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Episode 2 【厄廻りディフェンダー】

#8

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 あれから数日間、青年は街の中を歩き回っては面倒事ばかりが続いていた。
 それは第三者からすれば些細な事なのかもしれない。
 ただ、少し知識があるだけの何もわからない青年にとっては勘弁して欲しい事だらけ。
 今はただ安心したい、それだけだった。


「ねぇ! あの子カッコよくない?」

「だね! 見ない顔だけど何処から来たんだろ。話しかけてみようよ!」


 遠くで女子二人がコソコソと話している。
 青年にはその声は届いていなかった。
 昨夜もあの波止場の裏で過ごしていたのだ。
 野宿は体力を奪っていく。
 あまり睡眠は取れていない。
 精神的にも気が滅入っている。
 勇気を振り絞って誰かを頼った方がいいのは解ってはいるが、何分なにぶん災難続きで
 
 身構えて過ごすことにそろそろ限界がきていた。


「ねぇねぇ君、見ない顔だね? どっから来たの?」

「……へ!?」

「私たち、今暇なんだよねー! 良かったらお茶しない?」


 ボーッとしていたところに突然話しかけられ過剰にビビる。
 目の前に人がいることすら気付かなかった。
 そろそろヤバいかもしれないと青年は思った。


「ね、街の中も案内するからさ!!」


 一人の女の子がグイグイと近付き、青年の手を取る。
 青年はどんどん青ざめていった。
 先日の男より力はないとはいえ、今度は
 だんだん身体が震えてきた。


「ご、ごごごご、ごめんなさいっ!!」


 青年は手を払い逃げ出した。
 ――もう勘弁してくれ。
 心の底からそう願った。
 女子達はただ呆然としながら去っていく青年を眺めている。
 追いかけて来ないのが唯一の救いだった。


「……え、ないわ。」


 女子達は引いていた。
 顔は良いのに残念だ、と呆れた様子で去っていく。

 その後も災難は続き、何かにぶつかったりつまずくなどの些細な事から、濡れ衣を着せられたり、追いかけ回されたり、挙句の果てには逃げ道を塞がれて混乱し泣き叫んだりと、面倒事が連続で続いたのだった。
 仕舞いには『泣き叫びながら逃げ回っている男がいる』と街のあちこちで噂されるようになる。


「男なのに情けないわねぇ。」

「明らか向こうに問題あるっしょ。」

「あの時のあれはこうするべきだったよね。」

「困ってるんなら誰かに相談すればいいのに。」

「つーかすぐ逃げるとか失礼すぎんだよ。」

「出る杭は打たれなきゃわからないんじゃない?」

「常識がなってないよね。」

「あれだけ騒がれるのも迷惑なんだよな。」


 何処を歩いても聞こえてくる人々の正論が青年に突き刺さった。
 彼らは青年の行いにストレスをいだき吐き出しているだけに過ぎない。
 それは青年自身も心のどこかで理解していた。
 自分のせいで迷惑をかけている。
 改善しないと生きていけない、立っていられない。誰とも話せない。何処にも居られない。
 そんな事は解っている。
 自分が何者なのか、どうしてすら解らず、不安で仕方がないのだ。
 仕舞いには《こういう風に思われているのではないか》、《自分のいないところでああだこうだ言われているのではないか》と被害妄想が止まらなくなる。
 どうしようもない自分自身に嫌気がさしていた。


「……ざけんな。」


 青年は俯いたまま言葉を零す。
 上手くいかない事への苛立ちが抑えられず、拳に力が入り身体が震えた。


「正論ばっか叩きやがって……。こっちは何が何だかわかんねぇし、災難続きで色々怖くて仕方がねぇのに、誰に何を頼れってんだよ! やってられっか!!」


 青年は俯いたままその場から逃げ去った。
 思わず叫んでしまった最後の言葉は周囲の人々に届いてしまう。
 遠くからブツブツ言っているのが聞こえたがそれらは全て耳からシャットアウトする。
 青年だって災難続きで蓄積されたストレスを吐き出しているだけに過ぎない。
 全てを間に受けていると本当に潰れてしまう。
 ……もうここには居られない。ここに居てはいけない。ひとりになりたい。
 青年の頬には涙が伝っていた。


