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Episode 5 【コンパスの示す先へ】
#36
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宝石達の軽い自己紹介も終わり、黒斗が蛍吾に声をかけた。
「い、今まで人型の男って俺だけだったからマジで嬉しい……。これからよろしくな」
そう言った彼は涙目だ。
黒斗の中で会いに行ける距離に同性が存在する事は大きい。
颯が居ない間は男一人。
住みやすいとはいえ心細いのだ。
近くに居る颯は少々不機嫌になる。
「僕も二人に出会えて嬉しいよ。よろしくねー!」
二人の輪の中に蛍吾が自然と入っていく様子をクリスタと翔平は微笑ましく見ていた。
その後蛍吾は目覚めてから今に至るまでの経緯を語る。
彼は目を覚ますと、ここが何処で何があるのか把握出来ないほど、視界の全てがぼやけ、恐怖に襲われる。
身体全体が何かに触れている感覚からうつ伏せで倒れている事は把握出来たが、時間が経った後も視界は変わらぬまま。
この状態が続いたまま数日間を過ごす事になる。
「ホント、あの時は怖かったよー……。朝と夜は理解出来たけど、手足の感覚を頼りに動き回っていたから、怪我をした時も理由が解らないし、誰かが居る気配もないから、怖くて仕方がなかったなー……」
ハハハ、と苦笑しながら話しているが、彼の話し方はどうもぼんやりしている印象を受ける。
良く言えばなごみ系だ。
「ぼやけていて何も見えなかったのも怖かったけど、やたらと身体が熱かったんだよねー。何日も歩き回っていたら息苦しくなって、気付いたら倒れていたみたいなんだ」
「ワタシも見つけた時は驚いたよ。穏やかな天候の季節にダウンコートを着て倒れていたんだから、いつ倒れてもおかしくない状態だったよ」
敷地の外れ、翔平がいつも街まで往復する道の端っこで彼は倒れていたらしい。
蛍吾の様子がおかしかった事から、自宅へ連れ帰ったのだそうだ。
「たまたま遊びに来たクリスタが『コイツはソレイユの名残りのある魔力を宿している』と言って魔法で浄化していたよ。意識を取り戻してからの視力は多少回復はしたものの、それでも見えないと嘆いていてね。ワタシの予備の眼鏡を付けてもらったら相性が良かったみたいで、遠くまでよく見えると喜んでくれたんだ」
そう言って翔平は自身のつけている眼鏡を外して皆に見せてくれた。
この眼鏡のレンズ自体には度数は入っていないらしい。
その代わりレンズには特殊加工……つまり魔法が付与される事で付けた者の視力に合わせられるそうだ。
「ねぇルナ。ソレイユさん……って誰?」
瑠璃に質問され、そういえば話してなかったと呟いて、身体毎後ろへ向けて宝石達に説明する。
ソレイユは同じ魔石族であり、大魔女として恐れられているルナの師匠だ。
ルナがアトリエに住み込むようになるまでの間、彼女が敷地の管理を行いながら生活をしていたらしい。
この敷地の管理人とは、人間にこの場所を認知させない為の、あくまで形式上のものだと聞いている。
「ルナや。今は確かソレイユの魔力を浄化する試練を受けているんじゃったな?」
「え、どうしてそれを……」
「あやつから前もって話は聞いておる。蛍吾の宝石を浄化してやってくれんかの? ワシの力では完全に浄化しきれんのじゃ」
ルナは姿勢を戻すと大袈裟に首を傾げてクリスタを凝視した。
「え? おばあちゃんはクリスタルの洞窟で目覚めた力のある魔石なんでしょ? ボクや師匠以上に能力を発揮出来るハズだよね?」
「それは昔の話じゃ。今は充分に魔法を発動させる事が出来ん。今のお主なら視えるじゃろ?」
クリスタは自分の胸に指を差す。
それは宝石を意味しており、ルナは言われるがまま魔力感知能力を発動させた。
くっきりと視えるそれには沢山の亀裂が宝石全体を張り巡らせている。
「クラックストーン……」
ルナは言葉を失った。
彼女の宝石は砕ける寸前とまではいかないが、魔力が亀裂部分を流れていくのを確認出来る。
ルナはまだクラックストーンの話を詳しく聞かされていない。
