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第六章 多々良さん探し 開始

小学生なの?多々良さん(4)

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 あふれ出ていた父性を口に出してしまったところで、本日の授業の本題とやらに入っていた。
 
『家族について、作文』

  である。

  僕の第六感が「嫌な予感がする」とささやき続けている。多々良さんの小さな背中は、周りの小学生と違い、浮足立ったような様子なく、堂々としている。


 それが、さらに僕の嫌な予感を膨らます。
  多々良さんが家族のことについて書くならいいのだ。
  

 彼女の、小菊さんや、もう一人の多々良さんと言った、自身を含めた三姉妹のことについてや、まだ見ぬ多々良家の父や母について、可愛く細かく書くのならばいいのだ。
  
 この間は、お姉ちゃんと一緒にお洋服を買いに行ったわ、だの。アイスクリームをお父さんの分まで食べて、太ってしまったかもしれない、だの。年相応の可愛らしいことを作文していればいい。
  

 問題は、絶対そんなことを書いていない、ということにある。
  
 確信できる。
  
 小学生の多々良さんは、僕のことについて書いている。
  
 でなければ、今日、僕を呼ぶはずがない。
  

 僕のことを何として書いているかまでは想像できない、けれど、きっと、この場に来たことをとんでもなく後悔するような、一生外を出歩けないようなことを平気で書き記しているに違いないのだ。
  
 多々良さんは、そういう奴なのだ。
  

 
 僕の言う多々良さんとは、自殺未遂の多々良さんである、けれど、彼女がその自殺多々良さんという可能性は重々あり―――いや、飛び降りようとした彼女じゃなくても、多々良家の女の子は、基本的に、僕をいじめることが好きなんだ。
  
 毒薬の匂いが嫌な臭いだと思うように、身に危険なものというものは意識しないでも把握してしまうものなのだろうか。
  
 それだけは、なぜか、明瞭に覚えている。
  
 もしも多々良さんが教室の真ん中で、作ってきた作文を発表すると言う展開になったとしたら、僕は、校舎の窓から勢いよく飛び出すだろう。
  
 あの日のように。
 後ろから見える多々良さんは、意地の悪そうな口元で、にんまりと笑っていた。
  
 あ、これ駄目だ。
 

「それでは、多々良さん、読んでもらえますか?」


  最悪の振りをした先生に対し多々良さんは元気よく返事をし、口を大きく開いた。

 「私の婚約者について。 六年二組、多々良小手毬―――。」


  題名を言い終えたところで僕は、颯爽と教室から退出させていただいた
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