「……んで、宛もなく森の中を歩き回ってさっきのとこでボーッとしてた。」


 青年は思い詰めた表情で全てをあおに話した。
 話の途中で何度も声を震わせている彼は相当気が滅入っている。
 森の中を歩き回っていた道中も見た事のない生物に追いかけ回されていたという。


「……っ。災難だったねっ…。辛かったよね……。」


 話を聞き終わったあおは泣きながらそう言った。
 涙を拭う彼女に青年はどうすればいいのかわからず戸惑ってしまう。
 その反面、彼女が自分の為に泣いてくれた事で心が少し軽くなったような気がした。


「……私もね、貴方と同じで目覚める前の記憶がないの。何処だかわからない場所で目覚めて。そこ、人が沢山いて、色んな声や音がして、色んなものが視えすぎてて、怖くて逃げてきたの。」

「え……?」

「……ルナに会おう。何も出来ないかもしれないけれど、ルナに会えば何か変わるかもしれない……。」

「ルナ? もしかしてさっき一緒にいた……。」

「うん、一緒にいた犬だよ。」

「い、犬!?」


 予想外の答えに青年は思わず叫んだ。
 今は変身しているだけで、本当は魔法が使える人型ロボットだと聞き更に驚いている。
 ビックリだよねぇ、とあおは微笑みながら言った。


「……あっ。どうしよう。ルナ達とはぐれちゃった。」


 あおは今頃になって二人とはぐれてしまった事に気付く。
 それだけ青年と向き合おうと必死だったという事だが、目印も何も無い森の中でどうすればいいのかわからなくなっている。
 シュンと落ち込んだ様子で辺りをキョロキョロと見渡していた。


「ごめん、俺のせいで……。」

「貴方のせいじゃないよ。……でも、どうしよう。」


 青年も辺りを見渡し状況を確認する。
 木々が疎らに生えている事以外特徴的なものはなく、闇雲に歩き回るのは返って危険だ。
 合流出来る確率がますます下がってしまう。
 幸い数メートル先には二人が落ちてきた崖がある。
 余程の事がない限りは動かない方が策だろうと青年は考えた。


「動き回るのも危ないしここで待ってる方がいいと思……」


 何かを感じ取った青年はおもむろに視線をそこに向ける。
 青年が座っている場所からあおを挟んだ四.五メートル先に、先程までは居なかった毛むくじゃらの生物が立っている。
 グレイッシュブルーの体毛が特徴的なつののある全長二・五メートル程の熊が二足立ちでこちらを見ていた。
 それを呆然と見る青年に気付いたあおも後ろを振り返り視線の先を見る。
 ……少しの間時間が止まった。


「グルルルルッ……。」


 熊が牙を向き呻き声を上げる。
 先程までとは違い、目付きも鋭くなっていた。
 ……これは、ヤバい。


「「ああああああああぁぁぁ!!」」


 状況を理解した二人は半泣きになりながら大声で叫ぶ。
 立ち上がった青年はあおの右手首を掴み、「行くぞ!」と呼びかけ勢いよく走り出した。
 こうなってしまっては逃げ切るしか助かる方法はない……!


