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Episode 4 【ミラーリング】
#30
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「ひとまず、詳しい話は後にしてテントに入ろうか。ボク、もうくたくただよぉ……」
碧と瑠璃に再会して気が緩んだようで、心身の疲れが一気に出たのだろう。
ルナは珍しくぐったりしており、真っ先にテントの中へ入っていく。
「藍凛ちゃんもどうぞ入って」
瑠璃は心做しか嬉しそうな素振りを見せながらテントに入るように促す。
碧にもどうぞと先を譲られ、よくわからないという表情で四つん這いになって入っていった。
「……おおっ!」
目の前に広がるテントの内側の光景に藍凛は目を輝かせる。
先に入っていたルナから「靴は靴箱へ」と教えられ、言われるがままに靴を入れると、物珍しそうに両手を広げて叫びながらリビングまで走って行った。
続いて入った二人も廊下に腰をかけて藍凛を見守っている。
「あーん……やっぱり可愛い……。妹が出来たらこんな感じなのかなぁ」
「ふぇ!? る、瑠璃……?」
瑠璃は今まで見た事のない表情で藍凛を見つめている。
「……ねぇ、見た目の年齢的にボクと近いと思うんだけど?」
「ほら、ルナはお姉さんだから」
「お姉さん!? わ、悪くないかも……」
上手い具合に丸め込まれたルナだったが、それすら気付かない程、『お姉さん』と言われた事が嬉しかったようだ。
身体を左右に揺らしながらニヤニヤしている。
瑠璃は幸せそうなオーラを放ちながら藍凛の元へと歩いていくと、「これからよろしくね」と言い彼女の頭を優しく撫でた。
嬉しそうにしている藍凛を見つめている彼女からは、見えないお花畑が薄らとあるように思えた。
碧は一人取り残されてしまい、少々引き気味になりながらもリビングへ向かったのだった。
「……ご飯?」
「そうだよ。藍凛は見た事あると思うんだよね」
ひと息ついたあと、皆で晩御飯を食べる事になり、瑠璃が料理を振る舞う事になった。
ルナと藍凛はソファー側に座って出来上がるのを待っている。
いくつかの卵がシンク台に置かれて調理が行われる中、碧は取り出したコップに麦茶を注いで藍凛の目の前に置くと、キッチン側手前の椅子に座った。
藍凛はコップに注がれた茶色い飲み物を物珍しそうに覗き込んでいる。
「見た事ある……かも。……私も飲めるの?」
「飲めるよ。ご飯も食べられる。騙されたと思って飲んでみてよ!」
ルナに勧められ恐る恐る口に入れると、そこに広がる麦茶の香りが彼女の味覚を刺激する。
「美味しい……!」と一言告げるとあっという間に麦茶を飲み干してしまった。
「藍凛ちゃんの宝石ってどんな宝石なの?」
碧はそう尋ねたあと、「今おかわり入れるね」と麦茶をもう一度コップに注いだ。
「……アイオライト。羅針盤とか道標とか、恋愛なんかにも影響を与える石なんだって。ルナに教えてもらった」
藍凛は嬉しそうに入れてもらった麦茶を飲む。
表情は乏しいが全身から感情が伝わってくる独特なオーラを放っていた。
「そうそう、藍凛の宝石って皆と違って加工されている物なんだよ。だからかは分からないけど、目覚める前の、宝石だった頃の記憶があるみたいなんだ」
「ふぇぇ、そうなの?」
「……うん。全部じゃないけど、覚えてる」
「ボクも宝石に違いがあるのは初めて知ったから驚いたよ。あ、ここに居る二人とアトリエにいる一人と一匹は皆天然石なんだよ」
「一人と一匹……?」
「二人とも男なんだけど、一匹は狼の魔獣の姿をしてるんだ」
藍凛が興味津々な様子で話を聞いていると、丁度料理が完成したようで、瑠璃が料理とスプーンが乗ったトレーをテーブルまで運んで来る。