「人間のセカイでは、クラックストーンは効果をより発揮すると言われておるらしいが、ワシら魔石にとっては真逆。宝石が砕けやすくなる事、つまりは宿す魔力に耐えられなくなるのじゃ。ワシの場合は浄化作用が低下し、魔力を思い通りにコントロールする事が困難になってしもうた。魔力感知能力で大地を視る事は出来ても、お主達を視つける事はもう出来ないのじゃよ」
クリスタは視線を落とし、拳を握りしめた。
クラックストーンになってからは情緒が安定せず、不調の時は家から一歩も出られなくなる。
生物よりも長く生きていると出会いと別れが多くなる為、生きる事に失望する事も少なくない。
誰に視線を合わせる事もなくクリスタは心境を話し続けた。
「こやつとの別れが来た時には、大地に魔力を返すつもりでおる」
大地に魔力を返す。
つまりは今の姿で生きる事をやめ、本来の水晶に戻るという事。
宝石を砕くわけではないので《死》に該当はしない。
魔力を大地に返しても、誰かが注げば元の姿に戻る事が出来る。
それが出来ないよう、ソレイユには棺のような魔導具を創ってもらわねばと呟いていた。
「そんな悲しい事を言わないでおくれ。ワタシはアナタに生きて欲しいと心から願っているんだよ」
「……すまない。それに、今はワシの話ではなかったの。ルナや、一度外に出て浄化してやってくれんか? お主の成長をワシにも見せておくれ」
重たい空気の中、クリスタに連れ出されたルナと蛍吾は、家を出て真ん前にある窯炉の端へと向かった。
行儀は悪いが座る場所が限られているので、周囲に何も置かれていない薪割り台に蛍吾を座らせる。
蛍吾は緊張した様子でルナを見つめていた。
「……じゃあ、一度宝石を確認してから浄化させてもらうね」
ルナは右手をかざし、魔力感知能力を発動させる。
彼の宝石はオッドアイの瞳と同様、左側が黄緑、右側が青紫のグラデーションがかったものだ。
――おばあちゃんが浄化しただけあってだいぶクリアになってるけど、確かに完全に霞が取れたわけじゃないなぁ。
ルナは一度深呼吸をして勢いよく目を見開いた。
「知性の石、フローライトよ。今からお前を浄化する!」
蛍吾の周りを淡い光と共に風が覆い舞い上がる。
体感二十秒程でそれは収まり、浄化は完了した。
ルナはもう一度確認し浄化されている事を確認すると、後ろにいるクリスタを見た。
「……ねぇ、おばあちゃん。今の、浄化されるまでの魔力の動きは視えているの?」
ルナは様子を伺いながら質問する。
「感知出来るものの範囲が少なくなっただけとはいえ、完全に視えているわけではないのかもしれないが、浄化されていくところは視えておるよ」
そう言ってクリスタは微笑んだ。
蛍吾はというと、呆然としながらも自身の身体全体を確認している。
心身のだる重い感覚が無くなったと驚いている様子だった。
少しばかり話をしてリビングに戻ると、皆は各々の話をしていたようで、どうやら今は黒斗と颯が修行中だという話題で盛り上がっている。
「おお、戻って来たか。どうだい? 調子は」
「はい、身体が軽くなって、気分も良いです」
蛍吾は翔平と軽く言葉を交わすと元いた席へ座る。
ルナとクリスタも着席すると先程の話題に戻った。
「黒斗君と颯君もそれぞれの目標の為に修行をしているそうだよ。共通の友達が出来て良かったな」
翔平は蛍吾に微笑みかけた。
蛍吾は助けられた後、礼がしたいからと翔平の手伝いをしている内に、陶芸に興味を持つようになった。
行く宛てもなく、クリスタがここに留まるように説得していたのもあり、翔平に弟子入りする事になる。
そして話は黒斗と颯が誰に弟子入りしたのか、という話題に移る。
それぞれが自身の事を話すと、クリスタは驚いた顔でルナを見やった。
「お主……まだ半人前だというのに弟子を迎えたのかい」
「えへへぇ……。だって素質があったからさぁ。今伸ばさないと勿体ないよ」
「……確かに素質はあるようじゃの」
クリスタに見つめられ、黒斗はむず痒い気持ちになった。
二人が黒斗の話をしていると、自然と皆の視線も彼に向く。
――気まずい……。頼むから見ないで……!
