上 下
4 / 22
店長のクラウスさんは犬っぽい

喫茶店に就職してみた(3)

しおりを挟む


 開店は店主が起きた時。閉店は店主が一冊本を読み終えたとき
 
 花の月にオープンしたという店、月日の数え方はわからないが、詳しく聞けば1か月前ほどにオープンした新店だということはわかった。
 
 今まで来たお客さんは、身内のみ。

「この先、どうやってやっていくつもりだったんですか、クラウスさん」

「な、なんとか、なるかなぁって」

「収入ゼロで?」

「うっ」

「電気代、水道代……という概念があるかわからないですが、お店を開けてる以上、なにがしかのコストがかかります。今日みたいにお客さんがゼロの日が続けば、このお店は大赤字ですよ」

「いやーははは」

 理解できてるのか、できてないのか。困ったように笑うろくでなし。

 衣食住+職に恵まれた優良な場所だと思っていたのに、一気にその幻想が崩れ去った。

 何の計画性もなしに脱サラして、ラーメン屋を目指す人間みたいだ。
 どうして自分だけはうまくいくのだと思うのだろう。

「飲食店はですね、三か月が勝負なんですよ。リピーターを作ったり、話題性を作ったりして、集客を怠ったらいけないんですよ? インスタだのツイッターだの、できることすべてやってもうまくいかないお店がたくさんあるというのに、クラウスさん、今日一日何してましたか?」

「仕立て屋の男の子が、幼馴染の女の子にウェディングドレスを作る物語を読んでました」

「つまり、本を読んでただけですよね?」

「はい」

 うなだれる成人男性。……自分の行動が一経営者としていけないことがわかってるみたいだ。銀行業務として、長年働き続けて、こういう甘い経営者をたくさん見てきた。
 
 銀行に融資をもとめるも計画が稚拙だったり、そもそも行き当たりばったりだったリ。考えなしの経営者。運があれば、ほそぼそと続いていくことも可能だけれど、たいていは一年たたずにお店はつぶれてしまった。
 
 融資業務をしたことはないけれど、話だけはよく聞くのだ。

「……わかったような口をきいてごめんなさい」

 ただ、少しばかり問い詰めすぎたかもしれない。私は前の世界のことしか知らないのだ。この世界のことを一切知らない。将棋盤の上でオセロのルールを解くようなことをしていたら、私の方が馬鹿なのだ。

「いや、サクラさんのいうことはもっともなんだ。僕は、何の努力もしていない。ただ、僕は喫茶店をオープンすることが決まっていた。それに従った。―――それだけなんだ。そう、決まっていたけれど、維持する方法が、一切わからない」

 決まっていた?

 家業でも継いだのだろうか。眉を八の字にして、わかりやすくクラウスさんはしょんぼりとした。

「サクラさんには、本当に申し訳ないけど……」

 謝罪をされて、それからどうなるというのだろう。無意味だ。ここで確認することはただ一つだ。この先、ずっと喫茶店としてやっていくために、必要なもの。

「クラウスさんに聞きたいのは一つだけです―――このお店、続けるつもりはありますか?」

 店主のやる気がなければ、どんな店も続かない。
 目をぱちくりさせるクラウスさんは、少しだけ間を置いてから、強く頷いた。

「なら、いいのです」

 続けるつもりもなく、喫茶店を開く人間はいないだろうけれども。確認として聞いておきたかった。

「お店を、流行らせましょう。一緒に」

 少なくとも、私の生活が安定できるくらいの収入が得られるほどに。
 衣食住全てがそろったこの職を、何の努力もせずに手放すのは惜しい。彼の手を取り、茶色の瞳を真っすぐ見つめる。こののんびりとした経営者とともに喫茶店を立て直す。

「さ、サクラさん……」

 瞳を潤ませて、私を見つめる成人男性。外見年齢としては完全に年上のはずなのに、もはや行き場を失ったワンコにしか見えないのは私だけだろうか。

 大事なことは隠すし、勝手に額にシールを貼るし、計画性なしに喫茶店を開くけれど、なんとなく見捨てられない気持ちになるのは、クラウスさんの才能の一つだと思う。

 ……というより、こういう状況になることをみこして、一緒にお店を立て直せる人材を探したら私だったのでは……?

 計画性のない男の計画通りが、私?
 頭がこんがらがってきた。

 いやいや、もう深く考えるのはよそう。ともあれ、まずするべきことは―――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...