「今日はオムライスを作ってみたの」と微笑みながら藍凛の前にそれを置いた。
「……わぁ!」
藍凛の表情がパァッと明るくなった。
ふわふわトロトロの卵の上にケチャップがハート型にかけられている。
瑠璃と碧がそれぞれの分をテーブルの上に置くと、ルナがいつの間にか取り出したでんきあめを掲げ音頭を取った。
「それじゃあ、いっただきまーす!」
ルナがでんきあめを口いっぱいに頬張り幸せそうにモグモグしている姿を、藍凛はジッと見ていた。
「……あ、そうか。ロボットだから……」
そう呟く藍凛の身体が一瞬淡く光ると、何事もなかったかのように収まっていく。
そうしてスプーンに溢れ出んばかりのオムライスを口に入れ、満面の笑みで味を噛み締めていた。
「今の光って……」
瑠璃は思わず手を止めて「魔法だよね……?」と零したので、藍凛も手を止めて瑠璃を見つめ返した。
「身体が光ると同時に何かを感じとれるというのか、どうすればいいのか解るの。そこに置いてるライフルを見つけて修理したのも、弾丸を命中させられたのもそれ」
「……ライフル、本当に使える物なの……?」
「弾丸さえ入れれば。今は無いし、セーフティをかけてるから安全」
そう話す藍凛は親指を立てて活き活きとしている。
そこから自然とアトリエの話になり、どんな所なのか、何があるのか、どういう事が出来るのかという話題で持ち切りとなる。
――このライフルみたいに、もっと色んな物を創りたい。
藍凛は想像を膨らませながら皆の話を聞いていた。
そうして楽しい食事はあっという間に終わり、就寝の時間までは思い思いの時間を過ごす。
ルナはソファーで立体パズルの続きを、碧は椅子を窓際に置いて星空を眺めながらスケッチブックに絵を描いている。
瑠璃は藍凛の隣で今日の日記を綴っていた。
藍凛が不思議そうな顔で覗き込んでいると、「いつでも思い出せるように、目覚めた時から日記を書いてるんだ」と微笑みながら説明してくれる。
「今日は藍凛ちゃんと出会った大切な日だから、シールを貼ろうと思うんだけど、どれがいいかな?」
そう言って瑠璃は日記帳に挟んでいたシール帳を差し出すと、色んな柄の小さなシールが沢山あった。
大切な出来事があった日には必ずシールを貼る事にしているようだ。
「……これ」
藍凛は右上あたりにあるクマのシールを指差すと、瑠璃はそれを今日の日記に貼り付ける。
「明日から楽しみだね」と二人は笑いあい、何事もなく一夜を過ごしたのだった。
翌日。
場所は変わってアトリエ敷地の北東部。
敷地の境界線が近い場所で黒斗は走っていた。
「なんでここに居るんだよ!? ふざけんなって!!」
泣き叫びながら東の方角へ走り続けている。
事の経緯は十三時を過ぎた頃、日課と修行を済ませた黒斗が敷地内を探索している時だった。
初めてアトリエを訪れた時に通った道を歩いていると、見覚えのある魔獣と遭遇してしまう。
グレイッシュレッドの魔獣……ルナがくまくまベアーと呼んでいる魔獣だ。
前回出くわした時の魔獣とは違って頭に生えている二本の角の一本が折れているが、同じ魔獣であるかは定かではない。
目と目が合い、向こうが先に行動を起こしたので、黒斗は咄嗟に東へ逃げたのだ。
「こんなん、帰りたくても帰れねぇって!!」
赤毛の魔獣は火属性の魔法を扱う。
過去に目の当たりにしているのを覚えていたので、燃やされないようにアトリエから離れたのだ。
魔法を繰り出される度に防壁魔法を張って何とか防げてはいるが、いつ木々に魔獣の魔法が当たってしまってもおかしくはない。
「もう無理ー!!」と泣き叫んでいると、一匹の獣が後ろから勢いよくこちらへ向かってくる姿があった。
「うぉりゃー!」
颯はくまくまベアーの右側まで来ると、勢いよく斜め前に体当たりをする。