いたたまれない気持ちになり、話題が一段落つくまで視線を逸らし続けていた。
そうしていよいよ本題の交易の話になった。
翔平は月に二回ほど街へ行く習慣がある。
目的の一つはキサラギグループでの仕事、もう一つは陶芸家として作品を売りに行く事である。
魔女のアトリエからの交易の代行はキサラギグループの管理者が行う仕様になっているらしい。
「仕事の一環に加えられてはいるが、少なからずワタシはそうは思っていない。今までの管理者の事は知らんが、あくまでワタシのは買い物のついでだ」
翔平は笑って言い切った。
クリスタとソレイユとの信頼関係が築けていなければ、或いはよっぽどのお人好しでない限りはここまで言ってはもらえないだろう。
ルナは交易品が入った袋を藍凛から受け取ると、そのうちのいくつかを翔平に手渡した。
それは先日碧が錬金術で作ったハンドクリームだ。
「それは翔平おじいちゃんにあげるよ。代行のお礼に出来るものが今はそれしかなくて」
翔平はハンドクリームの蓋を開け少しばかりのクリームを指で掬うと、それを両手全体に馴染ませる。
丁度切らしていて困っていたところだから助かると彼は言った。
錬金術で作り出されたそれは、碧の魔力を媒体のひとつとして合成されている。
つまりは光属性の魔力が付与された事で合成物の効果の促進効果があるのだと、ルナはソレイユから教わっている。
「それじゃあ、これを売ったお金で米を買ってくればいいんだね?」
「うん。お願い……します」
どこかぎこちない敬語でお願いすると、目的である交易の話が終わった。
その後、蛍吾は今後どうしたいのかという話になり、ここで修行と恩返しがしたいと言う彼の意思を尊重し、アトリエに来る時だけ別館の一室を使う事に決まった。
「スピーダーと魔導コンパスの事もあるし、後日また来るね。アトリエの説明もしたいし、いつだったら空いてるかなぁ?」
壁掛けカレンダーを見た後、蛍吾は翔平と相談する。
蛍吾は買い物の時だけ翔平と共に街へついて行くようになった。
せっかくだからアトリエに行くついでにお米を持って行くといい。
予定では五日後に街へ行くからと翔平が蛍吾に話すと、一週間後が妥当ではないかと判断し、その時にルナが迎えに行く事になったのだった。
話が一段落し、皆が蛍吾と翔平が行っている陶芸に興味を持っている最中、黒斗はゆっくりと立ち上がるとルナ達に視線を送った。
「これから用事があるんで、お先に失礼します。碧、行こう」
「ふぇ!? う、うん……」
碧は外に出ようとする黒斗の後を慌てて追いかける。
扉が閉まってからの数秒間、この場にいる全員の時が止まっていた。
「「「「……えっ?」」」」
用事があるなんて誰も聞いていない。
宝石達は困惑した様子で玄関を呆然と眺めていた。
「い、今まで人型の男って俺だけだったからマジで嬉しい……。これからよろしくな」
そう言った彼は涙目だ。
黒斗の中で会いに行ける距離に同性が存在する事は大きい。
颯が居ない間は男一人。
住みやすいとはいえ心細いのだ。
近くに居る颯は少々不機嫌になる。
「僕も二人に出会えて嬉しいよ。よろしくねー!」
二人の輪の中に蛍吾が自然と入っていく様子をクリスタと翔平は微笑ましく見ていた。
その後蛍吾は目覚めてから今に至るまでの経緯を語る。
彼は目を覚ますと、ここが何処で何があるのか把握出来ないほど、視界の全てがぼやけ、恐怖に襲われる。
身体全体が何かに触れている感覚からうつ伏せで倒れている事は把握出来たが、時間が経った後も視界は変わらぬまま。
この状態が続いたまま数日間を過ごす事になる。
「ホント、あの時は怖かったよー……。朝と夜は理解出来たけど、手足の感覚を頼りに動き回っていたから、怪我をした時も理由が解らないし、誰かが居る気配もないから、怖くて仕方がなかったなー……」
ハハハ、と苦笑しながら話しているが、彼の話し方はどうもぼんやりしている印象を受ける。
良く言えばなごみ系だ。
「ぼやけていて何も見えなかったのも怖かったけど、やたらと身体が熱かったんだよねー。何日も歩き回っていたら息苦しくなって、気付いたら倒れていたみたいなんだ」
「ワタシも見つけた時は驚いたよ。穏やかな天候の季節にダウンコートを着て倒れていたんだから、いつ倒れてもおかしくない状態だったよ」
敷地の外れ、翔平がいつも街まで往復する道の端っこで彼は倒れていたらしい。
蛍吾の様子がおかしかった事から、自宅へ連れ帰ったのだそうだ。
