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第九話 石を喰らう竜
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俺の体は、あまり睡眠を必要としない。
無論、全く寝なくても良いと言うわけではないが、一日二時間も寝れば事足りるし、おそらく一月程は寝なくても大丈夫だと思う。
神からもらった「超回復」の加護の影響だろう。
だから、寝ずの番は得意だ。だが、得意と好きは必ずとも一致しない。
暗闇の中、一人起きていると要らぬことばかり考えてしまう。まるで目の前の暗闇が俺の未来を暗示しているようで。
「ふぅ、、、」
そんな後ろ向きの思考をため息で押し流す。
ドルマンさんも、ホロも、奴隷たちも皆寝静まっている。峡谷には冷たい風が吹いていた。風に揺れる植物が奏でる音に紛れて、岩を砕くような音が聞こえる。
夜行性の輝石竜子たちが岩を削り、食っているのだろう。
輝石竜子は鉱石食だ。鉱石食とは魔獣独自のものである。この世界は「セレマ」と言う魔術的エネルギーで溢れている。そして、ありとあらゆる自然物や生物はセレマを蓄えている。
だが、一般的な生物は、そのセレマを代謝などに活用できない。ただ体内にあるだけだ。
一方、その身に満ちるセレマを生命活動に使うことができる生物がいる。それが魔獣だ。埒外の巨躯を持つことができる。人智を超えた臂力を振るうことができる。
そして、輝石竜子は魔獣だ。その身はセレマを糧とし営まれている。だから、この峡谷に眠るセレマを多く含んだ鉱石を食すのだ。
誰も食べることがない鉱石を主食にしたことはある意味賢いのではないだろうか。
結果的に、立地的にほとんど日光が差さず、あまり動植物の生息しないこの峡谷では敵などいない、生態系のトップだと言う。彼らにとってはまさにここは天国なのだろう。
今日の昼、日光浴をする輝石竜子を見た。まるで、体は岩で出来ているようで、ところどころに結晶のようなものも生えていた。呑気に日光浴をする姿は、まさに「ここに自分を外せるものはいない。」とでも言いたげなこの世界特有の不思議で美しい光景だった。
輝石竜子の生活音以外聞こえない静寂の夜。そんな取り止めもないことを考えていると、少しだけだが気が紛れた。
「ん、、、、?」
何か引っかかった。
大学時代は医学について勉強したが、高校時代は受験科目の都合生物学を専攻していた。
その浅く昔の知識が違和感を突く。
その違和感の原因はわからない。何かが変だと言う違和感だけある。
なんだ、、?鉱石食、、?鉱石、、ミネラル、、必須アミノ酸、、、違う。峡谷、、?日が差さない、、、日光浴、、、ビタミン、、、
「あっ、、、、」
思わず小さく出た驚きの声。
彼らは、日光浴をする。それが、変温動物としての体温の維持のためなのか、ビタミン生成のためなのかはわからない。だが、確かに日光浴をする。彼らは、太陽のある時間に活動するのだ。つまりは、昼行性である。真夜中である今の時間に生活音が聞こえるのは不可解なのである。
その違和感の原因と詳細に気づき、あたりを見渡した瞬間、俺の体温が氷点下に達するかに思われるほど背筋が凍った。
我々のベースキャンプの周りには、総計10の目があったのだ。
あの、トカゲ特有の突出した眼球が我々を取り囲んでいた。
「起きろおおおおお!!!!!」
大声で全員を叩き起こす。輝石竜子を刺激するかもしれない、なんて無駄な心配よりも今は一分一秒が惜しい。
「アインさん!?これは!?」
ドルマンさんが起きた。まだ現状が把握できていないみたいだ。
「今すぐここから逃げろ、今すぐだ。」
輝石竜子が集まった理由はわからない。だが目的は明らかに我々だ。
「ですが、どこに行けばいいのか、、」
「俺が峡谷を登る道を塞ぐ輝石竜子に攻撃する。そいつをどかしたらあとはお前らだけで逃げろ。俺は残る。」
事態を飲み込んだドルマンさんの目が醒めていく、いや、冷めていく。
「そんなことしたら死にますよ?」