あっという間に飛ばされて行ったのを確認すると、黒斗は座り込み、颯は彼に駆け寄った。
「……ったく、たまたま見かけたから良かったけど、本当に情けねぇなぁ」
「……あ、ありがとう……助かった……」
「つーかオマエ、こんな所で何してたんだ?」
「え、修行の一環でここの敷地を巡ってた……」
「修行? 何の修行してんの?」
「あれ、言ってなかったっけ? 魔力操作を習得する為の修行なんだけど……」
今初めて知ったと言わんばかりの顔でどんな内容の修行なのかと質問され、黒斗はありのままを伝える。
颯は更に驚き黒斗を睨みつけていた。
「え、そんな誰にでも出来る事で習得出来るもんなの? オレの修行の方が何十倍も大変なんだけど!?」
「……お前はどんな事してんの?」
「オレ? 今は体力作りと忍耐力、攻撃力を上げる為に色々やってる。怪我する事も多いし大変だけど、徐々に強くなってるって実感はあるぜ! 仲間を守る為に先陣を切って、攻撃を受けながら戦う戦法を先ずは覚えろって言われてる」
「……そっか」
「なんつーか、同じ修行でも得るものが違うだけでこう落差があると拍子抜けしちまうというか、こっちは苦労を買って頑張ってるのにってなんか理不尽に思っちまうけど……。そういうもんなんだろうな。ま、お互い頑張ろうぜ!」
颯はニカッと笑い「そろそろアトリエへ戻ろう」と言うと、首に付けられた魔導コンパスを見つめている。
無属性クリスタルの内側に映るコンパスがアトリエまでの道を示してくれていた。
「お、見つけたー! くまくまがこっちに飛んできたから更に蹴飛ばしてやったんだけど、あれを飛ばしたのって颯?」
黒斗の後ろからルナの声が聞こえたので振り返ってみると、スピーダーを身に付けているであろう一行がものすごいスピードでこちらに向かってくる。
黒斗は想像以上の速さに驚き、一瞬だけ呼吸が止まり呼吸を荒らげていた。
ルナは変身を解いて人型の姿に戻ると、スライディングしながら颯の隣りに座る。
「おうよ! コイツが追われてたからドーンと体当たりで……!」
「さっすが颯! 頼りになるなぁ!」
「フフン。何かあってもオレ様に任せな!」
「じゃあ任せちゃおっかなー!」
颯は鼻高々と優越感に浸っている。
徐に立ち上がり後ろの三人の元へ向かうと、「碧ちゃん、碧ちゃん!」と自身をアピールしている。
ルナはその様子を軽く見届けると、座り込んだままの黒斗に視線を向けた。
「あのくまくま、火属性だったけど大丈夫だった? 怪我はしてなさそうだけど」
「え、うん……大丈夫。防壁張りながら逃げたから……」
「フムフム、なるほど……」
ルナが考え込んだ姿を見て、黒斗は少し不安になる。
颯とは違い苦労をしているわけではない。
果たして自分はこのままでいいのだろうかと、そんな考えが脳裏を過ぎっていた。
「動きながら防壁を張るのって、実は高度な技なんだよ。ボクも光属性の防壁なら張れるけど、あれって防壁の中心部分に集中しなきゃ張れないからさ。ボクはまだ成功した事がないんだよねぇ……。もしや黒斗って結構器用な方……?」
「へ? そんな……必死で逃げてただけだし……」
「だったら尚更素質があるって事だよ。極めたら確実に強くなれるよ」
「魔力操作を習得出来る日が近いかもしれないなぁ」とブツブツ独り言を零している姿を、座ったままの黒斗は呆然と眺めている。
ルナの言葉に揺らいだ心を支えてもらい、心が温かくなるのをただただ感じ取っていく。
「……ん? どしたの黒斗?」
「……いや、なんでもない。ありがとう」
そう言うと黒斗は重い腰を上げ、砂埃を払ってもう一度ルナを見る。
ルナはニカッと笑ってみせると、奥で話し込んでいる皆に声をかけた。
「さ、帰ろー! 新しい仲間を紹介するのはアトリエに着いてからねっ!」