「たまたま遊びに来たクリスタが『コイツはソレイユの名残りのある魔力を宿している』と言って魔法で浄化していたよ。意識を取り戻してからの視力は多少回復はしたものの、それでも見えないと嘆いていてね。ワタシの予備の眼鏡を付けてもらったら相性が良かったみたいで、遠くまでよく見えると喜んでくれたんだ」
そう言って翔平は自身のつけている眼鏡を外して皆に見せてくれた。
この眼鏡のレンズ自体には度数は入っていないらしい。
その代わりレンズには特殊加工……つまり魔法が付与される事で付けた者の視力に合わせられるそうだ。
「ねぇルナ。ソレイユさん……って誰?」
瑠璃に質問され、そういえば話してなかったと呟いて、身体毎後ろへ向けて宝石達に説明する。
ソレイユは同じ魔石族であり、大魔女として恐れられているルナの師匠だ。
ルナがアトリエに住み込むようになるまでの間、彼女が敷地の管理を行いながら生活をしていたらしい。
この敷地の管理人とは、人間にこの場所を認知させない為の、あくまで形式上のものだと聞いている。
「ルナや。今は確かソレイユの魔力を浄化する試練を受けているんじゃったな?」
「え、どうしてそれを……」
「あやつから前もって話は聞いておる。蛍吾の宝石を浄化してやってくれんかの? ワシの力では完全に浄化しきれんのじゃ」
ルナは姿勢を戻すと大袈裟に首を傾げてクリスタを凝視した。
「え? おばあちゃんはクリスタルの洞窟で目覚めた力のある魔石なんでしょ? ボクや師匠以上に能力を発揮出来るハズだよね?」
「それは昔の話じゃ。今は充分に魔法を発動させる事が出来ん。今のお主なら視えるじゃろ?」
クリスタは自分の胸に指を差す。
それは宝石を意味しており、ルナは言われるがまま魔力感知能力を発動させた。
くっきりと視えるそれには沢山の亀裂が宝石全体を張り巡らせている。
「クラックストーン……」
ルナは言葉を失った。
彼女の宝石は砕ける寸前とまではいかないが、魔力が亀裂部分を流れていくのを確認出来る。
ルナはまだクラックストーンの話を詳しく聞かされていない。
「人間のセカイでは、クラックストーンは効果をより発揮すると言われておるらしいが、ワシら魔石にとっては真逆。宝石が砕けやすくなる事、つまりは宿す魔力に耐えられなくなるのじゃ。ワシの場合は浄化作用が低下し、魔力を思い通りにコントロールする事が困難になってしもうた。魔力感知能力で大地を視る事は出来ても、お主達を視つける事はもう出来ないのじゃよ」
クリスタは視線を落とし、拳を握りしめた。
クラックストーンになってからは情緒が安定せず、不調の時は家から一歩も出られなくなる。
生物よりも長く生きていると出会いと別れが多くなる為、生きる事に失望する事も少なくない。
誰に視線を合わせる事もなくクリスタは心境を話し続けた。
「こやつとの別れが来た時には、大地に魔力を返すつもりでおる」
大地に魔力を返す。
つまりは今の姿で生きる事をやめ、本来の水晶に戻るという事。
宝石を砕くわけではないので《死》に該当はしない。
魔力を大地に返しても、誰かが注げば元の姿に戻る事が出来る。
それが出来ないよう、ソレイユには棺のような魔導具を創ってもらわねばと呟いていた。
「そんな悲しい事を言わないでおくれ。ワタシはアナタに生きて欲しいと心から願っているんだよ」
「……すまない。それに、今はワシの話ではなかったの。ルナや、一度外に出て浄化してやってくれんか? お主の成長をワシにも見せておくれ」
重たい空気の中、クリスタに連れ出されたルナと蛍吾は、家を出て真ん前にある窯炉の端へと向かった。
行儀は悪いが座る場所が限られているので、周囲に何も置かれていない薪割り台に蛍吾を座らせる。
蛍吾は緊張した様子でルナを見つめていた。
「……じゃあ、一度宝石を確認してから浄化させてもらうね」
ルナは右手をかざし、魔力感知能力を発動させる。
彼の宝石はオッドアイの瞳と同様、左側が黄緑、右側が青紫のグラデーションがかったものだ。
――おばあちゃんが浄化しただけあってだいぶクリアになってるけど、確かに完全に霞が取れたわけじゃないなぁ。
ルナは一度深呼吸をして勢いよく目を見開いた。
「知性の石、フローライトよ。今からお前を浄化する!」
蛍吾の周りを淡い光と共に風が覆い舞い上がる。
体感二十秒程でそれは収まり、浄化は完了した。
ルナはもう一度確認し浄化されている事を確認すると、後ろにいるクリスタを見た。
「……ねぇ、おばあちゃん。今の、浄化されるまでの魔力の動きは視えているの?」
