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【40】あなたと前だけを(10)

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 顔を上げると、セノフォンテが机に突っ伏して寝てしまっていた。腕を交差させ、それを枕にしてスヤスヤと眠っている。

 フラミーニアは掛布を取り出してそっと肩に掛けてあげた。
 隣に腰掛け、顔を近づける。無防備に寝ているセノフォンテの寝顔をまじまじと観察する。

 彫りが深くぱっちりとした眼は伏せられている。相変わらず睫毛が長くてふさふさだ。
 薄い唇は力を無くして少し隙間が出来ていた。
 少し幼さがあってあどけなさがあって、フラミーニアの母性がキュンと疼く。

 セノの口元にあるほくろ、好きなんだよなぁ……。

 口端の下にある小さな黒い点。ただの点なのに、これがあるだけでセノフォンテの可愛らしい顔立ちが一気に大人っぽくなる気がする。

 私の顔にもほくろがあったらもう少し色っぽくなるかもしれない、かな?

 丸みのある黒目に特別際立った特徴のない平凡な顔。魔力を失って色を失ったことは後悔していないが、凡庸な顔の作りは以前と変わらない。

 フラミーニアは今まで他人や自分の容姿について気にしたことがなかった。
 メリッサを見て綺麗で天使のようなご尊顔だなぁとは思うけれどそれだけで。特にこういう顔になりたいとか、羨ましく思うこともなかった。
 なのに近頃可愛くなりたい……というより可愛いと思われたいというくすぐったい気持ちが燻っている。

 フラミーニアの心に小さな変化があったのは、セノフォンテから贈り物をもらってからだ。
 初めて鮮やかな色味の服を身に纏ったときは心も晴れやかになった。ただ寝るためだけの寝衣ですらも、セノフォンテから貰った可愛らしい衣に身を包むだけで顔が綻ぶ。

 ――なによりも、セノが可愛いって言ってくれるから。セノが眩しそうに私を見つめてくれるから。

 まるでご飯を食べすぎて胸焼けしたときみたいに、嬉しいのに苦しいみたいな――矛盾する不思議な気持ち。

 顔を変えることは出来ないけれど、唇に色を足したりするだけでも少しは可愛くなれるかな……。
 街中で見かけるお洒落した女の子たちを思い出していると、いつのまにかフラミーニアも眠ってしまっていた。

***

 パチリと目を開ける。
 気がついたら自室の寝台に横になっていた。セノフォンテが運んでくれたのだろう。

 後でお礼を言わなくちゃと思いながらふと窓の外を見遣る。

 半袖シャツを着た軽装のセノフォンテが木製の剣を素振りしていた。
 一定のリズムで剣を振り翳していたかと思うと、体を捻り、大きく足を振りかぶりながら剣を突く。
 いつも優しい黄金色の瞳は鋭く煌っていて、まるで猛獣な獣のよう。
 舞のような美しい剣技に思わず窓に齧り付いてしまった。

 綺麗……格好いい……!

 仔犬の可愛らしい姿も鷹の猛々しい姿も、凛々しい白騎士服姿もあどけない寝姿も。どれも大好きだけれど、懸命に鍛錬をするセノフォンテは凄く格好いい。

 はっちゃかめっちゃかに騒ぎ出す心臓を抑えながら、フラミーニアは何度も深呼吸を繰り返した。
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