ピョンと立ち上がり、全員が移動出来る事を確認すると、先陣を切って帰路についたのであった。
碧と瑠璃に再会して気が緩んだようで、心身の疲れが一気に出たのだろう。
ルナは珍しくぐったりしており、真っ先にテントの中へ入っていく。
「藍凛ちゃんもどうぞ入って」
瑠璃は心做しか嬉しそうな素振りを見せながらテントに入るように促す。
碧にもどうぞと先を譲られ、よくわからないという表情で四つん這いになって入っていった。
「……おおっ!」
目の前に広がるテントの内側の光景に藍凛は目を輝かせる。
先に入っていたルナから「靴は靴箱へ」と教えられ、言われるがままに靴を入れると、物珍しそうに両手を広げて叫びながらリビングまで走って行った。
続いて入った二人も廊下に腰をかけて藍凛を見守っている。
「あーん……やっぱり可愛い……。妹が出来たらこんな感じなのかなぁ」
「ふぇ!? る、瑠璃……?」
瑠璃は今まで見た事のない表情で藍凛を見つめている。
「……ねぇ、見た目の年齢的にボクと近いと思うんだけど?」
「ほら、ルナはお姉さんだから」
「お姉さん!? わ、悪くないかも……」
上手い具合に丸め込まれたルナだったが、それすら気付かない程、『お姉さん』と言われた事が嬉しかったようだ。
身体を左右に揺らしながらニヤニヤしている。
瑠璃は幸せそうなオーラを放ちながら藍凛の元へと歩いていくと、「これからよろしくね」と言い彼女の頭を優しく撫でた。
嬉しそうにしている藍凛を見つめている彼女からは、見えないお花畑が薄らとあるように思えた。
碧は一人取り残されてしまい、少々引き気味になりながらもリビングへ向かったのだった。
「……ご飯?」
「そうだよ。藍凛は見た事あると思うんだよね」
ひと息ついたあと、皆で晩御飯を食べる事になり、瑠璃が料理を振る舞う事になった。
ルナと藍凛はソファー側に座って出来上がるのを待っている。
いくつかの卵がシンク台に置かれて調理が行われる中、碧は取り出したコップに麦茶を注いで藍凛の目の前に置くと、キッチン側手前の椅子に座った。
藍凛はコップに注がれた茶色い飲み物を物珍しそうに覗き込んでいる。
「見た事ある……かも。……私も飲めるの?」
「飲めるよ。ご飯も食べられる。騙されたと思って飲んでみてよ!」
ルナに勧められ恐る恐る口に入れると、そこに広がる麦茶の香りが彼女の味覚を刺激する。
「美味しい……!」と一言告げるとあっという間に麦茶を飲み干してしまった。
「藍凛ちゃんの宝石ってどんな宝石なの?」
碧はそう尋ねたあと、「今おかわり入れるね」と麦茶をもう一度コップに注いだ。
「……アイオライト。羅針盤とか道標とか、恋愛なんかにも影響を与える石なんだって。ルナに教えてもらった」
藍凛は嬉しそうに入れてもらった麦茶を飲む。
表情は乏しいが全身から感情が伝わってくる独特なオーラを放っていた。
「そうそう、藍凛の宝石って皆と違って加工されている物なんだよ。だからかは分からないけど、目覚める前の、宝石だった頃の記憶があるみたいなんだ」
「ふぇぇ、そうなの?」
「……うん。全部じゃないけど、覚えてる」
「ボクも宝石に違いがあるのは初めて知ったから驚いたよ。あ、ここに居る二人とアトリエにいる一人と一匹は皆天然石なんだよ」
「一人と一匹……?」
「二人とも男なんだけど、一匹は狼の魔獣の姿をしてるんだ」
藍凛が興味津々な様子で話を聞いていると、丁度料理が完成したようで、瑠璃が料理とスプーンが乗ったトレーをテーブルまで運んで来る。
「今日はオムライスを作ってみたの」と微笑みながら藍凛の前にそれを置いた。
「……わぁ!」
藍凛の表情がパァッと明るくなった。
ふわふわトロトロの卵の上にケチャップがハート型にかけられている。
