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じゃあ、また……
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レオンとて、一線を越えるつもりはない。
ただ己の苛立ちの捌け口として、目の前のフィルネに当たっているだけなのだ。
しかし自分が持ち上げる小柄な少女は、気が付くとバタバタしていた足の動きが止まり、顔色が悪くなってグッタリと項垂れていた。
これ以上はダメだと思っているが、レオンは今さら後に退けなかった。
自分の中の苛立ちがまだ消化されない。
いっそこのまま殺してしまおうか……などと考えた時に、脇腹辺りに何かが衝突した。
レオンの視界がスッと横に流れる。いや飛ばされているのだ、自分の体が。
同時に、つい今まで感じていた少女の重み──フィルネの感触が、フッと無くなった事に気付き。
次の瞬間、全身を地面に激しく打ち付けられた。
呼吸が出来なかった。脇腹に激しい痛みを感じ、ガハガハと声にならない悲鳴が洩れた。
──何が起きた? と辺りを見渡すと数人がゴミを見るような視線を自分に向けている。
そして〝ゴミ箱〟と呼んでいる従業員がフィルネを抱えながら、倒れた自分を見下ろしていた。
その視線は恐ろしく冷たい。
かつてこの男がこんな目をしたのをレオンは見た事がなかった。
────怒っているのか? 普段感情らしい感情を出さない〝ゴミ箱〟が。
だがレオンは初めてその男に恐怖を感じた
しかし、その男──グレンは直ぐにいつものボーッとした表情に戻り「誰か彼女に回復魔法を……」と叫ぶ。
直ぐに冒険者の一人がフィルネに回復魔法を施した。
むせ返る様にして息を吹き返したフィルネは、青ざめた顔でボロボロと涙を流していた。
それを見てレオンは漸く我に返ったのだ。危うく彼女を殺す所だった事に気付いた。
「おい、衛兵を呼べ!」
誰かが叫んだ。その直ぐ後に、何人かの冒険者がレオンを取り押さえる。
そんなに強く押さえなくても俺は動けない! そう叫んだつもりがレオンの声は出なかった。
「まったく、散々バカにしてた従業員に蹴り飛ばされるなんてな! どこまで惨めなんだよ。お前はもう終わりだ」
レオンは、自分を押さえつける冒険者の言葉に、これまでない程の絶望を感じた。
自分は〝ゴミ箱〟に蹴飛ばされたのだ。
情けない。いや、情けなすぎる。
肋骨が折れたのは確実だろう。内臓にもダメージがあるようだ。
だが──あまりの情けなさに、もはや痛みも感じなくなっていた。
それから程なくして王国の兵士がやって来て、レオンは拘束された。王城の地下にある牢獄へと連れていかれたのだ。
────暗い牢の中に放り込まれたレオンは、既に生きる気力を失っていた。
もう三日程経っただろうか。
もはや時間の概念もない日の当たらぬ牢獄で、何の気力もないレオンの耳に懐かしい声が聴こえてきた。
「三番牢か? 了解した」
「はい。わかりました。時間は守りますので」
その声は今や〝かつての仲間〟と呼ぶべき、バズとベッツに違いなかった。
まさか面会に来たのか? だがレオンは会いたくなかった。
惨めな自分をバカにしにきたのか? そんな風に考えるレオンの前に二人の影が落ちる。
「ようレオン。元気……なわけないか」
「やってしまいましたね。あなたは本当にもう……」
レオンは口を聞かなかった。既に話せる程度には回復している。ただ何も言えなかったのだ。
「もう文句言う元気もねぇのかよ?」
バズの言葉に僅かにイラつきを覚えたレオンは、顔をあげる事なくボソボソと溢す。
「何しに来た? 笑いに来たのか。もう俺はお前らとは関係ねえぞ」
「そうですね。レオン。あなたは一年はここから出られないそうですよ」
「本当にお前レオンか? ったく、情けねぇ」
かつての仲間の声は今のレオンには嫌味にしか聞こえなかった。が、もうどうでもいいのだ。
一年と聞いて意外と短いとも思ったが、外に出た所でまともな人生は待っていない。
レオンにとっては既に自分は死んだも同然なのだ。
もはや帰る場所はない。
「もうほっとけ。俺に構うな」
「あーあ。本当に死にかけだなレオン。行くかベッツ」
「そうですね。ここに居てもしょうがないですし」
そう言って引いていく二つの影を確認してレオンは漸く顔をあげた。
すると少し離れた所でバズとベッツが静かにレオンを見ていた。そしてベッツは言うのだ。
「ヴァルハラの復帰は、一年延長ですね」
その顔は笑顔だった。
何を言ってるのだと思っていると、バズがレオンに拳を向けて告げる。
「一年の間に、その情けねぇ面なんとかしろよ。リーダーがそれじゃあ、ヴァルハラの名が廃る」
そしてガハハっと笑う。
やがて二人は「じゃあ、また……」と残して階段の方へと去って行った。
その二人の背中を見て、レオンは今更のように自分の愚かさに気付いた。
そして、頬を温かい水がつたう。
