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第七章 君が多々良さんで、僕は

笑ってください、小椿さん

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「ダウトなんでしょう? ウサギのことも、公園のことも、全部、僕の妄想なんだ」


  僕の推理が間違っているという事実を嘘にする。

  僕は彼女が好きだけど。


  彼女は僕が好きではないという事実ができる。
  欠陥人間なんかを好きになってしまったという欠陥が、欠陥人間なんかに恋心を暴かれたという欠陥が―――消える。


  彼女のプライドは守られて。
  思いが通じ合うこともなくなり。

  完璧では、なくなる。


 「受け止めてよね」

 「―――へ?」


  瞬間、多々良さんがジャングルジムから飛び降りた。


  着地地点は僕のお腹の上だった。

  公園の砂地に僕はあおむけになって、美少女がまたがっていると言う図。
  いくら完璧な多々良さんとはいえ、人間一人分が高さを付けて落ちてきたら、重くないわけがなく、せき込んでしまった。

 「いい気分よ」


 「けが人に、酷いですよ」


 「私は、あなたのことが大嫌いよ」


  ダウトとは言わない。


 「―――知ってました」

 「あなたと心中するのなんて御免だから、この欠陥を抱えたまま、生きることにするわ」


  ポタリ、と僕の顔に水が落ちる。


 「あのね、小椿さん、僕は、あなたの、その欠陥を含めて、完璧だと思ったんですよ」


  僕の涙と混ざってしまっているかもしれない。
  彼女の真後ろから振る、夕陽の光が、少し眩しいから、泣いているんだ。きっとそうだ。


 「ウサギのことを、気持ち悪いと言ったわ」

 「ウサギとあなたは全然違うものです」

  目にシャーペンが刺さったウサギは、ただ、それだけの存在なのだ。


 「あなたは、綺麗だと思う」

 「見えてないくせに?」


  彼女の靄は晴れない。


  泣いていても、完璧な彼女の顔は、ちょっとやそっとで晴れる靄なんてついていなくて。

  けれど。


 「ね、顔、触って、良いですか?」


  沈黙を了承と取って、彼女の、頬に右手を当てた。
  くすぐったそうに、身をよじる彼女をそのままに、右目があるはずの部分を触れば、眼帯らしき感触があった。


  プラスチックで守られている、彼女の眼孔。

  何も言わずに、さらに彼女の顔に触れ続ける。
  左手から血が出ていることなんて、当に忘れてしまっていた。

  形の良い眉毛
  高い鼻筋
  長いまつ毛
  水が溜まっている目じり
 すべすべしたこめかみ
 柔らかな頬
  小さな唇。


 「くすぐったいわよ」


  と、彼女は言う。

  かすかに頬を染めて、困ったような顔ではにかんで。

  彼女は笑っていた。

 僕の目の前にあった靄が晴れていた。
 笑うことで、がんじがらめの彼女の完璧は崩れていた。

  それでも僕は、彼女の顔を、素知らぬ顔して触り続ける。
  だって。


  もう少しこのままでいたかったんだ。
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