ以上に連携の取れた冒険者ギルドとなったルウラ支店だが。
その店内にある柱時計の針は、間も無く正午を迎えようとしている。
昼御飯などで人が減ってきた店内で、グレンはギルド入り口の開き扉の動きに目を奪われていた。
誰もいないのに扉が少しづつ開かれようとしている。
──なんだ? と、よく見たら。
小さな女の子が自分の背丈より数倍大きな扉を押し開けて、店内に入って来ようとしていた。
年齢はまだ六歳とか、そんなものだろう。
ずいぶんと場違いだと思ったが、その女の子はカウンターの方へと歩いて行き、女性従業員と話している。
その従業員──ロザリア・マレントスは三十代後半くらいで、その女の子と対峙すると親子かのようだ。
気になったグレンは近づいて様子を見る事にした。
すると、女の子はポケットから何かを取り出してロザリアに手渡している。
どうも銅貨のようだ。何故かロザリアが困った顔をすると、女の子が泣き出した。
慌てたロザリアはメモ帳を取り出し、泣き叫ぶ女の子を慰めながら何やら書き込んでいる。
その後、女の子を店内から送り出すと、再びカウンターに戻り依頼書を書き始めた。
その依頼書が掲示板に貼られたのは、それから数分後の事だ。
〝リーヤマウンテンにいる冒険者の捜索〟と書かれているが、報酬金は〝銅貨一枚〟と記載されていた。
銅貨一枚はさすがのグレンも初めて見る。
冒険者への依頼としてはあり得ない程に少額──というか〝ふざけている〟レベルだ。
もちろん、先ほどの女の子だろうとはグレンにも予想出来たので一応詳細な依頼内容を確認すると。
〝リーヤマウンテンの何処かにいる冒険者、ウルドル・レクチャーを探す〟となっている。
────え? これだけ?
殆ど依頼タイトルと変わらない詳細に、グレンは開いた口が塞がらない。
広大な山で、何の当てもなく人を探す依頼が銅貨一枚ではさすがに誰もやらないだろう。
グレンの探知魔法でも範囲が広すぎて相当に大変だ。
だが、ソティラスとして……という以前に、グレンにはその小さな依頼主を見捨てる気にはならなかった。
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