レオン・ペルム、二十四歳。
それは、大人になって初めて流した涙だった────
ただ己の苛立ちの捌け口として、目の前のフィルネに当たっているだけなのだ。
しかし自分が持ち上げる小柄な少女は、気が付くとバタバタしていた足の動きが止まり、顔色が悪くなってグッタリと項垂れていた。
これ以上はダメだと思っているが、レオンは今さら後に退けなかった。
自分の中の苛立ちがまだ消化されない。
いっそこのまま殺してしまおうか……などと考えた時に、脇腹辺りに何かが衝突した。
レオンの視界がスッと横に流れる。いや飛ばされているのだ、自分の体が。
同時に、つい今まで感じていた少女の重み──フィルネの感触が、フッと無くなった事に気付き。
次の瞬間、全身を地面に激しく打ち付けられた。
呼吸が出来なかった。脇腹に激しい痛みを感じ、ガハガハと声にならない悲鳴が洩れた。
──何が起きた? と辺りを見渡すと数人がゴミを見るような視線を自分に向けている。
そして〝ゴミ箱〟と呼んでいる従業員がフィルネを抱えながら、倒れた自分を見下ろしていた。
その視線は恐ろしく冷たい。
かつてこの男がこんな目をしたのをレオンは見た事がなかった。
────怒っているのか? 普段感情らしい感情を出さない〝ゴミ箱〟が。
だがレオンは初めてその男に恐怖を感じた
しかし、その男──グレンは直ぐにいつものボーッとした表情に戻り「誰か彼女に回復魔法を……」と叫ぶ。
直ぐに冒険者の一人がフィルネに回復魔法を施した。
むせ返る様にして息を吹き返したフィルネは、青ざめた顔でボロボロと涙を流していた。
それを見てレオンは漸く我に返ったのだ。危うく彼女を殺す所だった事に気付いた。
「おい、衛兵を呼べ!」
誰かが叫んだ。その直ぐ後に、何人かの冒険者がレオンを取り押さえる。
そんなに強く押さえなくても俺は動けない! そう叫んだつもりがレオンの声は出なかった。
「まったく、散々バカにしてた従業員に蹴り飛ばされるなんてな! どこまで惨めなんだよ。お前はもう終わりだ」
レオンは、自分を押さえつける冒険者の言葉に、これまでない程の絶望を感じた。
自分は〝ゴミ箱〟に蹴飛ばされたのだ。
情けない。いや、情けなすぎる。
肋骨が折れたのは確実だろう。内臓にもダメージがあるようだ。
だが──あまりの情けなさに、もはや痛みも感じなくなっていた。
それから程なくして王国の兵士がやって来て、レオンは拘束された。王城の地下にある牢獄へと連れていかれたのだ。
────暗い牢の中に放り込まれたレオンは、既に生きる気力を失っていた。
もう三日程経っただろうか。
もはや時間の概念もない日の当たらぬ牢獄で、何の気力もないレオンの耳に懐かしい声が聴こえてきた。
「三番牢か? 了解した」
「はい。わかりました。時間は守りますので」
その声は今や〝かつての仲間〟と呼ぶべき、バズとベッツに違いなかった。
まさか面会に来たのか? だがレオンは会いたくなかった。
惨めな自分をバカにしにきたのか? そんな風に考えるレオンの前に二人の影が落ちる。
「ようレオン。元気……なわけないか」
「やってしまいましたね。あなたは本当にもう……」
レオンは口を聞かなかった。既に話せる程度には回復している。ただ何も言えなかったのだ。
「もう文句言う元気もねぇのかよ?」
バズの言葉に僅かにイラつきを覚えたレオンは、顔をあげる事なくボソボソと溢す。
「何しに来た? 笑いに来たのか。もう俺はお前らとは関係ねえぞ」
「そうですね。レオン。あなたは一年はここから出られないそうですよ」
「本当にお前レオンか? ったく、情けねぇ」
かつての仲間の声は今のレオンには嫌味にしか聞こえなかった。が、もうどうでもいいのだ。
一年と聞いて意外と短いとも思ったが、外に出た所でまともな人生は待っていない。
レオンにとっては既に自分は死んだも同然なのだ。
もはや帰る場所はない。
「もうほっとけ。俺に構うな」
「あーあ。本当に死にかけだなレオン。行くかベッツ」
「そうですね。ここに居てもしょうがないですし」
そう言って引いていく二つの影を確認してレオンは漸く顔をあげた。
すると少し離れた所でバズとベッツが静かにレオンを見ていた。そしてベッツは言うのだ。
「ヴァルハラの復帰は、一年延長ですね」
その顔は笑顔だった。
何を言ってるのだと思っていると、バズがレオンに拳を向けて告げる。
「一年の間に、その情けねぇ面なんとかしろよ。リーダーがそれじゃあ、ヴァルハラの名が廃る」
そしてガハハっと笑う。
やがて二人は「じゃあ、また……」と残して階段の方へと去って行った。
その二人の背中を見て、レオンは今更のように自分の愚かさに気付いた。
そして、頬を温かい水がつたう。
レオン・ペルム、二十四歳。
それは、大人になって初めて流した涙だった────
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