俺は簡潔に告げる。
「俺から奪おうとする奴は許さない。誰であってもだ。」
理由や経緯は必要ない。俺は許さない。ただそれだけなのだ。
何かを察したドルマンさんは静かに告げた。
「、、、わかりました。死なないでくださいね、私本当に貴方のこと気に入っているんですよ?」
ちょうど荷車の準備ができたみたいだ。ホロも既に俺の横に立って体毛を逆立たせていた。俺も剣を抜く。
「俺、滅多なことじゃ死なないので。」
一言、告げて走り出す。
俺たちを取り囲む輝石竜子は5匹いる。うち1匹が退路を塞いでいる。
その1匹の眼球に目掛けてビンを投げる。
輝石竜子は目に向かってくるものに気づき、瞬膜を閉じた。
瞬間、ビンが当たり割れる。
「ブア゛ァァァァァッ!」
輝石竜子がのたうち回りながら崖を落ちていく。
輝石竜子の眼球に向かって投げたのは、濃硫酸だ。やつの眼球は化学熱傷でぐずぐずになっていることだろう。
ひとまずの障害は突破した。だが、すぐさまにも残りの7匹が追いかけてくる。
速度から、追いつかれるのは明らか。安全に彼等を逃すために俺は殿をつとめる。
「ホロ、お前も先に行け!」
「ワンッ!?」
「正直、足手纏いだ。俺もどうせ逃げることになる。逃げるときの頭数は減らしたい。だから先に行け。」
「クゥン、、。」
しょぼくれるホロを後ろを走る荷車に向かって投げる。
数秒後、荷車が立ち止まった俺の前を走り去る。彼らは逃げられるだろう。
さぁ、勝ち目の無い戦いを始めようか。
背嚢から取り出した濃硫酸を、崖を登ってくる輝石竜子へ投げつける。数の心配なんかしている暇はない。一も二もなく投げる。
ほとんどが当たったが、全くと言っていいほどダメージがなかった。
全身を覆う岩石質の外皮が濃硫酸から体を守っているようだ。
だが、濃硫酸の飛沫が口や鼻に入ったようで、輝石竜子は警戒して少し下がった。
今、5匹全てが峡谷の底にいる。正直一対一で戦いたいが、抜け駆けする奴が荷車を襲うと厄介だ。俺は一度に5匹と対峙するしか選択肢がない。
だから、飛んだ。
目を焼かれ、腹を上に向ける輝石竜子へと飛んだ。
無論腹部も硬い外皮がある。だが、明らかに背部よりは薄そうだ。だからと言って俺の腕力ではその腹を貫けない。外部の力を借りるしか無い。
俺は剣を下へ向けながら重力に引かれ落ちる。落下地点の輝石竜子の腹目掛けて。
鈍い音と同時に全身に衝撃が駆ける。右手は折れただろう。だが、右手の骨と引き換えに確かに輝石竜子の腹を貫いた。
輝石竜子が起き上がれば、俺はどうすることもできない。瞬時に剣を引き抜き、背嚢から取り出した拳大の鉄の塊を傷口に押し込む。
さあ、俺のイースター・エッグをとくと味わってくれ。
傷口から手を引き抜き、輝石竜子から飛び降りた瞬間、ドンッと鈍い音が響き渡る。
結果は明白。いかに硬い外皮をもてど体内で炸裂する手榴弾に耐えられる生物などいない。
「はっ、呆気ないな。」
1匹は殺した。残り4匹だ。
そう思い残りの4匹を見る。
ブチッ
一瞬だった。
折れた右手が宙を舞っていた。
理由は明白、俺の目に捉えられない速度で振られた尻尾。その先で俺の剣が払われたのだ。
払われた剣は右手で持っていた。そして、右手は剣と一緒に払ちぎられた。
最初から明白だったのだ。全長3メートルを超える魔獣。しかも瞬発性に富む爬虫類が5匹。方やただ死ににくい人間1人。老獪な魔術師でもなければ、剣の達人でもないただのC級ハンター1人。
肉体性能が圧倒的に劣っている。もとより勝てる戦いでは無いのだ。
4匹の輝石竜子が一斉に飛びかかってくる。死は刻々と迫っていた。
アインは不死身では無い。ただ超人的な回復力があり、死に辛いだけだ。
もし見ている者がいたならば、こう思うだろう。彼は絶望したと。諦めるしか無い、もとより勝てないのだと。
だが、アインの脳に一抹の不安も、一抹の希望もなかった。その心には、ただ、憎しみがあった。
あぁ、やりやがった。
こいつ、俺から右手を奪いやがったっ!
憎い、殺す、俺から何かを奪う奴は、奪い殺してやるっっ!!