瑠璃と碧がそれぞれの分をテーブルの上に置くと、ルナがいつの間にか取り出したでんきあめを掲げ音頭を取った。
「それじゃあ、いっただきまーす!」
ルナがでんきあめを口いっぱいに頬張り幸せそうにモグモグしている姿を、藍凛はジッと見ていた。
「……あ、そうか。ロボットだから……」
そう呟く藍凛の身体が一瞬淡く光ると、何事もなかったかのように収まっていく。
そうしてスプーンに溢れ出んばかりのオムライスを口に入れ、満面の笑みで味を噛み締めていた。
「今の光って……」
瑠璃は思わず手を止めて「魔法だよね……?」と零したので、藍凛も手を止めて瑠璃を見つめ返した。
「身体が光ると同時に何かを感じとれるというのか、どうすればいいのか解るの。そこに置いてるライフルを見つけて修理したのも、弾丸を命中させられたのもそれ」
「……ライフル、本当に使える物なの……?」
「弾丸さえ入れれば。今は無いし、セーフティをかけてるから安全」
そう話す藍凛は親指を立てて活き活きとしている。
そこから自然とアトリエの話になり、どんな所なのか、何があるのか、どういう事が出来るのかという話題で持ち切りとなる。
――このライフルみたいに、もっと色んな物を創りたい。
藍凛は想像を膨らませながら皆の話を聞いていた。
そうして楽しい食事はあっという間に終わり、就寝の時間までは思い思いの時間を過ごす。
ルナはソファーで立体パズルの続きを、碧は椅子を窓際に置いて星空を眺めながらスケッチブックに絵を描いている。
瑠璃は藍凛の隣で今日の日記を綴っていた。
藍凛が不思議そうな顔で覗き込んでいると、「いつでも思い出せるように、目覚めた時から日記を書いてるんだ」と微笑みながら説明してくれる。
「今日は藍凛ちゃんと出会った大切な日だから、シールを貼ろうと思うんだけど、どれがいいかな?」
そう言って瑠璃は日記帳に挟んでいたシール帳を差し出すと、色んな柄の小さなシールが沢山あった。
大切な出来事があった日には必ずシールを貼る事にしているようだ。
「……これ」
藍凛は右上あたりにあるクマのシールを指差すと、瑠璃はそれを今日の日記に貼り付ける。
「明日から楽しみだね」と二人は笑いあい、何事もなく一夜を過ごしたのだった。
翌日。
場所は変わってアトリエ敷地の北東部。
敷地の境界線が近い場所で黒斗は走っていた。
「なんでここに居るんだよ!? ふざけんなって!!」
泣き叫びながら東の方角へ走り続けている。
事の経緯は十三時を過ぎた頃、日課と修行を済ませた黒斗が敷地内を探索している時だった。
初めてアトリエを訪れた時に通った道を歩いていると、見覚えのある魔獣と遭遇してしまう。
グレイッシュレッドの魔獣……ルナがくまくまベアーと呼んでいる魔獣だ。
前回出くわした時の魔獣とは違って頭に生えている二本の角の一本が折れているが、同じ魔獣であるかは定かではない。
目と目が合い、向こうが先に行動を起こしたので、黒斗は咄嗟に東へ逃げたのだ。
「こんなん、帰りたくても帰れねぇって!!」
赤毛の魔獣は火属性の魔法を扱う。
過去に目の当たりにしているのを覚えていたので、燃やされないようにアトリエから離れたのだ。
魔法を繰り出される度に防壁魔法を張って何とか防げてはいるが、いつ木々に魔獣の魔法が当たってしまってもおかしくはない。
「もう無理ー!!」と泣き叫んでいると、一匹の獣が後ろから勢いよくこちらへ向かってくる姿があった。
「うぉりゃー!」
颯はくまくまベアーの右側まで来ると、勢いよく斜め前に体当たりをする。
あっという間に飛ばされて行ったのを確認すると、黒斗は座り込み、颯は彼に駆け寄った。
「……ったく、たまたま見かけたから良かったけど、本当に情けねぇなぁ」
「……あ、ありがとう……助かった……」
