上 下
32 / 37
第7章 日常の魔法

第32話 届かない声

しおりを挟む
「如月さん!」

 腕を掴んで、強引に如月さんの足を止める。
 振り向いた如月さんの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「……委員長」

 私を見て、如月さんはまた泣いた。

「急に取り乱して、ごめん……」

 言いながら、如月さんはウィッグを外し、鏡もないのにカラコンも外した。
 きっと如月さんにとっては、変身を解くのは重要なことなんだろう。
 如月さんにとって、蓮さんは特別な理想。だからこそ、その姿のまま泣いたり、取り乱したりするのが嫌なのではないだろうか。
 如月さんにならって、私もウィッグとカラコンを外した。

「……へ、変身部はね、私にとって特別な場所なの。あ、あそこで、蓮の姿になったら……ちゃ、ちゃんと、話したりもできて」
「うん」
「だからこそ、ああいう風に日常の話を持ち出されるのが嫌だった。……変身部では、私は、地味で根暗で不登校の如月姫乃には戻りたくなかった……」

 如月さんは床に座り込み、膝を抱えた。

「早瀬くんに悪気がないことも、ちゃんと分かってる。私のことを心配して、修学旅行の班に誘ってくれたことも……」
「……うん」
「で、でもね、ああいう人にはきっと分からないの。私みたいに、自分が嫌で嫌でたまらない人の気持ちなんて」

 如月さんの気持ちはなんとなく想像できる。でも私は、早瀬くんの気持ちだって想像できてしまう。
 どうしたらいいんだろう?

「……ねえ、委員長。私、どうしよう」

 如月さんが、震える手で私の手を握った。

「優斗にもきつい言い方しちゃったし、優斗が男だって早瀬くんにバレちゃった。……本当に大好きな場所なのに、私が壊しちゃった……」

 如月さんの瞳から、大粒の涙が大量にこぼれ落ちる。とっさにハンカチを渡すと、如月さんがそれで目元をぬぐった。
 ハンカチに、黒い汚れが付着する。きっと、アイライナーとマスカラの汚れだろう。
 なんだか、魔法が解けていくみたい……。

「如月さん、私は……」

 もっと、如月さんのことを知りたい。踏み込んで、仲良くなりたい。如月さんが困っているなら、如月さんの力になりたい。
 私が如月さんに出逢って救われたように、私が、如月さんを救ってあげたい。

「ねえ、委員長。もしかして、優斗だけじゃなくて……先生になにか言われたり、してる?」
「えっ?」
「修学旅行に誘ってやれとか、教室にくるように言ってやれとか。……ひょっとして、早瀬くんもそうなんじゃないの? そもそも委員長が保健室にきてくれたのだって、先生に言われたからだろうし……」
「違う! そんなこと、絶対にないから!」

 確かに、最初に保健室に行ったきっかけは先生だ。委員長だから気にしてやってほしいと言われて保健室へ通っていた。
 でも、今は違う。私が保健室へ行くのは、如月さんに会いたいからだ。誰かになにかを言われたからじゃない。

「私が……私自身が、如月さんと一緒にいたいって思ってるだけ」
「……委員長」
「私は、如月さんのことも、蓮さんのことも、大好きなの」

 如月さんが求めている言葉も、如月さんにかけるべき言葉も、正直よく分からない。でも、私の気持ちはちゃんと伝えたい。

「私は如月さんのこと、大切な友達だって思ってる」
「……ありがとう」

 如月さんは薄く笑って、ゆっくりと立ち上がった。

「でも、ごめん。私今、ちょっと一人になりたいの」
「如月さん……」
「ハンカチ、汚しちゃってごめんね。ちゃんと洗って返すから」
「……そんなの、別にいい」
「ううん。悪いから」

 そう言って、如月さんはハンカチをポケットにしまった。
 そして、軽く頭を下げる。

「またね、委員長」

 追いかけてこないで、と如月さんの顔にはっきりと書いてある。そのまま、如月さんは歩き出した。
 走っているわけじゃない。如月さんの背中は、ゆっくり、ゆっくりと遠ざかっていくだけ。
 手を伸ばせばきっと、簡単に届く。
 だけど、今また追いかけて、今度は何を言えばいい? どうすればいい?
 如月さんは今、一人になりたいって言ってるのに。

「……待ってよ、如月さん」

 私の声はあまりにも小さくて、如月さんには届かなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

太郎ちゃん

ドスケベニート
児童書・童話
きれいな石ころを拾った太郎ちゃん。 それをお母さんに届けるために帰路を急ぐ。 しかし、立ちはだかる困難に苦戦を強いられる太郎ちゃん。 太郎ちゃんは無事お家へ帰ることはできるのか!? 何気ない日常に潜む危険に奮闘する、涙と愛のドタバタコメディー。

【総集編】童話パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。童話パロディ短編集

黒地蔵

紫音@キャラ文芸大賞参加中!
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

トレジャーズ・バディ!

真碧マコト
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 応募作品】  化石に鉱石、呪印にオーパーツ! さらにはオバケにトラップまで⁉  ――この地下遺跡、絶っ対! 普通じゃない!  主人公・鷹杉 晶(たかすぎ あきら)は鉱石や化石が大好きな、ひとよりちょっと背の高い小学五年生の女の子。  そのことをイジワルな男子にからかわれたりもするけれど、ちっとも、まーったく! 気にしていない!  なぜなら、晶のモットーは『自分らしく生きる』ことだから!  ある日、晶はいつものように化石採集にでかける。すると、急に地層に穴が開き、晶はその中に転がり落ちてしまう。  穴の中はどうやら地下遺跡のようで、晶はそこで不思議な祭壇を見つける。そして、その祭壇に触れた途端、晶の手の甲にナゾの印が刻まれてしまった!  出口を求めて地下遺跡をさまよううちに、晶はひとりの少年に遭遇する。御祠 友弥(みほこら ともや)というその少年は、自分はトレジャーハンターであると名乗る。そして、晶に刻まれた印は、寿命を半分にしてしまう『呪印』であり、この呪いを解除するためには、遺跡に隠された『大いなる財宝』を手に入れる必要があるというではないか!  こうして、晶は、どこか謎めいたトレジャーハンターの少年・友弥とともに、『呪印』を解くために、地下遺跡にもぐり宝さがしをすることになるのであった――。

子猫マムと雲の都

杉 孝子
児童書・童話
 マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。  マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。

ぼくの家族は…内緒だよ!!

まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。 それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。 そんなぼくの話、聞いてくれる? ☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

閉じられた図書館

関谷俊博
児童書・童話
ぼくの心には閉じられた図書館がある…。「あんたの母親は、適当な男と街を出ていったんだよ」祖母にそう聴かされたとき、ぼくは心の図書館の扉を閉めた…。(1/4完結。有難うございました)。

処理中です...