おやすみご飯

水宝玉

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椎茸とナスの挽肉詰め天麩羅

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カウンターに通されると店主が人好きのする微笑みをたたえながらメニューとおしぼりを差し出してきた。

はあ。
…………あったかい。
冷えた指先がじんわりと温まる。
思わず目に当てると、泣き過ぎてボンヤリした目がじゅわあ、と解されていく。
うっすらとミントの香り。

ほんわりと冷え切った体が温められると、店の中に漂う良い匂いに改めて気がついてお腹がまたきゅうきゅうと鳴る。
お腹空き過ぎてなんならちょっと気持ち悪い。
でも、なんにも食べたいものが思いつかない。
少し自虐的な気持ちになる。
私、彼がいないと食べるものすら決められないのか。
きゅう!となんだかモヤっとした気持ちを代弁するようにお腹がもう一度なった。

カラカラ、と店主が何かを揚げている音がする。
揚げ物か。
彼も好きだったな。唐揚げ。
結構めんどくさいんだよ、あれ。
油跳ねるし。
下準備時間かかるし。
掃除も後始末も手間だし。
…考えていたらまた悲しくなってきた。
揚げ物のリクエストされる時は大体鳥の唐揚げ。もしくはそれをアレンジした何かが多かった。味濃いめ、コッテリ、ガッツリした男飯。
本当のこと言うと、私は揚げ物だったら天麩羅の方が好きだ。
そういえば、天麩羅なんてもうずっと食べてない、かも。

メニューを眺める。
揚げ物の欄にある、天麩羅、の文字が飛び込んでくる。
こんなに空腹で天麩羅なんて食べたら胃もたれは必須。
こんな夜中に揚げ物なんか食べたら、今の体重は維持できない。明日には絶対に増えてる。

でも、もう良いか。
くびれた腰も、ぺたんこのお腹も、見せたい相手はもういない。

「すいません」
「はぁい、少々お待ちください」

店主が来るまでの間にドリンクメニューに目を走らせる。
「お待たせしました」
「えっと、このナスと椎茸の肉詰め天麩羅を一つ…と、このいも焼酎をお湯割りで」
「かしこまりました。少々お待ちください」

あーあ。やっちゃった。
もう3年以上、何だかオシャレな可愛いお酒しか飲んでなかったのにな。
そうだったなぁ。彼と付き合う前は、女の子女の子したお酒なんてお酒じゃ無いなんて思ってたんだった。
飲み会があれば呼ばれて、フラフラ飲みに行って。
皆でベロンベロンになるまで飲んでさ。
そういうの、全然行かなくなって。
………そういえば、あの頃仲良かった皆、元気かな。

何と無く手持ち無沙汰で、ドリンクメニューを眺める。いつも飲んでいる可愛くて何だかオシャレなお酒は全然置いてない。
それが、何だか可笑しくて悲しい。
ふと、焼酎のメニューの終わりにアレンジメニューを見つける。

アレンジ。

「お待たせしました。熱いのでお気をつけ下さい」
 
ことん、と置かれた湯気の立つ陶器の器からふんわりと芋の薫り。

ふう、ふう。
軽く息を吹きかけて一口。
濃い酒の薫り。
あったかい酒が胃の中にするり、と落ちた。

アレンジか。
思えば何かをアレンジするとか、そういうのももうずっとして来なかった気がする。
沙羅はそのままで良いんだよっていつか彼が言ったから?
ううん。もっと些細な事だった気がする。
そうだ。
ポテトフライにマヨネーズって結構美味しいんだよって話した時。
彼が一言「えー、ポテトはそのままかケチャップじゃない?」って言ったから。
それ以降ポテトにマヨネーズは封印して。
その時、何でも、無難な方法を選ぶようにしようって何と無く思った。
何でだっけ。

くぴり、くぴり、と取り止めもなく考えながら焼酎を飲む。
気がつけばもう半分無い。
空っぽの胃が熱い。
結構なペース配分だな、と頭の隅で思う気持ちに気が付かないふりをした。

「お待たせしました。こちらと…もしお醤油が宜しければこちらに。」

ボンヤリしていたら、厚みのある皿の上に盛られた天麩羅がドーン!と目の前に現れた。
見た目にもカラリと揚げられた天麩羅に思わずわぁ、と声が出た。
天麩羅の隅にくし切りのレモンが添えられている。
別皿で塩と、天汁。切子の醤油差し。

ええと、何だっけ。
さっきまでグルグル色々考えて感傷に浸ってたのがなんだか馬鹿らしくなるくらいのインパクト。
視覚からもう美味しそう。
揚げたての天麩羅の前にさっきまで考えてた事が全部吹き飛ばされた。
お腹はもう我慢の限界を訴えている。

いただきます。
心の中でつぶやく。
カリカリとした衣を崩さないように、まずは椎茸を摘みあげる。
椎茸が思いの外大きくて、分厚い。
一つ摘んで持ち上げるとずっしりと重みを感じる。
先ずは塩かな。
椎茸の端にちょんちょん、と塩をつけて、思い切りかぶりついた。
衣が口の中で弾けて呆気なく崩れる。
見た目こそ凄かったが、思っていたよりも随分と軽い口当たり。
歯が椎茸に到達する。グニ、と噛み切ると弾力を感じてぷつり、と千切れた。
同時にじゅわ!!!!と閉じ込められていた椎茸の水分と肉汁が口に飛び込んでくる。

熱い。
でも、美味しい。
夢中で咀嚼する。
甘味を感じる衣に、塩気が混じって味が引き締まる感じがする。
椎茸の弾力を感じながら噛み締める度に旨みが溢れてくる。椎茸の味を邪魔しない様にか控えめな味付けの肉種とあいまってもの凄くジューシーだ。
止まらない。
二口目は天汁で。出汁の効いた天汁にたっぷりと浸して頬張ると、塩の時とはまた違う旨味で口の中が満たされる。
飲み込んでお酒をもう一口。
まろやかな酒が全部を包み込んで胃の中に溶けていく。

美味しい。
凄く。

何度か繰り返して、大きな椎茸が一つ、あっという間に私の胃に収まった。

次はナスだ。
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