これはきついから使いたくなかったんだ。でも、使ってやる。俺から奪った奴は許さない。地の果てまで追いかけてでも殺す。
背嚢から出したもの、それは、禁忌だった。
それは、悪魔の吐息。
それは、人類の叡智。
それは、第一次世界大戦で猛威を振るった怪物。
ドイツが使用し、歴史上一番死傷者を出した化学兵器の王「マスタードガス」
鋳造された鉄の筒が炸裂する。
瞬間、黄色いガスが立ち籠める。
本来マスタードガスは遅効性であり、環境汚染被害も凄まじい。
だが、このマスタードガス、正式にはマスタードガスでは無いのでジェネリックマスタードガスか?
まあいい話を戻そう、このマスタードガスは東南部に生育する「ポイズンラディッシュ」から精製された物だ。この、ポイズンラディッシュから取れる粘性のある液体が、即効性のあるびらん剤として効果を発揮する。また、自然物であるためか環境汚染被害も少ない。
これは、モルモットだったとき俺がその身で経験した物だ。粘膜への刺すような激痛みとともに外皮へ水疱を引き起こす。また特徴的なマスタード臭もあり、正しくマスタードガスと形容して良い物だった。
輝石竜子が危険を察知し後ずさる。だが、時すでに遅し。激痛でのたうち回り、岩石質の外皮が剥がれ始める。
「ブア゛ァァッ!」
「なぁ?焼けるような痛みがあるよなぁ?俺もあの時は痛かった。共感してくれて嬉しいよ。」
「苦しいのも痛いのも分かち合おうぜ、ガハッ」
無論俺も同じ症状が現れる。はいや肺などの粘膜は潰瘍が生じ、外皮が爛れ始める。痛みは無効化され死ぬ事はないが、毒が効かないわけじゃない。潰瘍から溢れる血を吐き出し酸欠で意識が朦朧とし始める。
だが、俺はこいつらを殺すと決めている。まだ倒れられない。
外皮が毒を通すかどうかはかけだったが、むしろよく効いたみたいだ。剣を阻む岩石質の外皮が剥がれ落ちている。
揺れる視界を気合いで持ち堪え、1匹づつとどめを刺していく。
そうして、最後の1匹を気合いで仕留め、俺は横たわる。
もう声もまともに出せない。正直、窒息を耐えられるかはわからない。
「あ゛い゛つ゛、、ゲホッ、、」
大丈夫、、だろうか、、、、
意識を手放す瞬間、俺の頭にあったのは、俺の前を荷車が過ぎ去る瞬間に見た、あの不思議な少女を守るように、檻の前に立つホロの姿だった。
無論、全く寝なくても良いと言うわけではないが、一日二時間も寝れば事足りるし、おそらく一月程は寝なくても大丈夫だと思う。
神からもらった「超回復」の加護の影響だろう。
だから、寝ずの番は得意だ。だが、得意と好きは必ずとも一致しない。
暗闇の中、一人起きていると要らぬことばかり考えてしまう。まるで目の前の暗闇が俺の未来を暗示しているようで。
「ふぅ、、、」
そんな後ろ向きの思考をため息で押し流す。
ドルマンさんも、ホロも、奴隷たちも皆寝静まっている。峡谷には冷たい風が吹いていた。風に揺れる植物が奏でる音に紛れて、岩を砕くような音が聞こえる。
夜行性の輝石竜子たちが岩を削り、食っているのだろう。
輝石竜子は鉱石食だ。鉱石食とは魔獣独自のものである。この世界は「セレマ」と言う魔術的エネルギーで溢れている。そして、ありとあらゆる自然物や生物はセレマを蓄えている。
だが、一般的な生物は、そのセレマを代謝などに活用できない。ただ体内にあるだけだ。
一方、その身に満ちるセレマを生命活動に使うことができる生物がいる。それが魔獣だ。埒外の巨躯を持つことができる。人智を超えた臂力を振るうことができる。
そして、輝石竜子は魔獣だ。その身はセレマを糧とし営まれている。だから、この峡谷に眠るセレマを多く含んだ鉱石を食すのだ。
誰も食べることがない鉱石を主食にしたことはある意味賢いのではないだろうか。
結果的に、立地的にほとんど日光が差さず、あまり動植物の生息しないこの峡谷では敵などいない、生態系のトップだと言う。彼らにとってはまさにここは天国なのだろう。
今日の昼、日光浴をする輝石竜子を見た。まるで、体は岩で出来ているようで、ところどころに結晶のようなものも生えていた。呑気に日光浴をする姿は、まさに「ここに自分を外せるものはいない。」とでも言いたげなこの世界特有の不思議で美しい光景だった。
