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街の名前はシュメラジェード

キツネ目の大道芸人と遭遇(1)

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 少し道の開けたところで、一人の人間の周りを、およそ三十人くらいが囲っている。
 結構な賑わいだ。漫画やゲームで見たような、エルフ、ドワーフがちらほらいる。人間の方が割合は多いけれど、そういった人間の種族が当たり前のようにいることに感動を覚えた。
 
 ベルちゃんも、そういえばエルフだけども。(本人に確認をとっていないけれど、ね)
 
 目の前の一人の男の方にずっと目を向けている。
 
 男は狐みたいな細い眼で、口元はまるでペンで書いたかのようににんまりとしていた。悪徳商品を売りつけるのが似合うような顔。と言ってしまうと怒られるだろうか。
 
 執事のような服を着て、手にサッカーボールほどの大きさの箱を持っている。
 それを見せつけるようにしている。
 
 箱は真四角で手回しするレバーのようなものが横についていた。

「さて、お立会い」

 男は声を発する。

「この箱は、そう、踏み台に使えます。高いところのものを取る際の踏み台に。もしくは、ジャガイモの皮むきを永遠とする際の腰掛にも使えます。一人用にぴったりです―――なんて」

 売り文句は、雑談から始まっている。
 人を話に引き込む際の手段。

「一見、ただの箱に見える、こちら。実は、どこの王侯貴族も喉から手がでるほど欲しい、意中の相手を射止めるための道具」

 わぁ、と特に若い女性が声をあげる。
 なるほど、魔法道具の実演販売のようなものか。

 それがパフォーマンスとして成立する。

 ご丁寧に、チップを貰うための入れ物が、男の足元にあった。

 お金の稼ぎ方は、こういう方法もあるのか。
 どこからか、魔法道具を手に入れ、それを見せて街を回る。周辺を巡ったら、魔法道具をうっぱらって、また新しい魔法道具を買う……。劇団ひとり魔法道具屋さん?

 ひとりさんより、キツネさんの方がニックネームとして合っていそうなので、今から彼はキツネさんである。

「射止めたい人間の好みが、完璧にわかる人がいますでしょうか。食事の好み、匂いの好み、異性の好みなど等―――意中の人間の好みが絶対わかるものがあれば、どんなにいいのでしょうか、そう思ったことはありませんか? たった、一つでも、意中の、ああ、愛する人の好きなものを知りたい、と」

 板に水を流すように、すらすら喋るキツネさん。

 あの滑舌だけでも芸になりそうである。

 となりのベルちゃんは、食い入るように聞いている。周りの人間もそうだ、キツネさんが次に何を口に出すのか、どんな面白いことを言うのか、わくわくして、前のめり。

 復興中の町の中で、こういったものが大切な娯楽なのかもしれない。
 そしてそれは、人を集めている―ーーふむ。
 何か参考になるかもしれない。
 
 キツネさんの演説は、滑らかに進んでいる。

「音の鳴る魔法具は世にあれど、この魔法具はそれだけではございません。相手の望む、音楽を出すことができる。それができたら、意中の人の心を射止めるなど、簡単なことではございませんか?」

 ん? とキツネさんはしたり顔であたりを見渡す。

「そこの婦人、何か音楽を頭の中でイメージしてみてください」

 指をさして、群衆の中から一人、女性が指名された。驚いた様子の女性は、すこしうろたえている。仕込みの人間ではなさそうであるから、このキツネさんは客をいじってものを売るタイプの人なのだろう。
 キツネさんに指名された女性は、少し頭をひねらせた。

「今考えてますわ」

「よろしい」

 箱を片手で持ったまま、キツネさんはレバーをまわし始めた。

 くるくる、くるくる。

 誰もが思っているだろう。ご婦人が想像した音楽が、滑らかにあの箱から流れ始めることを。綺麗な夜曲、陽気な酒場の曲、貴族じゃなさそうだから、街ではやっている庶民的な歌かもしれない。期待をし、耳を傾けている

 ――が、一向になにも聞こえてこない。

「考えてますわ、よ」
 心配になったのであろう、婦人はキツネさんに対しそういった。

 笑みを絶やさず、キツネさんはレバーをまわし続ける。

 何も喋らないのはどうしてだろうか。
 これすらも演出?

 くるくるレバーをまわし続けて、しばらくたった。しかしながら、何も起こらない。周りの人たちもざわめき始めた。

 ハプニングという奴だろうか、キツネさんは笑みを絶やしてはいないけれど、冷汗をかいているように見える。

「……あ、あのお兄ちゃん、多分間違ってるんだ」

 ベルちゃんがポツリ呟いた。

「何を?」
「使い方。多分、あれ、曲を思い描いてる本人が回さなきゃ、だめだ」

 ベルちゃんの瞳が、妙に光っていた。目を反らさず、真っすぐに箱を見つめていた。私の目に見えない何かを見ているのだろう。エルフの可愛い少女が言うことに間違いがあるだろうか。

 ないな。

「じゃあ、このまま回し続けてても、音は?」
「鳴らない、ね」

 ちょっと残念そうにベルちゃんは言う。

 ざわめく人たちに、向かって、わざわざベルちゃんが「あのお兄ちゃんが間違って使ってるだけなんだよー見守ってあげて―」なんて言う義理はない。

 やじられ始めるキツネさん。
 困ったように、必死に箱のレバーをくるくる回す。

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