ルナは様子を伺いながら質問する。
「感知出来るものの範囲が少なくなっただけとはいえ、完全に視えているわけではないのかもしれないが、浄化されていくところは視えておるよ」
そう言ってクリスタは微笑んだ。
蛍吾はというと、呆然としながらも自身の身体全体を確認している。
心身のだる重い感覚が無くなったと驚いている様子だった。
少しばかり話をしてリビングに戻ると、皆は各々の話をしていたようで、どうやら今は黒斗と颯が修行中だという話題で盛り上がっている。
「おお、戻って来たか。どうだい? 調子は」
「はい、身体が軽くなって、気分も良いです」
蛍吾は翔平と軽く言葉を交わすと元いた席へ座る。
ルナとクリスタも着席すると先程の話題に戻った。
「黒斗君と颯君もそれぞれの目標の為に修行をしているそうだよ。共通の友達が出来て良かったな」
翔平は蛍吾に微笑みかけた。
蛍吾は助けられた後、礼がしたいからと翔平の手伝いをしている内に、陶芸に興味を持つようになった。
行く宛てもなく、クリスタがここに留まるように説得していたのもあり、翔平に弟子入りする事になる。
そして話は黒斗と颯が誰に弟子入りしたのか、という話題に移る。
それぞれが自身の事を話すと、クリスタは驚いた顔でルナを見やった。
「お主……まだ半人前だというのに弟子を迎えたのかい」
「えへへぇ……。だって素質があったからさぁ。今伸ばさないと勿体ないよ」
「……確かに素質はあるようじゃの」
クリスタに見つめられ、黒斗はむず痒い気持ちになった。
二人が黒斗の話をしていると、自然と皆の視線も彼に向く。
――気まずい……。頼むから見ないで……!
いたたまれない気持ちになり、話題が一段落つくまで視線を逸らし続けていた。
そうしていよいよ本題の交易の話になった。
翔平は月に二回ほど街へ行く習慣がある。
目的の一つはキサラギグループでの仕事、もう一つは陶芸家として作品を売りに行く事である。
魔女のアトリエからの交易の代行はキサラギグループの管理者が行う仕様になっているらしい。
「仕事の一環に加えられてはいるが、少なからずワタシはそうは思っていない。今までの管理者の事は知らんが、あくまでワタシのは買い物のついでだ」
翔平は笑って言い切った。
クリスタとソレイユとの信頼関係が築けていなければ、或いはよっぽどのお人好しでない限りはここまで言ってはもらえないだろう。
ルナは交易品が入った袋を藍凛から受け取ると、そのうちのいくつかを翔平に手渡した。
それは先日碧が錬金術で作ったハンドクリームだ。
「それは翔平おじいちゃんにあげるよ。代行のお礼に出来るものが今はそれしかなくて」
翔平はハンドクリームの蓋を開け少しばかりのクリームを指で掬うと、それを両手全体に馴染ませる。
丁度切らしていて困っていたところだから助かると彼は言った。
錬金術で作り出されたそれは、碧の魔力を媒体のひとつとして合成されている。
つまりは光属性の魔力が付与された事で合成物の効果の促進効果があるのだと、ルナはソレイユから教わっている。
「それじゃあ、これを売ったお金で米を買ってくればいいんだね?」
「うん。お願い……します」
どこかぎこちない敬語でお願いすると、目的である交易の話が終わった。
その後、蛍吾は今後どうしたいのかという話になり、ここで修行と恩返しがしたいと言う彼の意思を尊重し、アトリエに来る時だけ別館の一室を使う事に決まった。
「スピーダーと魔導コンパスの事もあるし、後日また来るね。アトリエの説明もしたいし、いつだったら空いてるかなぁ?」
壁掛けカレンダーを見た後、蛍吾は翔平と相談する。
蛍吾は買い物の時だけ翔平と共に街へついて行くようになった。
せっかくだからアトリエに行くついでにお米を持って行くといい。
予定では五日後に街へ行くからと翔平が蛍吾に話すと、一週間後が妥当ではないかと判断し、その時にルナが迎えに行く事になったのだった。
話が一段落し、皆が蛍吾と翔平が行っている陶芸に興味を持っている最中、黒斗はゆっくりと立ち上がるとルナ達に視線を送った。
「これから用事があるんで、お先に失礼します。碧、行こう」
「ふぇ!? う、うん……」
碧は外に出ようとする黒斗の後を慌てて追いかける。
扉が閉まってからの数秒間、この場にいる全員の時が止まっていた。
「「「「……えっ?」」」」
用事があるなんて誰も聞いていない。
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