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第五章 始まりの多々良さん

あなたは多々良さん?(4)

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  ボートは揺れる。

 「あなたと過ごしてきて、およそ三か月。いろんなことをしたわね。」

 「思い出話ですか? 湖の上で? なにやら浪漫がありますね」

 「あなたと、子供の遊びをたくさんしたわ」

 「かくれんぼもしましたね。鬼ごっこも」


  僕の行く先に多々良さんが先回りしているものだから、勝負にならなかった。

 「毎週月曜日、つみき公園で待ち合わせてたわね」

 「ああ、さっきの公園ってそんな名前だったんですね」


  思い出されるのは、夕陽に染まった遊具、ベンチ、木々、そして多々良さん。

  先週の月曜日は、キャッチボールをして遊んだ。

  確かな記憶。

  多々良さんと遊んだ。


 「あなたはいつも遅れてくるから、私は一人で待っていることが多かった」

 「同じ学校なんですから、一緒にいけばよかったんですよね」



  多々良さんは、悩ましげなため息をついた。


 「私、あなたと同じ学校に通っていないわ」


  風が吹き、湖が波たつ。
  揺れるのはボート。


 「あっさりと冗談を言いますね。じゃあ、図書館にいる多々良さんは誰なんですか?」

 「あなたはね、騙されているのよ」

 「一体全体、どうしたんですか、多々良さん。最近オカシイですよ?」

 「可笑しいのは、あなたよ」



  心臓の鼓動が、早くなる。やましいことも、後ろめたいこともないはずなのに、こんなにも多々良さんの言葉に動揺している自分がいる。



 「いい加減、あなた自身も騙されていることに気付いてほしいの」

  もとより多々良さんの様な天上人の言葉なぞ、僕ごときに全て理解できるわけはないのだけれど、今日の多々良さんの言葉は、いつもより―――わからない。


  最近は、特に理解が及ばなかったけれど。

  もしくは、僕の頭が、彼女の言葉を拒んでいるかのようで。


 「私たちは、もう、とっくに気付いているわ。あなただけよ、わかっていないの」

 「他の人格の多々良さんたち、という意味ですか?」

  冗談を聞いてくれるような状況ではなかった。

  切迫している。

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