骨董屋の主人

藤野 朔夜

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 古いから、修繕費用が当然桁違いになるだろうし。
 それだったら、僕に払ってないで、この人形を生かしてあげて欲しいんだ。
 僕の勝手な考えかもしれないけれど。
 それでも勇くんの言った、人形が生きれる様になった方が幸せだって言葉が、僕はしっくり来たから。
「そうだねぇ。それじゃあ引き取らせてもらうよ。一応この子が修繕出来たら、連絡はするけれど、ここで売るかい?うちで置いても良いけれどね」
 人形が有ることが怖い僕では、店に置くのは嫌だ。
「加藤さんのところで、売っていただけたらと。僕の店より、加藤さんの店の方が、人形は置けると思うので」
 加藤さんはなんでも骨董の修繕をするけれど。多いのは人形の修繕だ。
 やっぱり飾るとその分日焼けとかも有るし。何が一番の破損になるのかはわからないけれど。古い人形を直して欲しいと、加藤さんのところに行く人は多いらしい。
 だから買い取りもしてて、店には人形が多かったりする。
 僕の店は、茶器とか茶碗とか。そういう骨董の方が多いから。人形が怖くて加藤さんと取引したことも有って、人形は今は一体も無い。
「梓くんは、人形を店に置きたがらないねぇ。まぁ、良いけれど。それなら、一応どのくらいの値段の物になったかの連絡はするね。良かったら、うちの店にこの子を見に来て欲しいねぇ」
 この子と人形を呼ぶ加藤さんだから。人形が本当に好きなんだろうな。
 僕とは違うんだよね。
 丁寧に木箱を持ち上げた加藤さんは、笑顔で僕の店を後にして行った。
「良かったのか?」
 買い取った三万を、もらうくらいはしても良かったのではないのか?ってことかな?
「良いんだ。あの人形がこれから生きれるなら、それで。僕は勇くんの言ったことにすごく納得したから。供養しちゃうんじゃなくて、ちゃんと生きれる道が有るなら、それで良いと思ったんだよ」
 僕の思ったこと、そのまま伝える。
 だって思ってるだけじゃ、伝わらないから。言葉って大切だよね。
「そうか。梓が納得してるなら、俺は何も言えないな」
 笑顔の勇くんに、僕もニコニコと返してしまう。
 こんな風に笑うのって、家族の前でもしてなかった気がする。
 笑うってことすら、僕は忘れてたんだ。
「勇くんってね、何かスポーツしてたの?」
 体格良いんだよね。唐突な話題変換だったかも。まぁ、良いや。
「いや、特に。中学の時は空手部に入っていたが、その後はまぁ、こういう仕事してる分、動けないといけないからな。訓練に身体を動かすことはしてるが、スポーツとしてはやってないな」
 勇くんは特に気にしないで、僕の疑問に答えてくれた。
 そうかぁ。幽霊と格闘になるとか、有るんだろうか。それは怖いけど。
「空手やってたんだ。だから体格良いのかな?僕は貧相に見えるから、ちょっとうらやましい」
 ひょろひょろなんだもん。
 それに力も無い。
「そうだな。空手やってたのが、今活きてるかもしれない。梓は別にそのままでも良いと思うが。気になるなら、身体動かす手伝いはするぞ」
 身体動かすかぁ。
「高校卒業してから、全く運動してないや。体育嫌いだったし。僕走るのも苦手」
 全然タイムが良くなかった。体力テストもいつもギリギリかアウト。
 最初から、僕は運動に向いて無いんだって思っちゃったから、余計に運動したく無いのかも。
「力仕事が必要なら、俺もタマも居るし。何も起こらなきゃ、そうそう運動しなきゃならないことも無いだろ?大丈夫じゃないか?」
 無理に運動しろって、勇くんは言わないんだなぁ。
 父さんとか運動は大事だって、いつもいつも言うんだけど。
「運動嫌いだから、したくなくて。でも家にこもってたら、父さんによく身体動かして来いって言われたりしてた」
 あれって、小学校の頃から言われてた気がする。
 子どもは外で遊んで来い、とか。友だちいない僕には、外に行っても走り回る様なことが出来ない。いや、一人で走ってても良いんだろうけど。
 どんな風に周りに見られるかとか思ったら、僕変な子どもじゃない?