輝石竜子の生活音以外聞こえない静寂の夜。そんな取り止めもないことを考えていると、少しだけだが気が紛れた。
「ん、、、、?」
何か引っかかった。
大学時代は医学について勉強したが、高校時代は受験科目の都合生物学を専攻していた。
その浅く昔の知識が違和感を突く。
その違和感の原因はわからない。何かが変だと言う違和感だけある。
なんだ、、?鉱石食、、?鉱石、、ミネラル、、必須アミノ酸、、、違う。峡谷、、?日が差さない、、、日光浴、、、ビタミン、、、
「あっ、、、、」
思わず小さく出た驚きの声。
彼らは、日光浴をする。それが、変温動物としての体温の維持のためなのか、ビタミン生成のためなのかはわからない。だが、確かに日光浴をする。彼らは、太陽のある時間に活動するのだ。つまりは、昼行性である。真夜中である今の時間に生活音が聞こえるのは不可解なのである。
その違和感の原因と詳細に気づき、あたりを見渡した瞬間、俺の体温が氷点下に達するかに思われるほど背筋が凍った。
我々のベースキャンプの周りには、総計10の目があったのだ。
あの、トカゲ特有の突出した眼球が我々を取り囲んでいた。
「起きろおおおおお!!!!!」
大声で全員を叩き起こす。輝石竜子を刺激するかもしれない、なんて無駄な心配よりも今は一分一秒が惜しい。
「アインさん!?これは!?」
ドルマンさんが起きた。まだ現状が把握できていないみたいだ。
「今すぐここから逃げろ、今すぐだ。」
輝石竜子が集まった理由はわからない。だが目的は明らかに我々だ。
「ですが、どこに行けばいいのか、、」
「俺が峡谷を登る道を塞ぐ輝石竜子に攻撃する。そいつをどかしたらあとはお前らだけで逃げろ。俺は残る。」
事態を飲み込んだドルマンさんの目が醒めていく、いや、冷めていく。
「そんなことしたら死にますよ?」
俺は簡潔に告げる。
「俺から奪おうとする奴は許さない。誰であってもだ。」
理由や経緯は必要ない。俺は許さない。ただそれだけなのだ。
何かを察したドルマンさんは静かに告げた。
「、、、わかりました。死なないでくださいね、私本当に貴方のこと気に入っているんですよ?」
ちょうど荷車の準備ができたみたいだ。ホロも既に俺の横に立って体毛を逆立たせていた。俺も剣を抜く。
「俺、滅多なことじゃ死なないので。」
一言、告げて走り出す。
俺たちを取り囲む輝石竜子は5匹いる。うち1匹が退路を塞いでいる。
その1匹の眼球に目掛けてビンを投げる。
輝石竜子は目に向かってくるものに気づき、瞬膜を閉じた。
瞬間、ビンが当たり割れる。
「ブア゛ァァァァァッ!」
輝石竜子がのたうち回りながら崖を落ちていく。
輝石竜子の眼球に向かって投げたのは、濃硫酸だ。やつの眼球は化学熱傷でぐずぐずになっていることだろう。
ひとまずの障害は突破した。だが、すぐさまにも残りの7匹が追いかけてくる。
速度から、追いつかれるのは明らか。安全に彼等を逃すために俺は殿をつとめる。
「ホロ、お前も先に行け!」
「ワンッ!?」
「正直、足手纏いだ。俺もどうせ逃げることになる。逃げるときの頭数は減らしたい。だから先に行け。」
「クゥン、、。」
しょぼくれるホロを後ろを走る荷車に向かって投げる。
数秒後、荷車が立ち止まった俺の前を走り去る。彼らは逃げられるだろう。
さぁ、勝ち目の無い戦いを始めようか。
背嚢から取り出した濃硫酸を、崖を登ってくる輝石竜子へ投げつける。数の心配なんかしている暇はない。一も二もなく投げる。
ほとんどが当たったが、全くと言っていいほどダメージがなかった。
全身を覆う岩石質の外皮が濃硫酸から体を守っているようだ。
だが、濃硫酸の飛沫が口や鼻に入ったようで、輝石竜子は警戒して少し下がった。
今、5匹全てが峡谷の底にいる。正直一対一で戦いたいが、抜け駆けする奴が荷車を襲うと厄介だ。俺は一度に5匹と対峙するしか選択肢がない。
だから、飛んだ。
目を焼かれ、腹を上に向ける輝石竜子へと飛んだ。
無論腹部も硬い外皮がある。だが、明らかに背部よりは薄そうだ。だからと言って俺の腕力ではその腹を貫けない。外部の力を借りるしか無い。