「ふっ…ざけんな、馬鹿!! 勘弁してくれ!!」


 青年は何度か振り返りあおの様子を確認する。
 走るペースを少し下げているとはいえ彼女はしっかりついてきてくれていた。
 水色の熊は四足よつあしの姿勢で追いかけてくる。
 ――このまま振り切るしかない!
 二人はがむしゃらに走り続けたのだった。


 一方その頃ルナと瑠璃は道なりに崖を下り、二人が落ちた場所まで辿り着いていた。
 上の崖からここに降りる下り坂までの距離は長く、朝から歩きっぱなしの瑠璃にとってはそろそろ疲れが見え始めている。
「ちょっと休憩させて。」と地面にへたりこんでしまった。
 そんな瑠璃を横目にルナは再度魔力感知能力を発動する。
 この場に魔力の残り香が微かにある。
 ――クソっ、入れ違いか……。
 ルナは瞬時にこの森一体の魔力を感知した。
 崖とは反対側に三つの魔力を確認する。
 内二つはあおと青年、残り一つは……。


「あの魔力……雰囲気的にくまくまだなぁ……。」

「……くまくま?」

「魔獣の一種だよ。ボクが勝手にそう呼んでるだけ。弱い魔獣とはいえこの感じだと襲われてるっぽいし危ないかも……。」

「えぇ!? た、助けに行かなきゃ……!」


 瑠璃は疲れきっていてすぐには立ち上がれなさそうだ。
 すぐにでも向かわないとますます距離が遠ざかってしまう。
 ルナは少し考え込んだ後再度瑠璃と向き合った。


「瑠璃、キミの魔法でボクに。先に二人を助けてくる!キミ自身にも魔法をかけて、動けるようになったらこっちに来て欲しい。」

「ええぇ!? そ、それで本当に見つけられるの?」

「確証はないけど、さっきの感じだと上手くいくと思うんだよね。すぐ見つけられたでしょ? 大丈夫、合流出来なくてもその場に居てくれればボクが必ず迎えに行くから!」


 ルナは尻尾を振りながら飛び跳ね準備運動をしている。
 今すぐにでも飛び出しそうな雰囲気だ。
 瑠璃は不安をいだきながらも承諾したのだった。
 とはいえ、瑠璃は未だに魔法をどうやって発動させるのかを理解していない。
 先程の魔法は無意識に出したようなものだ。
 意識しているのか身体が緊張し強ばってきているようだ。


「……ねぇ、どうすれば魔法って使えるの?」

「うーんとね……。」


 ルナは言葉を選びながら説明する。
 まずは胸の前で両手を組み、その両手に光が集まっていくところをイメージする。
 次にその光を対象物に送り届けるイメージで祈るのだと。
 他のもので例えるなら植物に水を与えるような感じだ。
 説明を聞き終えた瑠璃は早速座ったまま実践してみた。


「……。」


 瑠璃の身体から光の微粒子が舞う。
 ゆっくりと浮かび上がるその光は次第に彼女の両手に集まっていく。
 両手が光り輝いたその時、瑠璃自身とルナの元へその光が流れて行った。
 二人の身体はほんのりと光の微粒子を身に纏っている。
「出来てる、出来てる! ありがとう!」とルナは笑顔で言った。


「よーし……。それじゃあ、行ってくるね! 一瞬だけ強風が吹くから気をつけて!」


 そう言うとルナは数歩前に踏み出しもう一度ぴょんぴょん跳ねては準備運動をする。
 ――一瞬だけ強風が吹くってどういう事だろう?
 瑠璃は訳が分からぬまますぐ側にある木まで四つん這いで向かい、そこからルナを見守った。
 ルナは立ち止まり「風魔法ブリーズ」と唱えると、彼女の周囲を風が舞った。
 その風は一瞬で森の奥へと彼女を連れて吹き去っていく。
 砂埃が舞い、木々から幾分かの葉っぱが落ち、瑠璃のワンピースもめくれ上がりそうになっていた。
 慌ててスカートを抑え強風が収まるのを待った瑠璃は一人呆然とルナが向かった先を眺めている。


「……ひとりぼっちかぁ。だ、大丈夫……だよね……。」


 一人になり心細くなった瑠璃は「大丈夫だ」と自分に言い聞かせる。
 不安に襲われながらも身体が落ち着くのを待つのであった。
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