 元々が普通の人に見れないモノが見えちゃう変な子どもなのに。もっと変な子どもにはなりたくはない。
「あぁ。親は言うだろうな。俺は中学は施設だったけど。施設の先生とか、よく外遊びする様にって言ってたな。俺より小さい奴の相手、よくさせられた」
 あぁ。勇くんのご両親亡くなってるんだった。
 あれ?中学は施設?父親は高校の時に亡くなったって聞いた気がするけど。
 そこまで勇くんの中に入り込んで良いのかな?
「父親は、力の関係で一緒に居られなかったんだ。だから、ずっと母子家庭だったし、中学は施設だった」
 僕が悩んでたら、勇くんの方が察して教えてくれた。
 踏み込んで、良かったんだ。
「村越の姓は、母親の方。父親は田村だから」
「僕にそこまで教えちゃえちゃって良いの?」
「梓には聞いて欲しいかな。俺も梓のこと知りたいから。というか、隠す様な事でも無いからな」
 聞いて欲しいって言ってもらえるのは、本当に嬉しい。
 僕のこと、知りたいって言ってもらえるのも、嬉しいな。
 僕は何を話したら良いんだろう。
 勇くん結構僕のこと、知ってるよね。
 タマに聞いたらしいし。
 僕だって、勇くんに隠したいことも無いから、なんだって知ってもらいたいんだけど。
 だからタマがどんなこと言ってたかとか、わざわざ聞かない。
 重複して言ってしまう可能性は有るけれど、勇くんはきっと嫌がらない。そう思うから。
「僕だって、いろいろ勇くんに聞いて欲しいよ。こんな風に話せる相手なんて、今までいなかったから。すごく新鮮で、楽しいよ」
 どんな話でも。勇くんと話せることが、本当に嬉しいんだ。
 僕の一方通行じゃないことが、余計に嬉しい。
「たくさん話そう。梓のこと、たくさん教えて欲しい。俺のこともたくさん知って欲しい」
 そう言って笑ってくれる勇くんは、本当に僕にはもったいないと思う。
 でも、勇くんが選んでくれたのは僕で。僕は勇くんと居られることを願った。
 今までただただ殻に閉じこもって、出ようともしなかった僕を、いとも簡単に勇くんは外の世界へと連れだしてくれる。
「僕、勇くんに出会えて、本当に良かった」
 優しい勇くんだから、きっとたくさん友だちは居るはずで。
 それなのに僕と一緒に居てくれる。感謝の思いでいっぱいだ。
「俺こそ。梓と居られる今が幸せだ。これからもきっとな。だから、梓のことも幸せにする」
 宣言の様な勇くんの言葉に、僕は絶対赤面してると思う。
 だって顔が熱いもん。
「梓の様に言わないと、俺の思ってることも伝わらないからな。俺はよく言葉が足りないと言われるから。だから余計に気にしてるのかもしれないが。梓に対しては、どんなことでも言葉にしようと思った」
 ちょっと照れてる様にも見える勇くん。
 そっか。勇くんも言葉にして、思いを伝えてくれてるんだ。
「そうだよね。言葉にしなきゃ、何を考えてるのかわかんないから。だから言葉って、本当に大切だよね」
 言葉の通じない相手じゃないんだから。
 だから言葉をたくさん発する。発信して、受信して。それが成り立つんだから。
 あんなに面倒だと思っていた他人との関りは、勇くんがこうやって言葉を多く発信してくれているから、僕は面倒だと思わないのかもしれない。
 勇くんの思っていることをしっかりと知れて、その上で僕のことも聞いてくれる。だからきっと、勇くんと一緒に居ても、僕は嫌じゃないんだ。むしろ、一緒に居たいんだけど。
 高校までの同級生とも、しっかりと話をしさえすれば良かったのかなぁ?
 でも僕は幽霊が見えるっていうのを、知られたくは無かったから、考えても無駄かな。
 勇くんは最初から見える人で、そういう仕事をしている人だったから、きっと大丈夫なんだろうなぁ。
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