俺は剣を下へ向けながら重力に引かれ落ちる。落下地点の輝石竜子の腹目掛けて。
鈍い音と同時に全身に衝撃が駆ける。右手は折れただろう。だが、右手の骨と引き換えに確かに輝石竜子の腹を貫いた。
輝石竜子が起き上がれば、俺はどうすることもできない。瞬時に剣を引き抜き、背嚢から取り出した拳大の鉄の塊を傷口に押し込む。
さあ、俺のイースター・エッグをとくと味わってくれ。
傷口から手を引き抜き、輝石竜子から飛び降りた瞬間、ドンッと鈍い音が響き渡る。
結果は明白。いかに硬い外皮をもてど体内で炸裂する手榴弾に耐えられる生物などいない。
「はっ、呆気ないな。」
1匹は殺した。残り4匹だ。
そう思い残りの4匹を見る。
ブチッ
一瞬だった。
折れた右手が宙を舞っていた。
理由は明白、俺の目に捉えられない速度で振られた尻尾。その先で俺の剣が払われたのだ。
払われた剣は右手で持っていた。そして、右手は剣と一緒に払ちぎられた。
最初から明白だったのだ。全長3メートルを超える魔獣。しかも瞬発性に富む爬虫類が5匹。方やただ死ににくい人間1人。老獪な魔術師でもなければ、剣の達人でもないただのC級ハンター1人。
肉体性能が圧倒的に劣っている。もとより勝てる戦いでは無いのだ。
4匹の輝石竜子が一斉に飛びかかってくる。死は刻々と迫っていた。
アインは不死身では無い。ただ超人的な回復力があり、死に辛いだけだ。
もし見ている者がいたならば、こう思うだろう。彼は絶望したと。諦めるしか無い、もとより勝てないのだと。
だが、アインの脳に一抹の不安も、一抹の希望もなかった。その心には、ただ、憎しみがあった。
あぁ、やりやがった。
こいつ、俺から右手を奪いやがったっ!
憎い、殺す、俺から何かを奪う奴は、奪い殺してやるっっ!!
これはきついから使いたくなかったんだ。でも、使ってやる。俺から奪った奴は許さない。地の果てまで追いかけてでも殺す。
背嚢から出したもの、それは、禁忌だった。
それは、悪魔の吐息。
それは、人類の叡智。
それは、第一次世界大戦で猛威を振るった怪物。
ドイツが使用し、歴史上一番死傷者を出した化学兵器の王「マスタードガス」
鋳造された鉄の筒が炸裂する。
瞬間、黄色いガスが立ち籠める。
本来マスタードガスは遅効性であり、環境汚染被害も凄まじい。
だが、このマスタードガス、正式にはマスタードガスでは無いのでジェネリックマスタードガスか?
まあいい話を戻そう、このマスタードガスは東南部に生育する「ポイズンラディッシュ」から精製された物だ。この、ポイズンラディッシュから取れる粘性のある液体が、即効性のあるびらん剤として効果を発揮する。また、自然物であるためか環境汚染被害も少ない。
これは、モルモットだったとき俺がその身で経験した物だ。粘膜への刺すような激痛みとともに外皮へ水疱を引き起こす。また特徴的なマスタード臭もあり、正しくマスタードガスと形容して良い物だった。
輝石竜子が危険を察知し後ずさる。だが、時すでに遅し。激痛でのたうち回り、岩石質の外皮が剥がれ始める。
「ブア゛ァァッ!」
「なぁ?焼けるような痛みがあるよなぁ?俺もあの時は痛かった。共感してくれて嬉しいよ。」
「苦しいのも痛いのも分かち合おうぜ、ガハッ」
無論俺も同じ症状が現れる。はいや肺などの粘膜は潰瘍が生じ、外皮が爛れ始める。痛みは無効化され死ぬ事はないが、毒が効かないわけじゃない。潰瘍から溢れる血を吐き出し酸欠で意識が朦朧とし始める。
だが、俺はこいつらを殺すと決めている。まだ倒れられない。
外皮が毒を通すかどうかはかけだったが、むしろよく効いたみたいだ。剣を阻む岩石質の外皮が剥がれ落ちている。
揺れる視界を気合いで持ち堪え、1匹づつとどめを刺していく。
そうして、最後の1匹を気合いで仕留め、俺は横たわる。
もう声もまともに出せない。正直、窒息を耐えられるかはわからない。
「あ゛い゛つ゛、、ゲホッ、、」
大丈夫、、だろうか、、、、
意識を手放す瞬間、俺の頭にあったのは、俺の前を荷車が過ぎ去る瞬間に見た、あの不思議な少女を守るように、檻の前に立つホロの姿だった。
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