「つーかオマエ、こんな所で何してたんだ?」
「え、修行の一環でここの敷地を巡ってた……」
「修行? 何の修行してんの?」
「あれ、言ってなかったっけ? 魔力操作を習得する為の修行なんだけど……」
今初めて知ったと言わんばかりの顔でどんな内容の修行なのかと質問され、黒斗はありのままを伝える。
颯は更に驚き黒斗を睨みつけていた。
「え、そんな誰にでも出来る事で習得出来るもんなの? オレの修行の方が何十倍も大変なんだけど!?」
「……お前はどんな事してんの?」
「オレ? 今は体力作りと忍耐力、攻撃力を上げる為に色々やってる。怪我する事も多いし大変だけど、徐々に強くなってるって実感はあるぜ! 仲間を守る為に先陣を切って、攻撃を受けながら戦う戦法を先ずは覚えろって言われてる」
「……そっか」
「なんつーか、同じ修行でも得るものが違うだけでこう落差があると拍子抜けしちまうというか、こっちは苦労を買って頑張ってるのにってなんか理不尽に思っちまうけど……。そういうもんなんだろうな。ま、お互い頑張ろうぜ!」
颯はニカッと笑い「そろそろアトリエへ戻ろう」と言うと、首に付けられた魔導コンパスを見つめている。
無属性クリスタルの内側に映るコンパスがアトリエまでの道を示してくれていた。
「お、見つけたー! くまくまがこっちに飛んできたから更に蹴飛ばしてやったんだけど、あれを飛ばしたのって颯?」
黒斗の後ろからルナの声が聞こえたので振り返ってみると、スピーダーを身に付けているであろう一行がものすごいスピードでこちらに向かってくる。
黒斗は想像以上の速さに驚き、一瞬だけ呼吸が止まり呼吸を荒らげていた。
ルナは変身を解いて人型の姿に戻ると、スライディングしながら颯の隣りに座る。
「おうよ! コイツが追われてたからドーンと体当たりで……!」
「さっすが颯! 頼りになるなぁ!」
「フフン。何かあってもオレ様に任せな!」
「じゃあ任せちゃおっかなー!」
颯は鼻高々と優越感に浸っている。
徐に立ち上がり後ろの三人の元へ向かうと、「碧ちゃん、碧ちゃん!」と自身をアピールしている。
ルナはその様子を軽く見届けると、座り込んだままの黒斗に視線を向けた。
「あのくまくま、火属性だったけど大丈夫だった? 怪我はしてなさそうだけど」
「え、うん……大丈夫。防壁張りながら逃げたから……」
「フムフム、なるほど……」
ルナが考え込んだ姿を見て、黒斗は少し不安になる。
颯とは違い苦労をしているわけではない。
果たして自分はこのままでいいのだろうかと、そんな考えが脳裏を過ぎっていた。
「動きながら防壁を張るのって、実は高度な技なんだよ。ボクも光属性の防壁なら張れるけど、あれって防壁の中心部分に集中しなきゃ張れないからさ。ボクはまだ成功した事がないんだよねぇ……。もしや黒斗って結構器用な方……?」
「へ? そんな……必死で逃げてただけだし……」
「だったら尚更素質があるって事だよ。極めたら確実に強くなれるよ」
「魔力操作を習得出来る日が近いかもしれないなぁ」とブツブツ独り言を零している姿を、座ったままの黒斗は呆然と眺めている。
ルナの言葉に揺らいだ心を支えてもらい、心が温かくなるのをただただ感じ取っていく。
「……ん? どしたの黒斗?」
「……いや、なんでもない。ありがとう」
そう言うと黒斗は重い腰を上げ、砂埃を払ってもう一度ルナを見る。
ルナはニカッと笑ってみせると、奥で話し込んでいる皆に声をかけた。
「さ、帰ろー! 新しい仲間を紹介するのはアトリエに着いてからねっ!」
ピョンと立ち上がり、全員が移動出来る事を確認すると、先陣を切って帰路についたのであった。
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